『称賛』

 「働かざるもの食うべからず」とはよく聞くが「食って出すもんにも金は払わなならんのだから働け」という理論はどうかと思った。しかしながら良く考えれば、尻を拭く紙も流す水も只じゃない。なるほどと感心したが、職場の先輩としての自己紹介で言うのはどうなんだ。
 変わらんな。田中。



 シルバー人材派遣として駐輪場で働く事になり、なんだか途端に歳を取った気がして仕方がなかった。孫もいるのに何を今更、と半ば不貞腐れたように最初の挨拶をした自分に対して田中が先ず言ったのが、例の「働け」だ。
 にやりと笑って、喋り続ける。口を挟むどころか、こっちに息を吸う間さえ与えない流暢さ。矢も盾もたまらぬじゃ、か?

 駅前の野外駐輪場、軽くは無い自転車を持ち運びながら、解りやすく仕事の説明をし続ける。利用者に挨拶するのも忘れない。
「おう、今日はギリギリやな」「ここは道路広いから後でええから手前から詰めて」「もう電車くるでぇ」「乗ってる人見て大人は奥、学生さんは手前な」「おはよう、そこ置いてってええで」


 田中は休憩時間も良く喋る。主に家族の事だ。それから金の事。
 アフェリエイトがどうの、アプリがどうのと小遣い稼ぎが好きな様だった。スマホを持っているせいで、何個かブログを勧められた。

「今やと、稼ぐんなら動画か?」

 やめとけ。




 自分は話すのは苦手だが、話を練るのが好きだった。
 小噺を作ってはメールの中に溜めていた。その宛先のないメールを田中に見つかったのが悪かった。
 田中は嬉々として、小説を投稿するなら、と色々教えてきた。

「もしお前さんがやらん言うなら俺に送ってくれ。俺が出したるわ」

 それが後押しになった。
 誰がお前にやるもんか。

「おう、聞いてくれや。ええの見つけたぞ。noteって言うんやけどな。なんとこのサイト。直接金が貰える」

 珍しく自分の表情筋が動くのが分かる。何だその怪しいサイトは。

 聞いてみれば、投稿したテキストや画像、音楽等に自ら値段をつけられる仕組みらしい。広告で稼ぐより時間がかからないと田中は喜んでいた。何を売る気かは知らん。
 それより……良いな。このシンプルさ。
 自分の作った話をここに載せる事にした。

 田中は無差別にフォローしていく。投稿より先ずフォロワーなんだと。そんな助言は無視して自分の駄文を載せる。
 もっと気恥ずかしさが来ると思ったが、それよりも嬉しい気がする。誰に向けて書いたわけでも無い話だが、誰かに届くかもしれない事が。

 

 1日1作投稿し5作目の投稿をした後、初めて通知が届いた。

【あなたのノートに対してmegumiさんがスキしました】

 その後も1分置きに通知が来る。自分の短く拙い話をきちんと読んでくれているのかと、居心地の悪い、こそばゆさが襲う。
 そして、6回目の通知。

【megumi
 どれも内側から燃える様な激しい愛の物語で面白かったです。都々逸を元にされてるんですね。26文字がこうなるとは思いませんでした。】

 なぜだろうか。初めて貰った感想に、舞い上がるよりも安堵に似た何かを覚えた。




 それから、少しづつスキがつくようになり、感想も何人かから貰える様になった。
 恥ずかしながら、小説の書き方の基本も知らない所があった。コメント欄でのやり取りで気が付く。

「お前さんの小説、なんや読みやすくなったな」

 自転車を将棋倒しにしそうになり、田中が冷めた声で不満を言う。お前も読んでるんだな。褒められるとは思わなかった。
 読みやすいか……そうか。

「お前さん、折角やからプロに読んでもらったらどうや。そんな募集あったやろ」

 確かにそんな話しをmegumiさんがしていたな。彼女は応募するらしいが、自分はどうしようか迷っていた。

「送ったらええやん。物は試しや」

 様子を見ていると、フォローしている人は大体1作2作応募している様だった。

 田中を見る。

「なんや! 俺かてちょっとくらい文章かけるわ。……煩い! 褒められたいんじゃ! お前も出せ!」

 タグを付けるだけで良いんだから、慌てなくてもと思っていたが、早く出さないと田中が煩さそうだ。
 一つ、出してみる事にした。






 発表の日は久しぶりに田中と飲んだ。
 大会を聞くための操作を田中に任せる。

「始まったか? 随分楽しそうやな。……今の俺のか? リアリティありますねやと。そらそやろ、なんせお仕事小説に見せかけた、ただの実体験やからな」

 ケタケタと笑いながらビールを呷る田中を他所に耳を済ませる。

「この『称賛』ってお前さんのやなかったか?」

 田中に頷く間に、スマホからの声は流れて行く。
 たった一言しかない感想に、内輪の集まりを外から聞いた様な物足りなさを感じた。
 彼女はなんと感想を書いていただろうかと、つい、思い出す。


「若い子に褒められるだけで、昔なら喜んでいたかもしれないんだがなぁ」

「贅沢者め」







『万の瞳に褒められようと ほつれ見ぬいた君がいい』

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