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社会課題の解決にむけたものづくり

■日本におけるSDGs経営の推進と製造業の取り組み状況

日本政府は、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を重要な政策課題として位置付けています。2016年5月に、総理大臣を本部長として全閣僚を構成員とする「SDGs推進本部」を設置し、経済、社会、環境の各分野でバランス良く目標を達成するための方針としてSDGs実施指針を決定しました(2019年改訂、2023年にも再度の改訂が予定されています)。

また、特に重要性が示されているビジネスと人権については、2020年10月、日本政府として「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定し、日本企業に対して人権デューデリジェンスの導入を促しています。

SDGs実施指針では、企業が経営戦略の中にSDGsを据え、個々の事業戦略に落とし込むことで、持続的な企業成長を図っていくことが重要であることが強調され、製造業を含む全ての業界において、SDGsに沿った経営(SDGs経営)が求められています。これを受け、経済産業省では、2019年にSDGs経営ガイドを策定しました。

帝国データバンクのSDGsに関する企業の意識調査によれば、製造業の59.9%がSDGsに積極的(「SDGsの意味および需要性を理解し取り組んでいる」と「SDGsの意味もしくは重要性を理解し、取り組みたいと思っている」の合計)な企業となっています。

出所)帝国データバンク「特別企画 : SDGs に関する企業の意識調査(2023 年)」より筆者作成

中小企業を対象とした、中小企業基盤整備機構の調査によれば、製造業でSDGsに「既に取り組んでいる」もしくは「現在取り組んでいないが今後取り組んでいく予定」と回答した割合は36.0%となり、2022年の32.5%に比べて3.5ポイント上昇しました。SDGsに関する取り組みは大企業が先行していましたが、中小規模の製造業でも徐々に取り組みが広まりつつあります。

特に製造業におけるSDGsの課題として、2023年版ものづくり白書では、サプライチェーン全体でCO2排出量や人権保護等の情報を把握していくことの必要性を指摘しています。また、「SDGs経営ガイド」は、SDGs経営の実践の視点の一つとして、「長期的視点で社会課題解決に取り組み、経済合理性を創り出す」言い換えると、社会的課題解決への取り組みで新たな市場を創出することを挙げています。

ものづくりにおける社会課題への取り組みには、
ーものづくりのプロセスで環境や人権を守る取り組み、
ープロダクトによる課題の解決
という2つの側面があるのです。

■地球にやさしいものづくりへの取り組み

(1)カーボンニュートラル
日本は「2050年カーボンニュートラル」を目指すことを宣言し、温室効果ガス削減に取り組んでいます。日本におけるCO2排出量のうちおよそ25%を占める製造業において、カーボンニュートラルの取り組みは重要です。

多くの工場や事業所で、再生可能エネルギーの導入が進められています。特に導入しやすい太陽光発電については、多くの工場や事業所で使用する電力を、太陽光発電と蓄電設備を組み合わせて賄ったり、太陽光発電により発電された電力を購入するなどの形で導入されています。

製造業の中でもCO2排出量の多い鉄鋼業では、製鉄工程で発生する副生ガスをエネルギー源として活用するほか、排熱を利用し発電を行うことでCO2の排出量を減らす取り組みが行われています。

消費エネルギーを減らす取り組みとしては、IoTを活用したスマートファクトリー導入による製造プロセスの効率化とエネルギー使用の最適化が積極的に進められています。

(2)廃棄物ゼロに向けた取り組み
製造業の環境への影響を低減するために、廃棄物ゼロ(Zero Waste)への取り組みは重要です。そのためのさまざまな取り組みが行われています。

1)製品回収とリサイクルの取り組み
家電リサイクル法によって、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、テレビの4品目については、製造業者が引き取り、リサイクルする義務が課せられています。回収した製品は、プラスチック部品を取り外し、分解・破砕した後、素材別に分別して材料として再生されます。また、冷媒や断熱材などに使われているフロン類は温室効果ガスとなりますので、大気中に排出されないよう回収します。

また2012年には、上記以外の小型家電についても再資源化を促進するために、小型家電リサイクル法が制定され、政令で28種類の品目が指定されています。使用済み小型電子機器には有用金属が多く含まれており、都市鉱山とも呼ばれています。2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピック競技大会の金・銀・銅メダルは、全国各地から回収された小型家電の部品をリサイクルして作られました

プラスチックの回収・再利用も進んでいます。プラスチック循環利用協会によれば、国内における2021年の廃プラスチックの総排出量は824万トンでした。うち、177万トン、21%が再生材料としてリサイクルされています。2022年4月には、プラスチック資源循環促進法が施行され、製造・販売事業者等が積極的に自主回収・再資源化に取り組むことが期待されています。

2)分解・再利用しやすい製品づくり
回収した製品をリサイクルするためには、そもそも設計段階から分解しやすいような配慮をすることが合理的です。国内の製造業の多くは、分解を考慮して、部品点数を減らしたり標準化するなどの製品の設計の見直しをおこなっています。

また、プラスチック使用量を減らすための取り組みとして、容器の軽量化への取り組みや、包装ラベルを使用しない製品の開発が進められています。例えば、2023年8月にキリンホールディングスでは、印刷したインクを洗浄工程で剥がして分離できるリサイクル対応ペットボトルを開発したと発表しました。今後、プラスチック使用量と温室効果ガス削減に寄与すると期待されます。

3)廃棄物を原材料にしたものづくり
生産の過程で発生する廃棄物を原材料として利用したものづくりの取り組みもさまざまな領域で進められています。中でも、食品残渣を利用した使い捨てランチボックスやカトラリーは、従来プラスチックが使われていた製品を生物由来原料の製品に置き換えることができるため、使用が広がっています。

■人権に配慮したものづくりへの取り組み

企業に対しては責任ある行動が求められますが、その中の重要な要素の一つがいかなる人の人権も侵害しないことです。特に、グローバルサプライチェーンにおいては、コストの安さを理由に原材料の調達や生産拠点を海外におくことがあります。その安さの背景に、強制労働や搾取、児童労働などの人権侵害があってはなりません。

政府による「ビジネスと人権」に関する行動計画を受け、日本企業でも人権デューデリジェンスの導入が進められています。自社内の外国人労働者を含む労働者の人権のみならず、サプライチェーン全体に関わる調達先や、さらにその先の原材料調達先などの人権状況の評価にも取り組み始めています。

海外の調達先で発生した人権問題が発端となって海外に製品を輸出できなくなったり、消費者の不買運動に発展するケースもあります。新疆ウイグル自治区における少数民族が綿摘みの強制労働に従事していたことが報告され、ウイグル産の綿花を原料としていた大手アパレル企業の製品が米国やフランスで輸入差止めになったことがありました。

この企業は、生産地や工場の労働条件の監査を行い、強制労働などの問題がないことが確認されたコットンのみを使用していると声明を出しています。また、ウイグル産の綿花を使用していたタオル製造の産地では、産地全体で原材料をウズベキスタン産のコットンに切り替えました。

■製品で社会課題解決に貢献
日本の製造業は、積極的な技術開発により、未解決の社会課題を解決する製品を開発し、数々の市場を創造しています。その一例を紹介します。

(1)カーボンニュートラルに貢献するものづくり
先端の太陽光パネル技術と蓄電池技術により、高い効率の省エネとパワーマネジメントを実現します。これらの製品は海外にも輸出されており、開発途上国を中心に現地の電力需給を改善しています。

新素材のペロブスカイト太陽電池は、広く普及しているシリコン系太陽電池に比べて軽量・柔軟で、製造コストが安く、しかも主要原材料のヨウ素が日本で生産できることから、次世代の太陽電池の本命として2030年の実用化を目指し製造プロセス開発が進められています。

コンクリートの混和剤にCO2を吸収する材料を使用することで、製造時に排出されるよりも多くのCO2を吸収し、固定するCO2吸収コンクリートも日本企業が開発しました。既に道路の舗装剤などに使用されており、さらなる普及が期待されます。

(2)高齢化問題に対応するものづくり
世界に比べて少子高齢化が急速に進む日本は、高齢化社会の課題を先取りした課題先進国です。さまざまな課題を解決する製品や技術が開発されています。

ロボット技術は、生産人口の減少を補うため、工場などの製造現場で使われるだけでなく、最近は飲食店の配膳などのサービスにも使われています。また、最近は人の心に寄り添い、高齢者のケアと見守りをする小型ロボットが注目されています。

自動運転技術は、ドライバー不足による流通効率化を目指し開発が進められています。また、過疎化する中山間地域におけるオンデマンド交通の手段として運用が始まっており、利用者からは高い評価を得ています。

宅内で生活する高齢者のためのバリアフリー対応住宅対応設備や、介護者を支えるためのパワーアシストスーツの技術も進んでいます。パワーアシストスーツの中には、要介護状態の人が装着することで弱った足腰の機能を向上する自立支援にも使えるものがあり、高齢者のQOL向上に役立っています。

(3)防災の技術を活かしたものづくり
日本は地震国であり、地震に対応するための防災技術を活かしたものづくりが進んでいます。地震に強い建物を作るための技術としては、耐震ダンパーや免震構造を利用した建築材料があります。

2021年の東京オリンピック・パラリンピック選手村で活用された段ボール製ベッドも日本の防災技術から生まれたものです。2011年の東日本大震災で、避難所の寒さ対策として段ボールメーカーが考案した段ボールベッドが利用され、長期化する避難所生活の助けとなりました。

必要な時にすぐに生産でき、不要になったら再利用できる段ボールベッドは、気候変動への配慮を目指す製品として、2024年のパリオリンピック・パラリンピック選手村でも採用が決定しました。

日本の製造業の社会課題解決に貢献するものづくりは、日本国内のみならず、世界各地の社会課題の解決に広く役立っています。(板垣朝子)

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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