『千年、働いてきました』野村進(新潮文庫)を読む

 ブックライター塾で苦楽を共にした大野貴史さんお薦めの本を読み終えました。

アマゾンの書籍紹介文
潰れない会社には哲学がある。
全国の老舗製造業を訪ね、持続の秘密と企業哲学を探る傑作。

携帯電話に詰め込まれた老舗の技術を知っていますか?
折り曲げ部分には創業三百年の京都の金属箔粉屋の、
マナーモードは日本橋の元両替商の、
心臓部の人工水晶は明治創業の企業の技術が関わっています。
時代の波をのりこえ、老舗はなぜ生き残れたのか。
本分を守りつつ挑戦する精神、社会貢献の意志、「丹精」という価値観。
潰れない会社のシンプルで奥深い哲学を探る、企業人必読の一冊!

 本書で取り上げられている18社の老舗のうち、私が最も好きなエピソードは、香川県の造り酒屋・勇心酒造の当主である徳山さんのものです。

 徳山さんは、長年の苦労の末、アトピー性皮膚炎の症状改善に役立つ「アトピスマイル」の原料となる「ライスパワーエキス」を開発・実用化しました。ところが、著名な大手製薬会社が共同事業を持ちかけて資料やデータをパクり、自社製品として入浴剤を開発・販売したため、会社は破綻寸前にまで追い込まれたのです。製品販売中止の仮処分申請を出しましたが、特許の網をくぐり抜けられてしまいました。

 著者が「向うの会社の実名を出して書きましょうか」と問うと、徳山さんは、なぜか恥ずかしそうな笑みを浮かべ、「……品がなくなりますから」
おそらく徳山さんを支えたものが、徳山家の家訓の一節……。件の大企業の幹部たちに聞かせてやりたいのだが、その家訓の一節とは「不義にして富まず」―

 15年前、私が某大手広告代理店で営業をしていたとき、同僚のひとりは「クライアントをうまく説得して、ラクして売上が上がるテレビだけやり、お金がなくなればパンフレットやイベントのような手間のかかる仕事は断って手を引く。ヒットアンドアウェイ、これが効率的に稼ぐやり方だ」と嘯き、得意先現場社員の顰蹙を買っていたことを思い出します。

 彼は順調に売上を伸ばし、とんとん拍子に出世していきました。私は、儲からないのに手間ひまのかかる仕事ばかり引き受けて毎日深夜まで残業し、得意先には感謝されましたが営業はクビとなり、気がついたときには窓際の姥捨て山部署に配属されていました。営業成績が悪いのだからやむをえません。
 
 それでも腐らずひたすらクライアントのために働き、ついに電通子会社とのコンペに勝利して、1億5千万の売上を獲得しました。ところが、“若返り”を図るという会社の方針で肩を叩かれ、早期退職することに。要領のいい同僚は、営業局長に上り詰めていました。

 それから10年、私は今でも当時夜中まで共に仕事をした得意先とのお付き合いが続いています。私は思うのです。「出世はできなかったが、私の心は富んでいる。不義をしなかったからではないか。それでよかったのではないか」(了)

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