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第64回グラミー賞直前考察!リル・ナズ・Xとは何者か、その歩みとともに解説!音楽ライター池城美菜子が紐解く

リル・ナズ・X。

強烈な印象を残すビジュアルをはじめとしてエッジの効いた楽曲やミュージック・ビデオはもちろん、SNSから発信されるメッセージやアクションに至るまで、2021年に彼ほど常に注目の的であり続けたアーティストが他にいたでしょうか? 

鮮烈なデビューを飾った2018年リリースの「Old Town Road」から始まった彼のサクセス・ストーリーは昨年ドロップされた傑作ファースト・アルバム『Montero』で、リル・ナズ・Xがただのバズ・メイカーではなく、一流のミュージシャンであることをはっきりと提示して見せました。

結果、第64回グラミー賞には主要3部門を含む、合計5部門にノミネート。その行方に注目が集まっています。そんな異端児リル・ナズ・Xの魅力を音楽ライターの池城美菜子さんに改めて紐解いていただきました。すでにファンの方はおなじみでしょうし、初めましての方もようこそ。最高のエンターテイナーが作り出す<リルナズ沼>にたっぷりと浸かってください!

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チャーミングでおもしろくてキラキラしていて。インターネットに偏在するリル・ナズ・Xのミュージック・ビデオやインタビュー、ニュース映像を眺めていると幸せな気分になる。

私は彼が、大好きだ。

1999年4月9日にモンテロ・ラマー・ヒルとして生を受けたリル・ナズ・Xの肩書きはラッパー/シンガー/ソングライターであり、基本的にはミュージシャンである。だが、ここ10年強の多くの自己肯定にもつながってきた新しい価値観、「バズる」、「映える」を世界規模のポップカルチャー・アイコンに到達するまで昇華させたのがリル・ナズであり、生きざまそのものがひとつの現象、ムーヴメントだ。

SNSを中心にしたネットでの人気は、お金だけでは手に入らない。これは彼への評価はさておき、SNSをやっているだれしもが認めざるを得ない事実だろう。その真赤すぎるほどのレッド・オーシャンを全速力で泳ぎ切ってトップに立ったのが、リル・ナズなのだ。

同性愛者であるのを隠して生きていた10代のリル・ナズは居場所をネットに求め、とことん精通、精進した結果が「Old Town Road」のバイラル・ヒットだったのは広く知られている。日本語版のウィキペディアが充実しているので、ここではスターダムに上った起承転結だけを描く。

まず、「起」。2018年末、19才でリリースした「Old Town Road」がネットで話題になり、ビルボードのシングル・チャート、ホット100で1位に上りつめた。

「Old Town Road(Remix)」ジャケット写真

「承」は、同曲でマライア・キャリーとボーイズⅡメンの「One Sweet Day」の16週の記録を破り、史上初の19週連続1位となったこと。

と同時に、カントリーのメロディに、出身地アトランタで盛んなヒップホップのサブ・ジャンル、トラップのリズムを取り入れた「カントリー・トラップ」であるのを理由に、カントリーのチャートを締め出され、人種差別だと議論を呼んだこと。

「転」は劇的で、カントリーの人気者にして、ポップ・スターのマイリー・サイラスのお父さん、ビリー・レイ・サイラスを招いたリミックスと、西部劇を土台にした大人気ゲーム『レッド・デッド・リデンプション2』のストーリーをなぞったミュージック・ビデオでひっくり返したのだ。

そのうえで、2019年6月30日、世界最大の野外フェス、グランストンベリーで初の海外パフォーマンスを敢行、サイラス親子が登場して話題をさらい、ダメ押しとばかりプライド月間の最終日だった同日に同性愛者であることをカミング・アウトして、「結」となった。これは、アメリカのチャート1位を飾った黒人ラッパーとしても、カントリーのアーティストとしても初めての出来事だ。

リル・ナズ・Xはその名を世間が認識して数カ月でチャートの記録を塗り替え、ホモフォビックな風潮が強いヒップホップとカントリー・ミュージックを両股にかけながら自らのセクシュアリティを公にして、彼はアメリカのポップ・カルチャー史に名を残す存在となった。

日本からだと、LGBTQ+に理解があるように映るアメリカだが、その理解度、寛容度はまだまだ地域や人種によってバラつきがある。

2019年、彼はカントリー・ミュージック・アソシエーション・アワード(CMA:カントリー・ミュージックのグラミー賞)で同性愛者としてカミングアウトした男性アーティストとして史上初のノミニー(ノミネーションを受けた人)となり、LGBTQアーティストとして初めてビリー・レイ・サイラスとともにコラボレーション・カテゴリーを受賞した。

「Old Town Road」のモンスター・ヒットぶり、破壊力を考えると、主要部門も受賞するべきだったという議論もあった。また、黒人向けテレビ局、ブラック・エンターテイメント・テレビジョン、BETのヒップホップ・アワードでも最優秀コラボレーション部門と最優秀シングルを受賞、これも歴史的な快挙だった。

当時、リル・ナズは高校を出て2年、1年だけ通ったウェスト・バージニア州立大学をドロップアウトしたタイミング。レコード会社の熾烈な争奪戦ののち、ソニーと契約したものの、サウンドの方向性という根本的な問題にぶつかる。

「Old Town Road」に続くシングル、「Panini」とカーディ・Bとの「Rodeo」まではカントリーを取り入れたサウンドを意識し、その流れでリリースした7曲入りのデビューEP『7EP』には、ポップ・パンクのトラヴィス・バーカーを招いたポップ・ロック「F9mily (You&Me)」も収録されていた。ジャンルをまたぐこと自体はいいのだが、全体に中途半端な出来だった。

リル・ナズの生い立ちと、音楽的なバックグラウンドについて少し。

両親は6才のときに離婚、9才まで母と祖母と、それ以降は父親と暮らしている。ゴスペル・シンガーの父親のもとにいたときは、いやいや教会に通ったという。

話題作りに長けたリル・ナズは、ことあるごとに悪魔崇拝を誤解させるギミックをやるのは、おそらくこの体験が背景にある。

一方、子どもの頃に教会で聖歌隊や楽器演奏に触れた体験は、多くの黒人アーティスト同様、音楽キャリアにはプラスに働いているはずだ。また、小学校の4年生から校内活動としてトランペットを始め、中学校でファーストチェアを吹くまで上達したそう。「吹奏楽部はクールじゃないかも」という彼らしい理由で辞めているのだが。

「Old Town Road」のトラックは、スウェーデンのプロデューサー、ヤング・キオから30ドルで買ったトラックだというのは有名な話だ。インダストリアル・ロックの雄、ナイン・インチ・ネイルズの2008年『ゴースツIV』の「34ゴースツIV」をサンプリングした曲で、リル・ナズは「バンジョーの音がかっこいい」という理由で気に入ったそう。元曲を聴くとわかるが、メロディラインはほぼそのままだ。「34ゴースツIV」のYouTubeのコメント欄の一番上にリル・ナズ本人が「馬の背に乗って〜」と自分の歌詞を絵文字付きで書き込み、自分のファンに向けてか「まだの人はナイン・インチ・ネイルズのほかの曲も聴いてみてねー。すばらしいから!」と締めている。

YouTubeの楽曲がアップロートされたページにはたしかに本人のコメントが載っている

自分のインスピレーションの源に、ニッキー・ミナージュからキッド・カディ、アンドレ3000、ケンドリック・ラマー、ケイティ・ペリーまで挙げている。それらのインスピレーションとトランペットの演奏で培われた音楽的素養があったからこそ、ネットで直感を信じて購入したトラックを記録破りのヒットに仕立てられたのだ。

音楽ライターとしてあえて厳しい指摘をすると、『7EP』でリル・ナズはラッパー/シンガーとしての資質に疑問符がついてしまった。声域は広くないし、話し声としては魅力的な声は歌となると単調に響いた。ポスト・マローンやドレイクといった、キャッチーなフックのラップと歌の両方を美声でこなしてしまうアーティストがひしめくチャート上位で闘うのは難しいように思ったし、このEPが2020年のグラミー賞の最優秀アルバムにノミネートされたのは、正直、驚いた。存在の新しさ、話題性とハイプでかなりゲタを履かせたノミネーションだったと思う。私がいじわるな見方をしているわけではなく、「Old Town Road」がそれだけ抜きん出た曲であったことの裏返しであり、同じ見立てをしている人は多かった。

『7ep』ジャケット写真

だが、2020年の第62回グラミー賞でリル・ナズ・Xおよび「Old Town Road」が正当な評価を受けたかといえばそれも微妙だ。リル・ナズの次に間髪入れずにでてきたビリー・アイリッシュが主要4部門すべてを制覇するという快挙を成し遂げた年である。どれかをリル・ナズが獲るべきだったとまでは書かないが、「Old Town Road」はカントリー部門のノミネートからは外されたのは不思議であった。結局、最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンスと、最優秀ビデオの2部門を受賞。大切なのは、賞レースの結果よりもリル・ナズ・Xはその存在感で歴史に名を刻んだ点。ヴェルサーチの鮮やかなピンクのカウボーイ・スーツを着た彼は、文字通り光り輝いていた。

この年は、LAレイカーズのスーパー・スター、コービー・ブライアントが飛行機事故で亡くなった当日に、レイカーズのホームコート、ステイプルズ・センターでグラミー賞のセレモニーをおこなう運びとなり、お祝いムードでいいのか全世界が迷いながら見守っていた。リル・ナズはコービーのユニフォームを置いたソファに座ってバンジョーをかき鳴らしながら登場、その次にBTSをフィーチャー、リミックスを担当したディプロやビリー・レイ・サイラスなど予想どおりの人たちが参加したあと、本家の大先輩ラッパー、Nasが登場して話題をさらったのだ。近年、その人種的な保守性が問題になっているグラミー賞でBTSを招いたことでリル・ナズは多様性の体現を一手に引き受け、常識を打ち破る存在であったことは強調したい。

2020年後半にリリースしたシングル、Nasを招いた「Rodeo」のリミックスと「Holiday」はそれほど話題にならなかった。ここで彼は仕切り直して、本名のモンテロを冠したシングル、「Montero(Call Me By Your Name)」を2021年3月にリリース。

改造スニーカーでナイキに訴えられた件と、悪魔崇拝を疑われたミュージック・ビデオによる炎上マーケティングで大いに話題を呼び、ビルボード・チャートで1位でデビューした。2017年の映画『君の名前で僕を呼んで』を副題に引用したこの曲のビデオの詳しい解説は、ほかの記事ですでに書いているので良かったら。

リル・ナズと彼のチームが本気を出すと、桁外れのバズを生み出せることを再度証明したヒットであった。エモ・ラップとエレクトロ・ポップを融合させたこの曲でリル・ナズ・Xはワンヒット・ワンダー(一発屋)疑惑を吹き飛ばし、第64回グラミー賞で、{最優秀レコード賞(Record Of The Year)、最優秀楽曲賞、最優秀ミュージック・ビデオ賞の3部門にノミネートされている。また、『Montero』で最優秀アルバム部門、「Industry Baby」は最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンス部門と計5部門でノミネーションを受けたこと自体が快挙だ。

グラミー賞のノミネート期間のギリギリ、2021年9月にリリースされた『Montero』の話を。

リル・ナズ・Xのファースト・アルバムとなった『Montero』ジャケット写真

まず、15曲を収録したデビュー作で、大幅に歌唱力をアップさせて驚いた。そう、リル・ナズ・Xは弱冠23才、すべてにおいて伸び盛りなのだ。自らのクィアーネスを全面的に押し出した「Montero(Call Me By Your Name)」のつぎに放ったのが、「Sun Goes Down」

「I wanna run away Don't wanna lie, I don't want a life Send me a gun and I'll see the sun(逃げ出したいよ 嘘はつきたくない こんな命はいらない 銃をくれよ それで太陽を拝めるから)」

「Sun Goes Down」歌詞より

というショッキングなコーラスのミッドテンポ・チューンであり、自殺を考えた10代の頃の思いを吐露している。これは話題作りのためではなく、ヘテロセクシュアルのティーンよりLGBTQ+の若者のほうが深刻な自殺願望をもっている現実を反映した曲だ。

デビュー・アルバム『Montero』は、ジャンルとしてはポップ・ラップに属する作品である。トラヴィス・スコットの影響が強い「Dead To Me」、2020〜21年のヒップホップ界隈の<イット・ガール>のふたり、ドージャ・キャットとの「Scoop」、ミーガン・ザ・スタリオンとの「Dolla Sign Slime」あたりは流行りの音に乗って勝利宣言をラップするいまどきのヒップホップだ。

『Montero』で興味深いのは、自分の半生をふり返った内省的な歌詞だろう。大先輩エルトン・ジョンが美しいピアノの調べを弾く「One Of Me」では「俺に失敗してほしいんでしょ」とヘイターたちを静かに煽る彼が、アルバムの後半では憂鬱な気分、バランスを崩している家族関係(彼は母親の麻薬中毒を公にしている)、たった一人からの愛情を求める孤独を正直に吐露している。

「Void」のコーラスで呼びかけている「ブルー」は、男子高校生のカミングアウトをめぐる映画『Love サイモン17歳の告白』(2018)からの引用であり、すべてから逃げ出したくなった過去の自分をふり返っている。

プロデューサー陣では、15曲中10曲をふたり組のテイク・ア・デイトリップが、5曲をジョン・カニングハムが担当しているのが目立つ。そこに、ライアン・テッダー(「That’s What I Want」)、カニエ・ウェスト(「Industry Baby」)らスター級のプロデューサーが参加。自分の心情と一緒に向き合ってくれる仲よしのプロデューサーたちと売れっ子の組み合わせで、失敗を許されないファースト・アルバムの制作に臨んだのが見てとれる。

 スパニッシュ・ギターが印象的な「Montero(Call Me By Your Name)」にいたっては4人がかりだ。テイク・ア・デイトリップのほか、昔から知っているロイ・レンゾ、そしてジャスティン・ビーバーとキッド・ラロイの昨年の大ヒット「Stay」、24Kゴールデンの「Mood」を作ったイスラエル人のオマー・フェディが一緒に作っているのだ。全員が若いのも特徴的。

激戦が予想される今年のグラミー賞において、もっとも獲ってしかるべきなのはこの曲での最優秀ミュージック・ビデオ部門だと思う。悪魔にラップダンスをするシーンで物議をかもしたが、もしほかの作品に負けたらグラミー賞の保守性を強調する結果になるはず。

最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンスのカテゴリーにノミネートされているジャック・ハーロウとの「Industry Baby」も昨年、話題をさらった。このビデオは同性愛者である「罪」で5年の刑を言い渡され、監獄のなかでピンクの囚人服で暴れたり、シャワー室で素っ裸で踊ったり、『ショーシャンクの空に』ばりに脱獄を試みたりと盛りだくさん。おもしろおかしく挑発しながら、有色人種の男性が牢獄に入る率が異常に高いという、ブラック・ライヴズ・マターの大きな焦点のひとつに光を当てているのだ。事実、この曲を通してアメリカで不平等が出やすい保釈金の問題に取り組む活動もしている。

この文章を「チャーミング」「おもしろい」「キラキラしている」という、大雑把でふんわりした言葉を並べて始めたのは理由がある。リル・ナズ・Xは「ピンクのカウボーイ・スーツ」や「ピラティスで体を鍛えた身体(「Scoop」の歌詞)などわかりやすくクィアーネスを体現し、サウンド面でも一緒に歌いやすいメロディアスなフックを用意する。性的マイノリティのポップ・スターであるために徹底して最大公約数の「チャーミングさ」と「おもしろさ」を追求し、無視できない存在であり続ける

彼の成長、活動を見守りながら、私たちは新たな考え方と価値観を共有していく。リル・ナズ・Xとは、きわめて21世紀的なアイコンなのだ。