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「スナックかすがい」第二夜ゲスト紹介〜小川太郎さん

Text by スナックかすがいマスター 春日井豆彦 | Mamehiko Kasugai

あれは2018年9月末の青山。クラブのような会場で開催されたクラフトビールイベントでのことだった。

春日井製菓に入社したばかりの僕は、マクアケさんが主催するこのイベントに、ビールに合う「グリーン豆」を協賛したことでご招待いただき、個性豊かな3人のブルワーさんの熱い話を一人で聴いていた。

トークセッションが終わり、各種のクラフトビールを飲みながらネットワーキングタイムが始まったのだが、他の皆さんが知り合い同士で盛り上がっている雰囲気に完全に気後れしていた。しかし、当時既に「スナックかすがい」を構想中で面白い人を探していたこともあり、「いや、でも面白そうな人に一人くらい声を掛けてみよう」と会場を見渡したところ、同じく一人で佇む、スーツにネクタイ姿の男性を見つけた。大手ビールメーカーの営業とも、飲食コンサルタントとも違うそのスーツの着こなしから「広告マンかな」と思いながら、小さな勇気を出して名刺交換を申し出た僕に、彼は意外な言葉を投げかけた。

** 北海道で球場をつくっています。**

つい数日前に、この球場の記事を興味深く読んでいた僕は、とても驚いた。

正直に言うと、僕は野球にほとんど興味がなく、球場で観戦したことも数回しかない。だが、西武ライオンズ球場に一番近い高校の出身で、母の出身地は札幌で今も多くの親類が北海道に住んでいることから、両地を盛り上げるこの記事に強く興味をソソられていた。その数日後に、まったく意外な場所で、このプロジェクトをど真ん中で推進している人に会ったのだから、僕の全毛穴も全開するわけだ。

聞けば、小川さんの後輩がこの日登壇したブルワーのお一人で、小川さんご自身もファイターズのボールパーク内にクラフトビールのブルワリーを造りたいと思っていて、情報収集としてこのイベントにやってきたのだという。

僕は割とハイテンションでたくさん質問をしたはずなのだが、小川さんは淡々と、しかし丁寧に言葉を返してくれた。

誰かの紹介でもなく、仕事の関連性もなく、まるっきりの初対面でグイグイ質問している僕に対する普通の反応は、「なんなんだこの人?」的な戸惑いで距離を開けるか、営業的な愛想で無理に合わせようとするのが相場だ。しかし小川さんは、いたって自然に、体温を変えずにボールを返してくれた。その感覚がなんだか新鮮で、Facebookを交わして会場を後にした。

翌月、僕は小川さんにこんなメッセージを送った。

ナンパにしか見えないこのやり取りの後、小川さんは激務の間隙を縫ってWeWork新橋に来てくれて、野球の球団で働くことになった経緯を話してくれた。

内気な少年が気づいた、スポーツの価値

スポーツビジネスに進むことになる原体験は中学時代。サッカー少年だった小川さんは、親御さんの転勤でハワイに引っ越すことになり、言葉の壁から内気になってしまったという。しかし、一緒に遊んだサッカーがその壁を壊し、多くの友だちに恵まれたことで、中学生ながらに、スポーツには人と人をつなぐチカラがあることに気づいたそうだ。
勝った・負けただけでなく、「人をつなぐ」というスポーツの本質の一つに気づいたのが中学生時代という話に、多感な時期を異国の地で過ごし、言葉が通じない孤独を味わったことが、小川さんの今に少なからず影響しているのだろうな、と、興味がさらに深まった。

帰国後に進んだ慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で、小川さんはプロサッカーチーム「FC東京」の社長も務めた村林裕教授の研究室に入室する。経験も人脈も豊かな師のもとでスポーツビジネスを学びながら、日本や海外の球場を視察する中で、「日本の球場は全然ダメ」と言われていた現状をなんとかしたい、との想いが芽生えたそうだ。卒業後はそのままスポーツビジネスの企業に就くつもりでいたところ、諸先輩から「他業界を見てからでも遅くない」と諭され、多様な経験ができる商社・丸紅へと進む。
入社後すぐの新人研修のお題は「新規事業を提案せよ」。これに対し、彼は中東でのクリケットスタジアムを核とした複合開発を提案したという。サッカーじゃなかったことにもちょっとびっくりしたのだが、この時から既に「いずれはスタジアム開発をやるために転職する」と公言していたと聞いて、さらに驚いた。

すべては夢のために

ベトナムやシンガポールで火力発電や製紙会社のプラント建設の仕事を手掛けた後、もともとの夢を叶えるにはMBAが必要と思い立ち、休職してバルセロナのIESE Business Schoolに留学。在学中、バルセロナのプロサッカーチーム「RCDエスパニョール」の日本向けマーケティング・ エージェントとして、同クラブと国内大手旅行代理店との提携など複数のプロジェクトを実現させ、実務で腕を磨き、人脈を築いた。ここでサッカーに戻ったという話を聞いて、なぜだろう、僕は少し嬉しい気持ちになった。

丸紅を辞める前提で休職し、バルセロナへ留学した小川さんは、スタジアムを核とした地域開発の仕事ができる会社への転職機会を世界中で模索していた。しかし、コンビニのように毎年ボコボコとスタジアムが建つわけでもなく、学んだとはいえ実地経験のない東洋人にそう簡単にポストは現れない。見つからなくても丸紅には戻れるわけで、新たなスキルを身につけた小川さんなら、丸紅でさらに面白い仕事が用意されたはずだ。だが、「見つかるまで探してたかも」と照れながら話す姿に、静かで穏やかに見える彼の内面には、熱くて厚い執念のような夢が、ずっとグツグツと滾っていたんだな、と思い知らされた。

そして遂に彼の元に、アメリカのコンサルタントからひとつの案件が舞い込む。北海道に球場を建設する構想を持っていた日本ハムファイターズだった。
日本の一球団の球場開発の仕事を、遠いアメリカから紹介されたと聞いて、僕はそのスケールの大きさにまた驚いた。「世界がまだ見ぬボールパーク」というキャッチフレーズを実現するには、国籍なんて関係ない、ということなのだろう。

言葉の異なる地で大規模なプラントを造ってきた経験には、まだ見ぬものを構想する力や、多くの人を束ね、整え、推進する力、リスクを予見する注意力や想像力が含まれている。そしてそのスキルを、スポーツで人と人をつなぎたい、という少年期から育まれた大きな理想が包んでいる。こんな人材を日本ハムファイターズが放っておくはずがない。

かくして小川さんは北海道に生活拠点を移し、2023年のオープン目がけて爆進中。

「世界がまだ見ぬ」と華々しく打ち上げられたこのボールパーク構想をど真ん中で推進する小川さんの脳内では、一体何が繰り広げられているのだろう?4年後の2023年には大きく変わっているであろう世の中をどう予見し、どう情報を集め、何を優先しているのだろう?

来週1月23日(水)に迫った「スナックかすがい」で小川さんが相対するのは、食で人を惹きつけている編集者・小林さん。規模も分野も違うこの二人の対話によって生まれるたくさんの「人を惹きつける」ヒントは、仕事や生活のシーンで重宝するに違いない。マスターとしてこの二人の脳内ツアーを先導できることに、今から胸が高鳴っている。

申し込みはまだまだ受付中。プレモルとヒューガルデンとグリーン豆が、あなたを待っている。


好奇心旺盛な大人たちが、生ビールとグリーン豆をお供に、気になる人の気になる話を聞いて楽しむ社交場、それが「スナックかすがい」です。いっしょに乾杯しましょう!