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二度目の別れ

余裕がない時というのは
景色に眼が向かない
ましてや文字なんて

十年以上前に
とても苦しんでいた時に
ふと眼に入って来た
ひとの名前
どこかで見た、聞いた覚えがある名前

新聞のおくやみ欄
眼をとじてからしばし
その意味を考える

確か恩師の名前だ
勤め先の学校の名前も出ている
間違いない

亡くなったか
そうとう高齢な先生だった
はず

その時のわたしにとっては
他人事だった
新聞を畳むと葬儀の場所も見ずに
忘れた
行くはずもないから

夢でも見ない
記憶から消えた先生
八十近かったはず
当時でさえ

先生、車を運転していたら
急に車が動かなくなって
慌てて近くのひとを呼んだら
ガス欠だったと
晴れやかに笑って話していた

くすりともせずに
わたしは聞いていたっけ

あの牧歌的な
のどかさはどこから来たのだろう
年齢か性格か
恐らくは
正しく人生を歩み続けると
おおらかに気楽になれるのだろう

結局葬儀場所も知らず
行きもしなかった先生の葬式



昨日の午後
車が混雑しない時間帯に
ドライブをした
ひとりで
玉村の桜並木を

枝を刈り取ってしまったらしく
いつかの見事さはなかったが

それでも春がまた来て
苦しみもまた去っていったことに
ふと気づいた瞬間

あの先生を思い出した
よたよたと階段を上がってくる
野太い声の先生を

よたよたと階段を上がって行く
先生の後ろ姿を下から見上げるように


車の中から満開の桜を見上げる

あの日
あの時先生の葬儀に参列するなんて
思いもしなかったけど

今日、こんな解放されたような日が
来るのだったならば

桜散る前に
先生に別れの挨拶をしたかったな

一度目の時は苦しくて
行けなかったけど

「先生、もし二度目の葬式を
開いてくれるのなら今度こそは参列したいな」

なんどもなんども葬式なんて縁起でもないけど

別れの時に
それが別れとも思わずに
別の道を行ったわたしが

先生のおくやみ欄を見ても
なんとも思わなかったのに

葬儀場の場所も分からず
調べず素通りしたわたし



満開の桜のアーチの下で
少しおおらかになれた気がして

冗談めいた気分でふと思った
今度はちゃんと葬儀場所も見ておかないと
別れの言葉も用意して



先生、二度目の葬式にはでるからね

二度目の葬式にはね