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Beside | Ep.12 カウントダウン

Beside-あなたと私のためのベットサイドストーリー

シンガポール編 #2
きみの熱くて切ない眼差し。
聞こえるカウントダウン。

chap.1

BT.Coアジアカンファレンスが始まった。
今年は例年行っていた各エリア毎のジュニア向け集合研修と、マネージャー及びリーダー向けの意見交換会カンファレンスを、規模をアジア全体に広げ同日程で行う2部構成である。テヒョンとジョングクが参加する研修は、最終日の課題発表会を含めて4日間で行われる。座学や支社横断で振り分けられたグループでのワークショップが主に2日間。開催地域の現地視察を1日挟み、最終日の課題発表会プレゼンテーション・コンペティションへと続く。最終日まで、日中は先輩たちとは別行動だ。テヒョンと連れ立って朝食会場に向かう。

「わぁ、すごいや」

いくつかの研修会場にもなっているこのホテルは、いわゆる観光客向けの星付きホテルではないが、朝食会場に並ぶ品揃えの豊富さに思わず感嘆する。飲茶、スパイススープ(カレー)、洋食、和食、フルーツにお菓子まで。普段、インド洋から東南アジア全域のビジネスマンが利用しているだろうこのモーニングビュッフェには、この地域が誰と共に発展してきたのか、その歴史と現在の姿が色濃く出ている。ヨーロッパからインド、中国大陸まで、そのそれぞれの文化がそれぞれに存続しながら並ぶ朝食は、シンガポールの歴史そのものだ。ここでは、朝はコーヒーでなく紅茶なのかな。いや、中国茶?それともチャイだろうか。世界の3大茶文化が影響し合って生まれた、世界屈指のティータイムを楽しむ時間が、果たして研修中にあるのだろうか。
思い思いの朝食をチョイスして、座席を見渡すと、いつも通りに《《アメリカン》》を飲んでいるユンギの姿を見つけた。そのまま自然と朝食兼朝礼モーニング・ブリーフィングがはじまる。

「他の支社はどんなテーマにしたんだろう。」
「そうですね、気になるので、ぼく情報集めてみます。」
「まぁ、プレゼンも大事だけど、研修もしっかりな。いろんな支社にネットワーク作るいいチャンスだから、楽しんできて。」
「はい!」

「あれ、アミさんは?」
「んー、そのうち来るだろ。お前たちは会場移動があるから、先行ってていいぞ。頑張ってな。」

夜も夕礼&夕飯を兼ねて集まることにして、僕たちは会場に向かった。
今日からどんな出会いがあるんだろう。いよいよ始まるんだ。

chap.2

「だから言っただろーが、飲みすぎるなって」
「…半休申請しよかな」
「カンファレンスにそんなもんはない」

あの辺のスパイス全部混ぜてチャイでも作って飲んだら治るかとぼやく私に、逆に全部吐き出しそうだからやめろとユンギが言う。仕様が無いのでホットジャスミン茶を流し込んで気持ち悪さがひくのを待つ。いや、そんな目で見ないでよ、私ちゃんとユンギの忠告通り控えめに嗜んでいたでしょう。何だろう、やっぱり少し緊張していたのかな。とりあえず午前中の日程がこのホテル内でよかった。

「無理すんなよ」
「じゃ、昼にモーニングコールしてくれる」
「そういう意味じゃない」

ユンギとは後半日程で合流することになるだろうが、それまで別行程になる。後半に設定されている、謂わゆるリーダー会議は、管理職を中心に、リーダー以上クラスが各支社の状況や背景をもとに事例シェアと意見交換を行うプログラムだ。私たちの3倍はこの世界で生きていると思われるタヌキやキツネに囲まれながら、若手代表兼支社代表として何かしら前のめりで掴んでこいとうちのボス達に言われている手前、サボるわけにはいかないが、個人的な理由から、あまり気乗りするものでもない。そのことが顔に出ないように極力努めてはいるものの、目の前の上長にはとっくにバレていることだろう。夜にまた集合の旨了解し、それぞれの会場に向かう。
別れ際にユンギがもう一度こちらに向き直った。

「お前さ」
「…なに?」
「いや、何でもない。しっかりやれよ。」

一瞬何か言いたげな顔をしたような気もするが、ユンギは概ねいつも通りのポーカーフェイスだ。《《いつもの》》スーツを着ていれば、いつも見てきたお疲れ気味の同僚のままである。遠ざかる背中に、昨晩のあれこれがフラッシュバックしそうになるのを大急ぎで止める。あの後、バンケットホールに戻って一通り挨拶を済ませることには成功したし、次の日からの予定をちゃんと確認し、後輩達を先に部屋に見送った。各方面からのアフターパーティー二次会へのお誘いもやんわり断った。部屋に戻った時には、どっと疲れが押し寄せるのを感じた。シャワーを浴びて、ふと蘇る首筋の感覚をどうしたらいいのか考えながら、そのまま泥のように眠ったのだ。

ー俺で頭いっぱいにしとけ

不覚にも一度かけられた呪いは0時を過ぎても有効らしい。頭も体も、消化不良のあれこれを一晩で忘れられるリセットできるほどには、もう若くは無いようだった。

窓の外を見やる。

ーポーカーフェイスはやめたんじゃなかったの

灼熱の熱帯地域にある巨大な冷蔵庫に詰め込まれた私はトボトボと会場に向かった。

chap.3

—研修1日目: グループディスカッション

同世代と比較して何でも卒なく一番にできてしまうジョングクは、このような選抜研修メンバーに選ばれることも少なくない。年齢がまちまちな研修チームでは最年少になることが多く、年功序列を厳しく躾けられた彼にとって、ディスカッションはもっぱら聞き手に回るのが常である。が、それは同時に彼を最も優秀な情報屋にする環境となる。

「なるほど!素晴らしいです。僕の支社でこんな鋭い意見出るかどうか…」
「いやー、うちの部署、先輩達厳しいからさ。プレゼン準備の時にも何かにつけてこれだったわ」

ーチャンス
「プレゼンマウントにはさりげない意趣返し」カードを発動。

「皆さんはプレゼンテーマ何にしたんですか?」
「あ、うちはね…」

グループワーク中のさりげない話題。しかも相手発話であるからして、後々、いつどこで誰とその話をしたのか、相手はほぼ思い出せない。完璧なタイミングである。

アジア各所から集まった言語もバックグラウンドも違うグループでは、慣れない英語で意思疎通が取れず、議論が煮詰まることも度々ある。それもまた彼には好都合だ。

「皆さんの白熱した意見が素晴らしくて、僕少し頭が疲れてきたんですが、休憩してもいいですか」
「グクに言われちゃ仕方ないか。よし、みんな一旦休憩しよう」

ーチャンス
「休憩時間にホット一息ついつい」カードを発動

「あーなるほどですね。僕の国ではまず文化的背景からもその視点には至りません。大変勉強になります。」
「そうなの、プレゼンにも自国特有の視点を入れ込めってすごい言われて大変だったのよ」
「えー、すごいな、結局どんな構成に仕上げたんですか」

ウサギのような可愛い瞳で質問され、どんなことでも答えてしまう。
狩られているのは自分の方だとも知らずに。

斯くして日中は大量の情報収集に奔走し、夜はチームへの情報共有と作戦会議を行う。ジョングクがその優秀な《《リサーチ力》》を存分に発揮し、すでに2日目の夜となった。

「報告します。チャイナ北部は自社クラウドサービスを戦略プランの中心に据えた内容でした。相当マネージャーがテコ入れしている様子です。インドネシア、ベトナムは自国へのアウトソーシングをテーマに構成しており、お互いに題材が被るだろうことも、予測しているみたいでした。」
「お前、ほんっとすごいなこの2日間で…」
「ははは、どこも丸裸にされてるな。」

完璧だなとアミさんに褒められる。こういう風に頼りにされるのは嫌いじゃない。自分の特技を120%発揮してチームに貢献する。ユンギヒョン、これであってますよね!
頑張ってるな、と頷きながらも、研修本来の目的をインプットできているのか非常に不安である表情を見せているマネージャーを差し置いて、話は盛り上がっていく。

「グローバル展開をさらにスケールアウトするつもりか、それともあくまでもドメスティックフォーカスか、各支社で意見が分かれそうだな。」
「確かに。今のぼくたちの発表ではあまり深くは触れていないので、少しスコープを強調しておきましょうか。」
「うん、あそこのスライドに一行プラスするで充分だと思う。」
「承知です!」
「よし、じゃぁホテル戻ったらパソコン持ってユンギの部屋集合ね」

「あんまり無理させるなよ?明日もまだコンテンツ残ってるし。スケジュールどうなってる?」
「明日僕たちは現地視察が入ってます。」
「あーそれ楽しそうだなぁ。私なんてここからずっとジジどもとの覇気のないディスカッションだ」

テヒョンに替わってほしいと真剣にお願いするアミさんに、どうやって断ろうか悩むテヒョンイヒョンの変な顔。それに

「おい、ジジどもって、今それ俺も入れただろ」
「何言ってんだ。爺筆頭枠だろ」
「忘れてるようだから言っとくが、俺がジジィならお前もだ。」
「それは初耳だなーってなんで私までジジィなんだよ」

先輩2人のいつもの息ぴったりな掛け合い。このチームは、遠い地にいても、いつも通りで安心する。

「アミさんは1番若くてかっこいいリーダーですよ」
「おぉ!ジョングガ!もう一回言って?そしたら明日もヌナ頑張れそうだぞ♡」
「アミヌナが1番可愛くて頑張ってます」
「ユンギヤ聞いた?ねぇ聞いた?一番可愛いって、この子が」
「うるせーな、パワハラになるからそんへんでやめとけ」
「ハイハイハイ!僕もヌナって呼びたいです!」
「なんでもいいぞ♡とにかくみんな、プレゼン頑張るぞー!」

会社の人たちとこんな風に話す日が来るなんて。
こんなチームは嫌いじゃない。
初めて出会った心から信頼できるチーム。
いつか僕も、こんなチームを創れたらいい。

chap.4

心配性のマネージャーの部屋で小一時間ほどプレゼンの手直しをして解散となった。あとは当日まで特に調整は必要ないだろう。

「明日は直す時間もないだろうし、これで最終版だな!」
「はい!お疲れ様でした!」
「おやすみなさい!」
「おー、お疲れ」

2人が部屋に戻ったので、荒らした部屋を片付けて私も戻ることにする。

「ユンギヤの部屋だけなんでこんなに広いのか?管理職優待?」
「たまたまツインの部屋しかなかったんだろ。だとしてもこれくらい優待されてもバチは当たらん」
「し、か、も、ベイサイドビューてか!」
「見る暇もないけどな」

私とは廊下を挟んで向かい側の部屋だったから、まさかとは思っていたが、カーテンをあけてビックリする。ユンギはまだパソコンを開いたまま何やら打ち込んでいる。置いてきた仕事でも片付けてるんだろう。まったく、出張中だというのに、ご苦労様なことだ。少しくらい夜景にウィスキーでも侍らせれば良いものを。

到着初日に廊下から眺めたぶりに、改めて見るシンガポールの夜景。3つの高層タワーのてっぺんをプール付きの船で繋ぐとは、いったいどういう人生を歩んできたらそんなコンセプトを閃くのか。天上に船を浮かべて、水に浸かりながら、これ以上どこに出航したいの。

「楽しめてるか?」

ユンギがメガネを外して、シャツの襟元をくつろげている。間接照明しかないホテルの薄暗さと相まって、いつも《《じゃないほう》》のユンギが出てきそうで困る。そうやって急に糖度を上げるのは無意識なのか。無意識で振り撒いてるのならこれまで何人が溜息に暮れたのだろうか。

「うん、そうだな。思ったより。」

さっと視線を夜景に戻して答える。100万ドルの夜景をその目的以外に使うのは2回目だなと思い出したことを後悔する。それでも嘘は言ってない。思ったより、楽しんでるんだ、本当に。

「いいチームだから、かな。」
「ん、そうだな。」

個人的な事情にとらわれる事なく集中できてるのも、メンバーに恵まれたからだろう。頑張る後輩達を応援するのは嫌いじゃないんだ。明日からはリーダー会議も始まるから、あいつとは否が応でも顔を合わせることになるだろう。求められれば意見も交わす必要があるし、ホスト支社のマネージャーとして邪険にするわけにはいかない。嫌味の一つや二つ混ぜながらクールに対応したいところだ。下は向かない。その必要はない。私は大丈夫だ。

「前にカンファに来たのはいつだっけ。」
「3年前か?ナムとかもいただろ。」
「そうだ、あの時ナムがパスポートがないとか言って大騒ぎしたんだった。」

「その前は、まだ研修要員だったけど、5年前くらいか。」
「そうか。もう5年も前か。」

もう5年だな、と何かを決意したように繰り返す声が聞こえる。

「アミ」
「…なに?」

その長くて綺麗な指が何かに触れている。もしかしたら、たぶん、そう、私の髪に。
今そちらを見てはいけない気がして、窓ガラスから目を逸らさずに返事する。きっと熱くて切ない目をしているんでしょう?締め付けるような、胸のどこか奥の方、たぶん私の一部を。

「俺たちは、チームだろ?」
「うん?」
「オレは、そんなに頼りないか」

え、と反射的に見てしまう。
しまった。
そっちを見たらまた始まってしまう。カウントダウンが。
トン、と一歩だけユンギが近づく。

「無理してんのバレてる」

ユンギの声がやけに切なく響いて、優しく伸ばした白くて綺麗な手が、今度は私の頬に触れた。

「お前あの時聞いたよな。私のどこが悪かったのかって」
「ん…」

「どこも悪いとこなんてなかった。この7年間、ずっとそばで、見てた」

カウントダウンが聞こえる。
2人分の鼓動が刻む旋律と共に、それはボレロの如く、3拍子ずつ、着実に進んでいく。

「まだそんなにアイツのこと、好きなのか」

切なくて熱い眼差し。
頬に手を添えたまま、さらに距離が近づいて、今更ユンギから目を逸らさせてはもらえない。
陶器のような肌は、夜景に反射して艶っぽい。こういう顔したユンギはびっくりするほど綺麗なんだ。私だって知ってる。7年間ずっと、そばで見てきたから。
そんなことないとか、何年経ったと思ってるとか、なんでもいい、何か言わなければ。私はもう大丈夫なんだ。これ以上ユンギに心配をかけたくない。明日だって立派にやってみせる。だからそんな風に見つめないで。ユンギがポーカーフェイスを崩して、隠すのをやめたものに、もういい加減に気づいてしまう。

「ユンギヤ…わたしは…」
このまま、なんでも言い合える心地よい関係のまま、時々大嫌いで、1番頼りになる、終わりのない、そんな関係のまま…

その時、ユンギのスマホが鳴った。
同時にハッと我にかえる。
答えにならないため息だけが漏れて、ユンギが少し寂しそうに笑いながら、そっと手を離した。

—着信: キムソクジン

睨めっこは視線を逸らした方が負け。
おやすみと言って足速に部屋を後にした。

残り2日。
カウントダウンは後どれほど残っているのか。
今からマーライオンにでも聞いてこようか。

chap.5

「はい、もしもし」
「ヤー、ユンギヤー、順調?」
「はい、ヒョンの電話以外問題ありません。それじゃ」

ーブツッ、ツー、ツー

「…ナム、僕はユンギに嫌われてるのかな」
ソクジンがそのハンサムな顔で瞬きしながら聞いてくる。
「まぁ、今さっき、そうなったのかもしれませんね。」

カンファチームから何もレポートがなく、やきもきしたソクジンがユンギに電話したのだが、どうやらメールを待った方が良かったのかもしれない。

「ヒョンニム、ぼくの友達の店にでも行って、海南鶏飯ハイナンチーファン食べます?」
「…そうしよか。」

海南鶏飯チキンライスなんて作ったことないけど、出番もないからやってみてくれるというホソクに感謝しながら、ソクジンと2人でいつもより静かなオフィスを後にした。

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