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「共感のある社会」というメッセージを

きのう、安倍元総理大臣が奈良市で演説中に撃たれ亡くなった事件は本当に衝撃的でした。私は元総理と政治的な意見は異なりますが。このような暴力は決して許されてはならず、心よりご冥福をお祈りします。

それにしても気になるのは容疑者と、事件が起きた「奈良市」という場所です。まだまだ情報が少ない状況ですが、容疑者は元総理に関して「政治信条への恨み」はなかったとされています。

「ある宗教団体に母親がのめり込み、家庭生活がめちゃくちゃになり、この団体のトップを殺そうと思っていた」
「元総理がこの団体と近しい関係にあると思って狙った」
ーこれまでの報道では上記のような供述をしているということです。

仮にこうした供述内容が動機だとすると、宗教団体によるトラブルというのは本当に「よくあること」です。それだけでは手製の銃を作る理由にはならない。ましてや、一国のリーダーだった人を狙うことにはならないはずです。ここに至るまでには何か積もり積もったものがあるはずで、その鬱積を吐き出す場所や、声をかけてあげるコミュニティがなかったのかと思うと非常に残念です。

また、事件が起こった奈良市というのは歴史的な来歴を除けば日本国内に多くある「普通の」地方都市です。そんな場所で地道に銃が作られていたということは全国どこでも起こりえることだと言えます。日本各所に孤立した人々がいて、何かのきっかけで悪い方向に傾きかねないという怖い現実を私たちは見せつけられたことになります。

いまは参院選の真っただ中ということもあり、各政党が「暴力を非難し、選挙活動を続ける」という動きを見せています。これは絶対に重要なことですし、私も全面的に支持します。しかし、それだけでなく「孤立した人々」への呼びかけもあって良いのではないでしょうか。容疑者の行為を肯定するということではなく、そこに陥りかねない人々を社会が救おうとしているというメッセージを発するだけでも更なる悲劇を防ぐことにつながるはずです。

今回は鈴木勲さん(b,cello)の「ヒップ・ダンシン」を聴くことにします。「We'll Be Together Again」という曲が収録されているからです。

カール・フィッシャー作曲、フランキー・レイン作詞のスタンダードで歌詞の一節をご紹介します。

No tears, no fears
Remember there's always tomorrow
So what if we have to part
We'll be together again

涙も不安もない
明日は必ずやってくることを忘れないで
私たちは離れ離れになっても
また一緒になる
(拙訳)

この内容からも分かるように、希望のあるラブ・ソングです。しかし、こんな平凡な願いが実に貴重なものであることを今回の事件は示唆しているように思います。

鈴木勲さん(1933-2022)は今年3月に亡くなったベーシスト。何回かライブで演奏を聴かせていただきましたが、バンドをグイグイ引っ張るグルーブ感とソロでの旋律美にすごいものがあり、「音楽をやるために生まれてきた人なんだなあ」と感じたのを覚えています。

その鈴木さんが楽器をチェロに絞って演奏したアルバムが「ヒップ・ダンシン」。ちょうど来日していたサム・ジョーンズ(b)とビリー・ヒギンズ(ds)をリズムに迎え、当時は若手だった渡辺香津美さん(g)、辛島文雄さん(p)を加えた意欲作です。タイトル通り、踊りだしたくなるような躍動感がスローな曲にすらあります。

1976年4月17日、東京・音響ハウスでの録音。

鈴木勲(cello)  渡辺香津美(g) 辛島文雄(p) Sam Jones(b)
Billy Higgins(ds)

We'll Be Together Again
聴きものはズバリ、冒頭です。鈴木さんのチェロでコーラス部分が提示されるのですが、この音が太さと軽やかさを絶妙なバランスでミックスした独特なものです。そして、何より「歌心」がある。ゆったり歌うところは余韻まで含めてじっくり弾き、畳みこんでグルーブを生み出すところは一気に攻めてくる。これだけ柔軟性と音楽性に溢れたベーシストはなかなかいません。続いて辛島文雄さんのピアノ・ソロ。アコースティックで、辛島さんにしては相当な抑制がきいたプレイです。研ぎ澄まされた高音でじっくりと弾く姿勢に辛島さんのリリカルな側面を見る思いがします。その後を受けるのは渡辺香津美さん。ここは彼らしくスローなリズムを踏まえつつも、やや鋭角的なソロです。ウエス・モンゴメリーの影響を感じさせつつ、「音の弾み方」が普通とは違う。躓きそうになりながら、それでもスイングして流れていくという独特のスタイルを披露します。次はサム・ジョーンズのベース・ソロ。こちらは重鎮らしく、どっしりした演奏です。短いソロながら、音楽に重心を与えてくれるような渋いプレイ。最後は再び鈴木さんによるソロを交えたコーラスで味わい深く終わります。

この他、鈴木さんのチェロが冴えわたる⑤Alone Together も聴きものです。

今回の事件では「警備に抜けがなかったか」という議論がSNSや報道で活発に交わされています。これをきっかけに取り締まりの強化やAIによる監視といったものが強まることが予想されます。

しかし、これらは「犯行に及ぼうとしている者」を対象にしており、犯行の動機そのものを失くしていくことにはつながりません。簡単に目に見えた効果は出にくいかもしれませんが、「突き放された」と思う人々を減らし、「誰かが気にかけてくれる」社会を目指すこと。それが今回の事件から我々が学ぶべきことではないかと思います。

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