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現実適応障害





僕は、境界性パーソナリティ障害、という診断を、うけている。




統合失調症という病気が、ある。



どちらも様々な、みんな違う環境で、発症する。




しかし、現実に適応できない人間が、発症するものだ、とゆうことは、同じだと思う。



この二つが、病気だと、すればのはなし、
だが。





僕は、生き物は、生きる、のが、使命、だと、考えている。



境界性パーソナリティ障害、という診断をうけた人間の多くは、50歳を待たずに、たいがい、自分で自分を、殺す。



しかし、その大方の人間たちの判断能力は、現実的、だ。



その反対に、統合失調症、という診断をうけた人間の多くは、僕は、この診断をされた人間たちも、現実への不適応者たち、だと思っているのだが、その診断をうけた人間の多くは、今時、すごく怒られる言葉必至だが、一番伝わりやすいので、あえて使うが、
その、人間たちは、狂う。



狂って、生き延びる。




生き物として、どちらのほうが、真っ当なのか、といえば、狂って生きる、のが真っ当だと、僕は考える。




なぜならば、我々は、生き物、だからだ。



自分で自分を殺す、という行為は、生き物として、真っ当では無い、行為だ。


僕は、大方の、精神の病、と、称される診断名の多くは、
現実への不適応な人間、が、発症する、と考えて、いる。
 




社会は、必要、だ。




人間は、言葉で、お互いが譲り合うことが、出来ないということを、知った時から、
社会を、つくり、はじめた。


社会の理想、とは、ガチガチのシステムで、
もしかしたら、人間が、生き生きと生きる、ことの、出来ない、世界、なのかもしれない。




しかし、人間は、それを、理想に向かって、
TRY、するしか
無い。



これは、僕にはわからないことだが、僕は、これを諦めたら、人間は、ニヒリズム、そのもので、この世から、人間が自然にいなくなる前に、
いなくなって、良い、
と、思う、
のだ。

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