ただ、もういちど、響いて。
ほおをなでていく風が、すこしつめたくかんじる季節になると思い出す。
赤いマフラーのこと。
黒い学ランの首元にきゅっとまいた赤いマフラー。駅でみかける顔をうずめている横顔を、電車がくるのを確認するそぶりで、こっそりとみていたことを。
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きっかけは、ちいさなことだった。
朝にのる電車の車両がとなりどおしだったこと。いっしょに通っていた友人どおしの仲がよかったこと。友人の友人。そんな関係から、はじまった。
人見知りなほうではなかったけれど、初対面のひとと気軽に話せるほどではなくて。いつもうつむいて話していた。
わたしよりも10センチは高い彼の声は、あたまのうえからふってくるように聞こえていた。
すこし高めな落ち着いた声。どくとくの抑揚があって、その声が心地よくて、すこしずつすこしずつ目線があがっていった。
連絡先を交換するまで、そう長い時間はかからなかった。
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階段をあがったすぐのところにある自分の部屋。扉の対角線、いちばん遠いところで、うずくまって電話する。家族に話し声がきこえてしまうと、恥ずかしかったから。
ぎゅーっと耳におしあてた携帯からは、彼の声だけが聞こえてくる。
いつもよりもちかくて、くすぐったい。
その時間、わたしだけにくれる言葉と声。
目にはみえない何かが耳からつたわって、心まで響いてた。
つぎの日、何事もなかったように電車でおはよっていうのだって。はずかしかったのに、ニヤニヤしちゃってたな。
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黒い学ランに赤いマフラーがよく似合ってた。
なんていうか、こう、ずるいくらいに。
彼をみながら、なかなか話しかけられない今のわたし。半年前まで電話していたなんて、ウソのようだ。でも、現実だから、まだ耳にのこっているから、目のふちがあつくなる。
赤いマフラーをしている横顔をみつめながら、もういちど声がききたいなっ思った。
わたしだけにくれた、あの声を。
あのときだ。わたしは彼に対するこの想いが恋なのだと、はっきりとわかったのは。
伝えるのには、もう遅かったんだよね。
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いまのあなたは、だれにあの声を聞かせているの?
ふと、彼のことを思いだしては考えてしまう。
あのとき遅いとかんじてしまって閉じこめた想いが、何年もまだ、わたしのなかにある。
全然遅くなんてなかったんだ、あのときなら。
忘れられない?
未練がある?
どの言葉もしっくりこない。
他人からみたら、そうだったとしても、自分ではそうでないと思ってしまう。
いや、どんな言葉をあてはめたくないのかな。
空をみあげると、太陽がさいごのひかりをかがやかせていた。あの横顔をみていた、駅のホームでの空みたいだった。
するりと風が首元をさぞる。ひやりとした空気に、肩にちからをいれた。
思いだしてしまうくらい、まだ想いがあたたかいままなのだけは、たしかなんだよねっと。
もっていたマフラーをきゅっとまいてから、自分に苦笑いしてしまう。
マフラーを巻きはじめるこの季節。
ただ、彼の声がもういちど聞きたくなる。
体に響いてほしくなるんだ。
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