人心掌握ヤンキー

まだ20代の頃、東京は江戸川区のとあるマンションに住んでいた。
単身には広すぎ、ファミリータイプというには狭いマンションだったが、私と配偶者が住むにはちょうど良かった。
位置的にはフロアの真ん中の部屋で、一方のお隣さんにはほとんど会ったことがなかったが(夜中に悲鳴とか聞こえてきて、今だったら間違いなく通報していただろうと思う…怖)、もう一方のお隣さんは今でいうマイルドヤンキーな一家が住んでいた。

お父さんもお母さんも間違いなくヤンキー。
小さなお子さんが2人いた。
時々遊びにくるママ友らしき人達も、人を見かけで判断してはいけないと分かっていながら、心の中でレディースと呼んでいた。

ここのお母さんが、本当に凄い人だったのである。
多分年齢は変わらないか少し下くらいだったと思うが、子供たちへの躾けが凄い。
まず、廊下であったら必ず子供たちにきちんと挨拶をさせる。先手必勝だ。
階段で行違う時も、はしゃいでいる子供を制して道を譲らせる。
子供たちをゴミ出しさせている間、細く開けたドアから見守ってる。

私は子供が得意ではない。
正直最初は
「あー、この狭いところでうるさそうな家族が隣か…」
と思っていた。

だが、ちょいちょい彼女の躾を見ていると、尊敬の念しか沸いて来なくなった。
朝や夜に多少騒ごうと、お父さんに怒鳴られていようと、気にならない。
うるさいとか、面倒だとか負の感情が出てこないのである。
大丈夫かな、あー、ほら、怒られた。
でも、あのお母さんならひとしきり怒られた後にフォローしてるだろう。
そんなことを思うようになった。

レディースもマンションですれ違ったら
「こんにちは」
と必ず挨拶していく。
気が付けばこちらは自然とレディースと子供たちの味方になっていた。

何か素晴らしい偉業ではない。
日常の些細な挨拶と気配りだけで、人心掌握出来たあのお母さんは今でも忘れられない。
損得勘定でやっていたのか、生来の人たらしだったのか、単なるレディースの体育会系縦割り礼儀文化だったのか、それは分からない。
ただ、人が生活していく上で、お互いが気持ちよく生活できるにはどうすればいいかのヒントがたくさん含まれていたと思う。
巻き込む力は偉大だ。

この経験がその後の私の一つの考え方の基礎になった。
別に無条件に子供が可愛い、とは思わないが、一生懸命な親御さんを見るとどれだけ子供が騒いでいようと平気になった。
反動で、周囲に迷惑かけまくる子供を無視して(迷惑とわんぱくは違う)スマホに熱中してる親に反吐が出るようにはなってしまったが…。

社会人として当たり前のことのようだが、会社ではすれ違う人に必ず挨拶するようにしている。
「お疲れ様です」
返す人もいれば無視する人もいる。でも私は絶対にしている。
返してくれる人と顔見知りになればそこには細い繋がりが生まれる。
別に不必要に仲良くしたりする必要はないけれど、長い時間過ごす場所であれば、何となくほのぼのした場所であって欲しい。
あの人感じ悪い、と文句を言うより、まず先にこちらが挨拶して(もちろんムカつくこともあるけど)、何となく気まずくならない雰囲気を作るというのは大切だと感じている。

あの人心掌握術に長けたヤンキーのお母さん、出会ってくれてありがとう。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?