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羽生結弦が極限から絞り出した言葉

北京オリンピック、10日(木)のフィギュアスケート男子シングルで羽生結弦選手は4回転半ジャンプに挑みましたが成功せず、4位となりました。4回転半ジャンプは世界で誰も成功させていない大技です。最後になるであろうオリンピックで最高レベルの挑戦を続けた執念には圧倒されました。

試合後、おそらく今回のオリンピックでハイライトとなるであろうシーンがありました。テレビ朝日のキャスターを務める松岡修造さんが羽生選手に行ったインタビューです。顔なじみであるためか、羽生選手が珍しく感情を露わにして涙ぐみ、カメラに対して背を向けるという時間がしばらくありました。

松岡さんからの「苦しさの中にこのオリンピックで何を見たんですか?」という問いに対し、羽生選手は次のように答えました。

「そうですね・・・もうなんか努力って報われないなって思いました」

私は本当に驚きました。ものすごい練習量で知られ、これまで数々の困難を乗り越えてきた羽生選手にしてこの言葉が出てくるのかと。

その後に「自分は正しい努力をしてきたし、自分の中では一番いいアクセルが飛べたのでその点に関しては満足している」という趣旨の発言があります。しかし、最初に出てきた言葉は、どんなに凄い才能をもってしてもタイミングやアクシデントによっては報われないことがあるという痛切な事実を教えてくれます。

オリンピックに限らず、最近は何かの成果を挙げた人がもてはやされ「敗者」にはバッシングが行われる風潮があります。しかし、能力や努力があっても必ずしも「勝つ」とは限らない。それでも挑戦したプロセスを讃えるという世の中であって欲しいと思います。

人並外れたものがありながら報われなかった人がいる・・・。そんなことを考えながら取り出したのがウディ・ショウ(tp)の「ムーン・トレイン」です。

ウディ・ショウ(1944-1989)はアメリカ・ニュージャージー州出身。
1963年、10代でエリック・ドルフィーとのレコーディング・セッションを行い、その後は伝統に根ざしながらアグレッシブな演奏を展開していきました。自らのリーダー作を発表しながらチック・コリア(p)、マッコイ・タイナー(p)、ジョー・ヘンダーソン(ts)、アーチ―・シェップ(ts)、ブッカー・アービン(ts)など実に多彩なメンバーのサイドマンとしても活躍しています。

やや複雑なフレージングのせいか「玄人好み」のような扱いを受けなかなか一般的な人気が出なかったショウ。晩年は生来の視力低下に悩まされ、私生活でも苦労したようです。しかし、彼の作品を聴くとオリジナルの世界観があり、いま聴いても全く古びていないことに驚きます。

「ムーン・トレイン」は絶頂期のショウをとらえた作品の一つ。即興演奏の素晴らしさだけではなく、ショウの作曲能力にも注目です。

1974年12月11日と18日、NYのブルー・ロック・スタジオでの録音。

Woody Shaw(tp) Azar Lawrence(ts,ss) Steve Turre(tb)
Onaje Allen Gumbs(p,el-p) Buster Williams(b) Cecil McBee(b)
Victor Lewis(ds) Tony Waters(congas) Guilherme Franco(per)

①The Moontrane
ショウがジョン・コルトレーンに捧げて書いたというオリジナル。テーマはモードの影響を受けており、トランペット・サックス・トロンボーンの3管で提示される分厚くもスピード感のあるサウンドは「ブルー・トレイン」の世界を新しくしたように聴こえます。最初のソロはショウ。力強く張りがある音です。しかもフレーズの選択が非常に斬新で、ヒットが続くのですが、一本調子になることを避けて確かな音のつながりを感じさせてくれます。高音でも全くブレがないところも魅力と言えるでしょう。ショウを受け、ローレンスのサックスやオナージのピアノが勢いのあるソロをつなげてくれます。最後にバスター・ウィリアムスのベース・ソロからテーマが立ち上がる展開もスムーズで充実感のあるタイトル曲となっています。

④Katrina Ballerina
こちらもショウのオリジナル。エレクトリック・ピアノを使った4分の3拍子の曲で現代的なワルツと言えるでしょう。愛らしい趣もあるのですが、トランペットがテーマを提示するのに対し2管が追随することでサウンドが厚くなっています。こちらも最初のソロはショウ。安定したテクニックと歌心がミックスした演奏と言えるでしょう。高音で飛ばしてはいますが、どこか抑制が効いており、ソロの全体で世界観を描いているかのようなエモーションと冷静さが混じり合った演奏です。ローレンスのソプラノ・サックスとオナージのエレクトリック・ピアノのソロがこの曲にふさわしい浮遊感を加えています。続いてスティーブ・ターレがトロンボーンのソロを展開しますが、この低音の響きが曲全体の中でいいアクセントになっています。これだけを聴くと、ショウが一般的な人気を獲得できなかったのが不思議に思えてきます。

この他、ラテン調のオナージのオリジナル⑤Are They Only Dreams も詩情がある美しい仕上がりとなっています。

羽生選手は松岡さんとのインタビューの最後で「4回転アクセル、まだ応援していいのかな?」という問いに対、、「わかんないです。出し切った」と笑って答えています。

常識的に考えれば年齢や体力、ケガという側面からここで現役を引退するのが「普通」なのでしょう。しかし、いまは「わからない」という羽生選手の気持ちを大切にしてあげたいと思います。前人未到の挑戦をした者にしか見えない風景があるはずであり、しばらく考える時間を持つことに他者が制約を与えるべきではないからです。

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