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暗中 №/01-LAST【父性】

それでも私は、あの娘を助けたかった。

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From Twitter "逆噴射プラクティス" inspire

それはまるで、過去の追体験めいていた。
私の脳裏に去来した記憶の風景。
忙しい警官生活の合間を縫って、家族三人水入らずの旅行。
二歳になって間もない娘は、その日の朝やけに機嫌が悪かった。
私は車に荷物を積み込むと、妻と一緒に娘をなだめすかして車に乗せ込む。
黄色のVWタイプ1が走り出した。

暗中 ANTI YOU

路上の犯罪、上司の叱責、出世競争。
仕事上の鬱屈したストレスを束の間忘れ、私は日常に埋没する。
今になって冷静に考えれば、その時は妻の機嫌も悪かった気がする。
茨に絡め取られるような警察官の“日常”は、家族との摩擦を生んでいた。
取り返しのつかぬ軋轢。それに気付いていなかったのは私だけ。

- OUTSIDE OF THE MONOCHROME -

街中を離れ、山道へ。
山道を過ぎ去り、湖へ。
道中の車内でも、昼食に入った食堂でも、延々と娘は愚図り続ける。
私はそんな“非日常”に心躍らせる半面、少しばかり嫌気も差していた。
それでも三人を乗せた車は、否応無しに後戻りできない時間を駆け抜ける。
昼下がりの湖。穏やかな湖面に陽光が煌めく。

№/01 FATHERHOOD
DE-FRAG/13 "FATHERHOOD"

私は何を期待していたのだろう?
妻に、娘に……そして私自身に。
否応無しに後戻りできない時間は、私の意識を強制的に現実へ引き戻す。
サコンジの運転する、ボルボ“アマゾン”122Sの車内へと。
運転席にはサコンジ、助手席には私、後部座席には拳銃を握ったサラ。
全てがあの日の逆張りめいた光景だ。

どうしようもない無力感が、私の全身を虚脱感で骨抜きにする。
追われた。逃げた。襲撃され、逃れた。
それから殺し、殺し、殺した。
……何の為に?
全てが上手く行くと信じ込んで、場当たり的に動いてきた結末がこれだ。
現実は常に、私の予期せぬ方向へと展開する。
狂乱した子供が拳銃を握り、牙を剥く。

高回転でブン回るエンジン音と対照的に、車内は静まり返っている。
カーラジオのニュースが、昨晩の惨劇を他人事めいて淡々と語っていた。
我々にとっては最早、他人事ではない。
三者が無言の内に張りつめる緊張感。
破滅に向かって一直線にひた走るジェットコースター。
終着点など誰一人として知らない。

「クソッ! 一体、どこに行くつもりなんだ!」
痺れを切らしたサコンジが、バックミラーのサラを一瞥して毒づいた。
私は息をついて、助手席のシートに背をもたれる。
「道連れにでもするつもりか?」
「手前ら、ごちゃごちゃうっせんだよ!」
後部座席のサラが気色ばんで私を睨み、後頭部に銃口を構えた。

「弾はまだ残ってんだ、忘れんな! 死にたいヤツからブチ込んでやる!」
車窓に映る繁華街。
その一角で“KEEP OUT”のテープが張られた、物々しい雰囲気の喫茶店。
『パーラー金木堂』に遺された、激しい銃撃と破壊の爪痕。
サイドミラーに景色は遠ざかる。
石橋のたもと。路面電車と並走し、追い越した。

サコンジが咎める眼差しで、私を横目に一瞥する。
「ヤマダッ! 貴様という男はどうしてこう、次から次に面倒事ばかり!」
溜め息と共にこみ上げる怒り。
「ギャングは死んだ。脅威は無くなった。全て終わりだ。もう充分だろ!」
「だったら……今ここで死ね!」
サラが激昂し、後頭部に銃口を捻じ込んだ。

赤信号の交差点。
「突っ切れ!」
サラの拳銃が、サコンジの頭に照準する。
「犬死するのは御免だぞッ!」
サコンジは苛立ち紛れにハンドルを叩き、クラクションを鳴らした。
車列の間を縫って、強引に交差点に割り込む。
左右を通過する車輌。
立て続けに轟くクラクション、急ブレーキ、接触、衝突の金属音。

アマゾンは後部バンパーに掠められただけで、奇跡的に交差点を抜け出す。
「クソッタレ! 私の大事な車が! 修理代は弁償してもらうからな!」
「二人とも生き残れたらの話だがな!」
「クソッ、他人事みたいに言いやがってッ!」
「黙って運転してろ、そこを左に曲がれ!」
「だからガキは嫌いなんだ!」

高架橋、ドラッグストア、銀行、バス停、歩道橋、美術館に郵便局。
左側には高速道路の高架橋。直進すれば、市外へ続く湾岸道路。
「右へ曲がれ!」
サラは威圧的に拳銃を振りかざす。
サコンジは対向車線の車列を見極め、交差点で停止した。
「停まるんじゃねえ!」
銃口を捻じ込まれるが、今度は動じない。

交差点を曲がった先は、階層も様々なビルが雑多に犇めき合うエリアだ。
……行く当てもなく車を流していた、“あの夜”のことが思い起こされる。
取り立ててどこかに行きたいというワケではなかった。
何かを期待しているワケでは無かった。
ドライブとはそういうものなのかも知れない。
「そこで停まれ!」

アマゾンが路肩に寄せ、急停車。
背後から鋭く響くクラクション。
車間を詰めて走っていた、後続のタウンエースが慌てて追い抜く。
サラは舌打ちして車を降りると、助手席の私に銃口をかざした。
「オーライ、ドライブはここまでだ」
私は右手を挙げてそれに応える。
サコンジが不安げな表情で私を一瞥した。

「生きてたらまた会おうぜ。達者でナ!」
私はサコンジの肩を叩き、助手席のドアを開いた。
無言で延びるサラの腕。
私の肩を捉えると、強引に車から引きずり下ろす。
「ヤマダッ!」
閉ざされるドア越しに、サコンジの叫びが聞こえた。
「さっさと歩け!」
顎の辺りにM39の銃口が食い込み、私に前進を促す。

サラは極度に興奮した様子で、小走りで鼻息歩く私の手を引いた。
「畜生……畜生……畜生ッ!」
見えない何かに追いつめられるように、うわ言めいた呟きを続ける。
「こっちだ、来い! 愚図愚図するな!」
私は沈黙し、愚かな羊飼いの導きにただ従順に従った。
その小さな背中は混乱と恐怖に囚われていた。

我々の背後、低速で走行する車の音。
私は訝しみ、サラに手を引かれながら、はたと振り返る。
朱色のボルボ・アマゾンが、ハザードを点灯させながら追跡していた。
「どこ見てやがるッ!」
つられてサラも背後を振り返った。
サコンジの車を認めると血相を変え、反射的に拳銃を突き出した。
引き金を引いた!

タイヤのスキール音と共に、カタパルトめいてアマゾンが走り出す。
一瞬遅れて、9㎜ルガー弾の銃声!
「死ねエッ!」
道路を挟んだ反対側、ビルの壁面に鋭角で着弾し、跳ね返る!
「クソッタレ、あのババアッ! 舐めた真似しやがって!」
サラは挙動不審に周囲を見回すと、細い路地に私を引っ張り込んだ。

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路地裏。
そこは太陽の光もろくに届かない、昼間でも陰鬱な空間だった。
散乱するゴミ。
車一台分ほどの道幅を空けて、大小様々のビルが密集している。
上半身裸で、路上に座り込むタンバイ(素浪人)。
異様に凝った空気の正体は、そこかしこから放たれる饐えた臭気だ。
使い捨てられたアンプルを踏み潰す。

サラは無言で私の手を強く引き、込み入った通りを我が物のように歩く。
そこらじゅうに屯しているタンバイどもが、我々を見つめ腰を上げる。
その度にサラは拳銃を振りかざし、金切り声を張り上げた。
「仕事もしねぇで、人間の屑どもが!」
汚い身なりの男たちは、その度に曖昧な笑顔で両手を宙に上げる。

ゴミ溜めのような一軒のビル。
玄関の塵や泥汚れを蹴散らかして歩み入る。
通りのビルは、清潔さを判ずればどこも似たようなものだった。
まともな管理人だって、居るかどうか判りゃしない。
「スラムってヤツぁ……」
私は手を引かれて歩きながら、周囲を観察して呟いた。
「手前が、ここの何を知ってる!」

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そして少女は、家へと帰り着いた。
開け放たれたままのドアを潜り。
あるいは年増の部長刑事なら、訳知り顔でこう言ったかもしれない。
“犯人は必ず犯行現場に戻って来るものだ”。
それは私の中で、幾らか正気を保った部分が悟らせた、言わば直感だ。
その薄汚れた部屋には、死の臭いがこびりついていた。

叩きつけるように閉ざされたドアが、渦巻く思考を棚上げして遮断する。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
胡乱に瞳孔を見開いたサラは、右手の銃口を天井に指して警戒する。
その姿はまるで、映画のタフなアクション俳優そのものだった。
私は玄関の奥に無言で押しやられ、肩を竦めて居間へと歩み入った。

棚にテーブル、ブラウン管TV、扇風機、電子レンジ、マットにポスター。
そのどれもが日焼けし、薄汚れ、古臭くて粗末だった。
写真を撮ったらそれだけで絵になりそうな、下層民の生活そのものだ。
私は頭を振ると、黒いシミの浮いたソファに無言で腰を下ろした。
テーブルに放置されたタバコを手に取る。

金色のハードパックを開くと、タバコを一本引き出して咥える。
それは『アンコール』という名の、カンボジア製の安タバコだった。
こんな際物、今も昔も、正規ルートでは流通していない。
ジッポーのテーブルライターは錆が酷いが、辛うじて火がついた。
私は足を組んで紫煙を燻らせる。中々悪くない味だ。

サラが拳銃を握って部屋を横断し、私の脳天に銃口を突き付ける。
「勝手にくつろいでんじゃねえ!」
私は吸い殻の積もった灰皿を一瞥し、サラを振り返った。
「家に連れ込んどいて、そのセリフはねぇだろ?」
サラは舌打ちすると、私の首根っこを片手で掴んで引き立てた。
床のどす黒い血痕が視線を引いた。

薄汚れたカーテンが風に揺れ、ベランダから心細げに陽光が射し込む。
居間の奥には不穏な暗がり。
そこはベッドルームだった。
床には、血が生々しくこびりついている。
部屋を包み込む重苦しい空気は、まるで呪いが染みついているようだ。
私はベッドに突き飛ばされ、背中から沈み込む。
サラが銃を構えた。

咥えタバコの先から灰が踊り、立ち上った紫煙が天井で渦を巻いた。
サラは荒い呼吸で肩を上下させながら、私を目がけて拳銃を構える。
虚ろな匂いの染みついたベッドに横たわり、私は天井を仰いだ。
「見ろ! これが……この部屋が、あたいの人生の全てだッ!」
サラは絶望を滲ませる声で、悲痛に叫んだ。

そして私は、自分を見つめる少女の瞳と、9㎜口径の銃口を見返した。
「何とか言えよッ!」
凡そ子供に相応しくない、苦痛に満ちたその顔つき。
その表情の裏には、想像を絶する悲しみがこもっているに違いない。
「思い出すべきじゃなかったろうぜ」
サラが私の上に馬乗りになった。
「忘れられるもんか!」

ミート・ザ・クリーパー。ロブ・ゾンビの歌声が脳裏に響く。
傷つけられた少女は、私の鼻頭に銃口を押しつける。
「脳味噌と銃弾で子供が出来るか、試してみるか?」
サラの震える両手は、抑え切れない恐怖と困惑を雄弁に伝えた。
私はその瞳を真っ直ぐに受け止める。
「命乞いはしないぜ。撃ちたきゃ撃て」

サラは私を見下ろして全身を震わせ、うわ言めいて呟き続ける。
「……す……て……。……けて……。……た、す……け、て……」
半ばえづくように、吃音しながら絞り出された言葉。
「全く、これじゃ立場が逆だな」
私は短くなったタバコを抓むと、親指で握り潰して床に放った。
拳銃が力なく転がり落ちる。

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私はスーツの裾に鼻を近づけ、染みついた臭いに顔を歪める。
「こんな所、さっさとオサラバしようぜ」
居間のテーブルに置かれたタバコと、古い紙マッチをポケットに納める。
正体不明のポケット瓶を手に取って、封を開けると破滅的な香り。
「こいつは頂けないな」
私は肩を竦め、丁重に床へと放り捨てた。

サラはベランダに歩み出て、遥か彼方に聳えるビルを疎ましげに眺めた。
それは市街のターミナル駅である、竜ヶ島中央駅だった。
その頂にはランドマークの観覧車。
「ムカつく。見せびらかすようにでっかいの……いつもここから眺めてた」
私は狭いベランダで、サラの隣に立った。
遠い空に垂れ込める暗雲。

「ほら、私たちの番だ」
「いいよ、別に」
袖を引いて視線を逸らし、不貞腐れるサラ。
私は肩を竦めて溜め息をこぼすと、係員に二人分のチケットを手渡した。
ゴンドラに踏み出すと、サラは無言で私の後に続いた。
「どうぞ、ごゆっくり!」
係員は眩しいばかりの笑顔でゴンドラをロックし、我々を見送った。

「そう言えば、この観覧車に乗るのは私も初めてだな」
ゴンドラの椅子に腰を落ち着け、せり上がる景色を見下ろして呟いた。
「だから何? あたいは別に、来たかったワケじゃない」
サラは疲れ切った顔で、下界の景色を興味無げに一瞥する。
「こんな、馬鹿みたい。一体何の下心があるわけ? 気持ち悪い」

サラは溜め息まじりで脚を組み、気だるそうに腕を伸ばした。
「ここってさ、完全に密室じゃん。イヤらしいことでも考えてるの?」
気の無いにやけ笑いを、私は呆れた眼差しであしらう。
「止せよ。ガキに欲情するほど、落ちぶれちゃいないさ」
「だったら何なんだよ!」
痺れを切らしたようにサラが叫んだ。

透明なゴンドラを打つ、雨粒。
一滴、二滴……次第に忙しなく。
密室の観覧車で、私は少女と対峙する。
「お前を見てると、娘のことを思い出す。ずっと昔、離れ離れになった」
「だから父親面して家族ごっこか? ふざけんじゃねえ、キモイんだよ!」
サラは大手を振るい、激しい憤怒の表情で私を射抜いた。

「あたいは手前の娘なんかじゃねえ!」
私は心臓を貫くその言葉に、表情も目線も、心臓の脈動さえも止めた。
「……全く、馬鹿げた話もあったもんだな」
私は深い溜め息と共に、言葉を絞り出す。
家族ごっこ? 嗚呼、その通りだ。
愚か者と罵られようが構わなかった。
それでも、私はこの娘を助けたかった。

そろそろ円周の頂上だ。
吹き付ける雨と風、グラリと軋む音を立てて、ゴンドラが揺れ動く。
私はサラから視線を逸らし、街並みの遠景を見下ろした。
言いようの無い孤独が、行き場の無い閉塞感となって心を締めつける。
サラがおもむろに腰を上げ、私に歩み寄った。
小さな両手が肩を捉え、小刻みに震える。

唇に、温かいものが覆い被さった。
私は驚き、逃れようと身を捩った。
肩を捉える両手に力がこもり、それが私の唇に強く押しつけられる。
艶めかしい吐息が洩れる。
どんよりと暗くわだかまる濡れた感情が、閂のように唇の隙間を貫いた。
両腕が背中に回され、上体に圧し掛かる重み。
私は沈黙を受け入れる。

ゴンドラが激しく揺れ動く。
サラは唇を放して舌なめずりすると、ぞくりとする頬笑みを浮かべた。
そのまま私の顔の隣に、顔を擦り寄せる。
「ねぇ、ヤマダ……あたいと一緒に、死んでくれる?」
左手が上着の背中を握り締め、右手が隠し持った拳銃を引き抜く。
サラは、銃口を自分のこめかみに突きつけた。

「……生きろ。生きて、警察に投降するんだ」
「どうせブタ箱生きだろ。生きてたって何の意味も無い!」
震える声でサラが叫んだ。
「諦めるな。何十年でも、お前の帰りを待つさ。必ず迎えに行ってやる」
ハッ、と冷ややかな嘲笑がこぼされる。
「何さ……ソレって、愛の告白?」
呆れたような溜め息と沈黙。

「あたい、生まれ変わったらヤマダと結婚するから」
耳元を吐息がくすぐり、掠れた声が囁く。
「そこは娘で我慢しといてくれよ」
私の言葉を無視して、唇に温もりが押しつけられた。
ゴンドラを雨粒が打ちつけ、滲んだ景色がゆっくりと下っていく。
片手を指が絡め取り、握り締めた。終焉が足元まで近づく。

秘密の時間は終わりを告げた。
ゴンドラが地上まで一巡し、扉が開かれる。
私の右手をサラの左手が握り、下界へと引っ張った。
冷たい小雨の降り注ぐ、駅ビルの屋上に降り立つ。
「動くな! そこの二人、止まれ!」
我々を出迎えたのは、物々しい制服警官のお歴々。
私は無言で片手を上げ、立ち止まる。

無数の銃口が突きつけられ、こちらを油断無く見つめる。
「お前たちを逮捕する! 両手を上げて、膝をつけ!」
私はサラを一瞥して頷くと、手を放して徒手を挙げ、膝立ちになった。
サラは無言で、我々を取り囲む警官隊を睨み据え、懐の拳銃を取り出した。
「何してる……よせッ!」
轟く銃声、空中に一発。

警官隊がざわめき、各々が手にした拳銃を構え直す。
「死にたいのか!」
「抵抗すると撃つぞ!」
「大人しく銃を捨てろ!」
隊長らしき男が、群衆から一歩踏み出して威圧的に立ち竦む。
「これは最終警告だ!」
メガホンで歪められた音が野太く響く。
「直ちに武装を解除せよ! 子供だろうと容赦はしない!」

サラは鼻で笑うと、拳銃を左手に握り替え、私の側頭部に銃口を構えた。
「こいつが見えねぇのか!」
「やめろッ、話が違うだろ!」
私は祈る気持ちでサラを見上げた。
サラは半ば蔑むような顔で私を見下ろす。
「抵抗を続けるなら貴様を射殺する! 射殺許可は出ているぞ!」
有無を言わせぬ宣告が下される。

私の前に立ち塞がるように、サラが足を踏み出した。
少女の顔が、私を振り返る。
「あのさ、ヤマダ。生まれ変わっても、私をちゃんと見つけてね」
「何を考えてる!? 早く武器を捨てろ、殺されるぞ!」
あどけない微笑が私を見据えた。己の顎に突きつける銃口。
「……愛してる」「止せッ!」
頭を貫く銃声。

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少女のハイジャック犯の話題は、巷をセンセーショナルで席巻した。
私は警察で聴取を受けたが、被害者の立場で結論づけられる。
その裏に、公安警察の後押しがあったことは想像に難くない。
あの狂騒の夜、露と消えた数多ものギャングたち。
目出し帽を被った殺し屋は永遠に謎のまま、真相は闇に葬られた。

私は竜ヶ島中央警察署の留置場から釈放され、正面玄関の外に歩み出る。
ビルの谷間越しに、昼下がりの太陽が私を照りつけた。
ドアから続く石段を三歩ほど下った時、背後から声が呼び止めた。
「納得いかねえ。おれはまだ、手前をシロだとは思っちゃいねえぜ」
振り返ると、フカミズとムコウジマの二人組。

「教えてください。ヤマダさん、貴方にとってあの娘は何だったんです?」
厳しい目つきで私を見つめ、ムコウジマが静かに問うた。
フカミズは上着のポッケに両手を突っ込み、その姿を冷ややかに一瞥した。
「十代の子供ですよ。お宅が知る、その他全てのそれと同じようにね」
それ以外の答えなど無かった。

警察署の前の通りに、空冷エンジンの粗野な音色が響き渡る。
それは懐かしい音色だった。
そうだ、次の車を探さねばならなかったのだ……今直ぐにでも。
石段を降りる私の眼前に、赤いキューベルワーゲンが横付けされた。
運転席でスーツ姿のタカミネ・フジエが微笑む。
私は背後の刑事を恨めしく一瞥した。

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「今回の事件で、被害者として自叙伝をお書きになるのはどうかしら?」
「そういう商魂たくましい話は、私抜きで好きにやって頂きたい」
私はキューベルの後部座席に揺られ、フジエの誘いを素気無く断った。
「当事者として何かお話になっておきたいことはあるかしら?」
「取材ってワケか。いい根性だよ」

私は溜め息まじりに肩を竦め、暫く沈黙を続けた。
「一つ言えることは、私はどうしようもなく無力な中年男だってことだ」
流れ続ける車窓を憂鬱に眺めた。
路面電車の軌道敷を横目に、片側三車線の道路は続く。
「加害者の少女と、一時的な共同生活を行っていたことに対しては?」
「愚かだったに違いない」

「警察に通報することは、いつでもできたはずだけれど?」
私は双眸を細め、低く唸った。
「……夢を見ていたんだ」
「何ですって?」
「男やもめが長く続けば、人恋しさが過ぎて目が眩むこともある」
「ストックホルム症候群? 違うわね、少女を恋人のように思っていた?」
「家族だ。恋人じゃなく娘だよ」

「こう言っては何だけれど、理解に苦しむわね」
私はフジエと共に、石橋のたもとの緑地を歩く。
眼下の三面側溝には湾曲する川流れ、二級河川・縣川。
「自分の命を奪うかもしれない人間が側に居て、恐怖は感じなかったの?」
どうにもやり辛い質問ばかりで、私は頭を振った。
「それでも孤独よりはマシさ」

川岸の草地にはイーゼルとパラソル。
遠くからでも感じ取れる、ビディの燃える独特の香り。
縫い目の緩いシャツを纏った、ボサボサ頭の絵描き。
私の頭に、電光めいた衝撃が迸る。
それは殆ど痛みと同義だった。
やめろ、そちらには行きたくない。
私はフジエと共に歩き続ける。
男は気だるそうに紫煙を吐く。

パラソルの前で足を止めた私を、フジエが追い越して振り返る。
「……おや、これはいつかの旦那」
男は私を振り返ると、例のとぼけた犬のような表情で私を見据えた。
「今日はどうにも顔色が悪いね。いや、前もそんな顔だったかな」
私の瞳から一筋の滴が流れる。
「ところで、あのお嬢さんはどちらだい?」

暗中 ANTI YOU - OUTSIDE OF THE MONOCHROME -
№/01 FATHERHOOD 終

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暗中 ANTI YOU - OUTSIDE OF THE MONOCHROME -
β Ver.0.99
Storytelling from SLAUGHTERCULT
 -Kill your mind, Feel your pain, without your tear.
 -I am the SLAUGHTERCULT

Thank you for reading so far.
THANK YOU SO SO MUCH.

"To say goodbye is to die little
 - from『THE LONG GOODBYE』…… Raymond Thornton Chandler

GOODBYE.

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