見出し画像

ある絵画と男たちの問答 #同じテーマで小説を書こう

(本文 2,000文字 ※グロ注意※

――――――――――

平日の昼下がり。ある町のある美術館。2階の通路、特設展示の絵画が壁に並ぶ。逆側の壁には、赤染の革張りの長椅子が等間隔で置かれていた。
有産階級の豪勢な食卓を描いた油絵。対面する長椅子には男が2人。両端に腰を下ろした男たちは互いに顔を合わせず、奇妙な均衡を保っていた。
「まさか、手前とここで会うことになるとはなァ……」
黒スーツとドレスシャツを着崩した、無精髭の男が壁にもたれて呟いた。
反対側に座った男、チョークストライプの黒スーツにリネンシャツ、鈍色のネクタイを端正に着込んだ男は、絵画を見据えたまま口を噤んでいた。
無精髭の男は舌打ちし、付かず離れずの隣人を横目で一瞥する。腕組みして組んだ足を入れ替え、豪勢な食卓の絵画に視線を向けた。


「『シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム』って何だろうね」
鈍色のネクタイの凡庸な男が、印象に残らない顔と無感情な声で言った。
「あァ? 何だよ急に」
「あの絵の名前だよ」
無精髭の男が貧乏ゆすりして問い返すと、凡庸な男は絵画を顎で示した。
「『シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日』」
「あァ? ヨーグルト? 何だその長ったらしくて変梃りんな名前は」
「ヨーグルトじゃなくてヨーグルタムだよ。いや案外関係あるんだろうか」
凡庸な男が考える素振りを見せると、無精髭の男が鼻で笑った。
「名前なんかどうだっていいだろ。どうせ大した意味なんぞありゃしねえ。そこら中に腐るほど並んでる、他の芸術気取りたちと同じにな!」
「君は芸術を解さない男なんだね」
「んだと? オメー喧嘩売ってんのか?」
無精髭の男が横目で睨んでいきり立つと、凡庸な男が左手を挙げて制した。1人の老人が通路を通り過ぎ様に、指を立てて2人にシーッと告げた。


凡庸な男は両膝に肘を突き、組んだ手に顎を乗せて皮肉笑いを浮かべた。
「実を言うと、私も芸術に興味は無いんだ。だが奇妙な名前は気にはなる」
「面倒臭ェヤローだな、オメーも。名前のワケなんざ俺が知るかィ」
無精髭の男が呆れて言い返し、凡庸な男の左手に光るクロノグラフ腕時計を注視した。夜光仕様の黒い文字盤。凡庸な男に相応しからぬ高級品だ。
「オメーそれ、ランゲ&ゾーネだろ。そんなモン腕にぶら下げて街を出歩くヤツの気が知れねえ。手首ごとぶった切られて、持ってかれちまうぞ」
「額に納めて飾る物でもあるまい。興味が無い人間には、腕時計の価値など分かりはしないさ。自分で言い触らさない限りはね。芸術品と同じだ」
無精髭の男は、レビュートーメンの懐中時計を取り出し、掌で転がしながら肩を竦めた。ランゲ&ゾーネの数十分の一の値段だが、安物ではない。
「嫌味なヤローだな。俺が外で言い触らしたらどうする? あのいけ好かんリーマン野郎の腕時計は、新車のベンツと同じ値打ちの高級品だってな」
「その時は、1発50セントの鉛弾で、君のお喋りな口を黙らせるだけさ」


無精髭の男が唸って凡庸な男を睨み、上着の内側を手探った。一方、凡庸な男は絵画から視線を動かさず、無精髭の男をただの一瞥もしない。
しかし目を凝らせば、彼の空いた右腕は腰の後ろに伸ばされ、上着で隠したホルスターの小型拳銃のグリップを手にしている。その気になれば、上着の背中に穴を開けてでも、無精髭の男が銃を抜く前に弾を撃てる構えだ。
「ムカつくぜ。その嘗めた面、いつか冷や汗かかせてやりてえ……」
無精髭の男は舌打ちして、腕を組み直した。元より撃ち合う気も無かった。
凡庸な男は膝の上に手を組み直し、拳に顎を乗せて絵画を注視した。
傲慢、自己顕示、競争心と嫉妬。無用な示威、挑発、小競り合い。自尊心が鎬を削り、神経を磨り潰し、奇襲、報復、疲弊、小休止。際限のない応酬に困窮し、やがて尻すぼみの休戦。徒労の果てに残ったのは虚無感。
中産階級の醜悪な矜持と無益な闘争を嘲うように、絵画の中では先程までと寸分違わず、優雅に微笑む有産階級たちの饗宴が繰り広げられていた。


長椅子の両端で殺気を放ち、膠着状態を続ける2人の男たち。彼らの眼前を1人が通り過ぎ、2人が通り過ぎ。絵画を注視する者は誰も居なかった。
「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムとは一体何だろう」
「どうでもいいぜ。それより俺は、何だか無性に腹が立ってきた」
「何だ、急にどうした」
凡庸な男の問いに、無精髭の男は足を組み替え、腕を組みかえ顎で示した。
「あの絵だよ。お上品な晩餐会、見れば見るほどムカついてきやがるぜ」
高級スーツをまとった肥満体の男が一人、絵画の前で立ち止まった。
「何と……これは素晴らしい絵だ……今までに見たことがない……」
「ヨーグルトにはストロベリーソースが一番だ」
無精髭の男が長椅子を立ち、上着の内側からサイレンサー拳銃を抜いた。
「ぎゃぴ!」
貫通弾が絵画に穴を穿った。肥満体の男は、恍惚とした笑みを浮かべたまま後頭部を撃ち抜かれ、絵画を新しい絵の具で彩った。


【ある絵画と男たちの問答 #同じテーマで小説を書こう  おわり】

――――――――――

これは何ですか?

最近は文字書きが上手く行っていないので、リハビリがてら。
登場キャラに既視感がある方は、きっと気のせいなので気にしないように。
9月7日の投稿なので、後夜祭の参加ということで良いのかな?
2,000字書くだけでメッチャ疲れた! 最近本当に怠けててダメダメちゃん。
やってることは結局いつもと同じシチュエーション芸ですが許せ。
精魂尽き果てたのでおしまい。

From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7