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マイナンバーカード問題に潜む恐ろしい「思考」(1)【できるかどうかを問題にしない不可思議】

マイナンバーカード問題。迷走段階に来たのでしょうか。

一旦止めて、引っ込めるという地点は過ぎたようで、ポイントオブノーリターンとなったようです。ここまでアドバルーンを上げてしまった以上、このまま来秋の健康保険証廃止まで突っ走る気配です。

ずっと、疑問に思っていたことであるのに、言語化できていなかった違和感があったのですが、↓のお二人のツイートで、わが意を得たりというご指摘がありました。
採り上げさせていただいたお二人は、ITの専門家であることにも納得のいくところです。

やるやらないの前に、「できるか・できないか」をなぜ検証しないのでしょうか。

突破力を期待されたというペネトレーター大臣は、残念ながら実務経験ゼロだと判断せざるを得ない。彼は何かを実行できたという経験がないのでしょう。

「できるはずだ。やれ!」と言えば、周囲が何とか取り繕って、できたという経験「しか」ないのかもしれません。

今のままでは、できないものは出来ない。
なぜなら、出来ないのは、このシステムの構造的なものだからです。

日本の「現状の」技術力では、マイナンバーカードによるサービス統合は無理でしょう。官僚の皆さんは、わかっているのかもしれませんが、誰も「次期総理大臣かもしれない」大臣に鈴をつけることができない。

そりゃ、自分のキャリアを棒に振ってまで、進言できるわけがないし、諫言を聞き入れてくれそうな人物でもないのだから、当然のことでしょう。

本気かどうかは知りませんが、加速主義を主張する人は、いよいよ加速主義の最初の返り血を浴びる局面に来たのかもしれません。

「できる・できない」の議論をすっ飛ばして、現実を動かせば悲劇しか起こらない。私たちは、令和の時代にインパール作戦をリアルタイムで目撃しているのではないでしょうか?

できないものは、どうあがいてもできませんよ。

修正する仕組みがない、問題を予め発見する仕組みもない。小さく始めて成功した事例を集める気もない。それで、どうやったらできるのでしょうか。
丁寧に説明していただいてもできないものは、できない。

実務というものは、そういうものですから。

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