【二次創作小説】シン・アンパンマン補完計画:II
ジャムズ避難所管制室にて。
赤い服に赤いマントを纏った少年がモニターを見て、呆然としていた。
「コード:Roll、ロスト。これで、作戦に向かったジャムズメンバー全員の信号が消滅しました」
その少年、Kidのコードネームを持つキッドマンが背後にいた先輩へ伝える。
「……。今からでも遅くない。やっぱり、僕たちも行くべきだ!」
「そうだよ、パンダ先輩の言う通りだ!」
コード:Creamことクリームパンダに賛同するキッドマン。その二人を、部屋の中央で車椅子に座る老人が制した。
「策もなく飛び込むのは良くない。お前たちは相変わらず考えが子どもだから、作戦に参加させなかったんだ」
頭に髪はなく、顔も皺だらけ。多くのパンを焼いてきた手も同様で、今は歩くことすらままならない。それでもなお、パン戦士たちを従えてきたジャムズの隊長・ジャムである。
「そんなことない。戦力は多い方がいいだろ!」
キッドマンの主張にジャムが首を縦に振ることはなかった。
「キッドマン……。君は赤ちゃんマンの頃から優秀だったじゃないか。よく考えてみてくれ。今のバイキンマンは物量戦で勝てる相手じゃないんだよ」
ジャムは目でウサコに車椅子を押すよう合図をする。すると、彼女は目に浮かんだ涙を溢さないように我慢しながら、ジャムをマイクの前に連れて行った。
「ジャムズの最高戦力を失った今、バイキンマンと再戦することは不可能だ。老ぼれと残ったパン戦士二人にできることは防御だけだ」
ジャムはマイクのスイッチを起動すると、しわがれた声を避難所全体に響かせる。
「全避難民に次ぐ。アンパンマン補完計画は失敗に終わった。これより、コード:Cream、コード:Kidを主軸にした防衛戦線を張る」
言い終えたジャムの手は震えていた。それをミミコは見逃さなかった。
「ジャムおじさんも、本当は怖いんじゃないですか……?」
「当たり前だろう。どれだけアンパンマンが笑顔を守ってきたか……、それがどれだけ偉大だったか……。今になってそれが痛いほどわかる。こうして、皆を守る組織の長となって身に沁みるほどわかる。アンパンマンがいなくなって以降、住民に笑顔はない。私はアンパンマンじゃない。私はアンパンマンにはなれないんだ」
手の震えは肩へ、そして体全体へと伝播する。
ジャムズ隊長としての重圧、そして共に戦ってきた仲間を失ったこと、とりわけ娘のよな存在であったバタコの喪失が一気に襲いかかってきているのだろう。この場にいる誰もが、ジャムに声をかけられずにいた。
「アンパンマンは君〜さ〜」
空気に合わない、陽気な歌い声が聞こえてくる。声の主はたった今管制室に入ってきたホラーマンだった。
「ジャムおじさん、あなただってアンパンマンのようになれますよ」
「残念だがなれないんだよホラーマン。これが現実だ」
「あなたの作るパンで、色んな人が笑顔になっているところ、見ましたよ。だからジャムおじさんもアンパンマンと同じです」
「しかし、私にはもうパンを作る元気がない」
「もし、アンパンマンが今、新しい顔を欲してもですか?」
妙に引っかかるホラーマンの言い方に、皆が眉を潜める。それに対し、クリームパンダが尋ねた。
「どういうこと?」
「実はですねー、ジャムおじさんの部屋にあったアンパンマンの生態資料を見つけてしまいましてねえ」
「……私の部屋に入ったのか?」
「あー、いえ! いや、はい! トイレから帰るとき、たまたま扉が空いてたのを見つけたもんですから、ええ、すみません!」
心優しいジャムのことだ。咎める意図は無かったのだろうが、ホラーマンは慌てて何度も頭を下げる。
「で、それでですね。書いてあったんです。パン戦士のエネルギー源は皆、同じものであると。つまりですねえ、そこにいるパン戦士がジャムズ本部の地下に眠るアンパンマンにエネルギーを分け与えれば復活する可能性があるんですね」
ミミコはまだアンパンマンに復活の余地があることを喜んだが、ホラーマンが意味することに気がつくと顔が真っ青になった。
「それって……」
「僕が死ぬことによって、アンパンマンを生き返らせることができる?」
キッドマンはクリームパンダと目を合わせる。
「どうして、そんな方法があるなら先に言わなかったんですか!」
クリームパンダはそうジャムに問い詰めた。
「もし、伝えていれば、お前たちは躊躇いなくその方法を選ぶだろう?」
「当たり前じゃん! アンパンマンの復活は誰もが願ってる!」
「私にとってアンパンマンは大切な存在だよ……。でも、他のパン戦士たちだって大切な存在だ! お前たちを死なせるなんてできない……」
「……ジャムおじさん」
クリームパンダは彼の名前を呼びながら、ジャムの肩に手を当てる。
「じゃあさ、アンパンマンが復活してバイキンマンを倒した後に、また僕を焼いてよ」
「パンダ先輩? 本当に言ってるの?」
クリームパンダの決心に、ジャムよりも先にキッドマンが止めようとした。
「僕だけを残していくの? やめてよ、僕もいく! パンじゃないけど、エネルギー源は同じだ!」
「駄目だよ。君は焼き直しができない」
彼はジャムの肩から手を離し、キッドマンの両肩を掴む。
「僕はそんなに強いパン戦士じゃないから、きっとアンパンマンは蘇っても今までのように強くはない。だから、君が助けてあげて」
「パンダ先輩……。……わかった」
キッドマンは溢れかけた涙を拭い、クリームパンダの提案を受け入れた。その後、クリームパンダはジャムの方へ向き直る。
「僕はいつでも行けます。最後に、隊長の許可を」
男らしくなったクリームパンダの顔を見たジャムはゆっくりと頷く。
「最高の顔を焼くと約束する」
「ありがとうございます」
クリームパンダは深い礼をすると、管制室を飛び出し、少し離れた場所にあるジャムズ本部へ向かった。
ジャムは再びマイクのスイッチを入れ、しわがれていながらも生き生きとした声で、
「只今より、シン・アンパンマン補完計画を開始する。竈門とパン生地の準備ができる者は今すぐ動いてくれ」
※ ※ ※
焼き上がったアンパンマンの顔を持って、キッドマンは避難所を飛び立つ。ジャムズ本部の上には黄色い光を纏いながら浮いているアンパンマンの体があった。
「……パンダ先輩、成功したんだね。絶対にあなたの死は無駄にしない。この作戦は必ず成功させてみせる!」
キッドマンはアンパンマンの顔を体に照準を定め、構える。そして、
「アンパンマン、新しい顔だよ!」
と、投げつけた。早い横回転がかかった顔は見事、首にハマる。
その瞬間、茶色いマントが靡き、アンパンマンは黒い空に向かって咆哮した。
「アンパンマン?」
キッドマンが不安気に彼の顔を覗き込む。すると、あの日のような優しい顔で彼は微笑んだ。
「ありがとうキッドマン。大丈夫だよ。全部知ってる」
アンパンマンは「さあ行こう」と、凄まじい勢いで飛び出す。キッドマンは出せる最大限のスピードで彼を追いかけた。
あっと言う間にバイキンマンらとジャムズメンバーが最終決戦を行っていた砂漠へ辿り着いた。
着くや否や、歩き回っていたテリウム五体をアンパンマンは一気に撃破する。
彼がいる方向からキッドマンの方へ水のようなものが飛んできた。それはアンパンマンの涙だった。
「アンパンマン、顔が濡れちゃう!」
キッドマンはすぐにアンパンマンの涙を拭こうと試みる。
「……濡れても、力が湧き出てくるんだ。バイキンマンを倒さないといけない。その気持ちが力になっているんだ」
そう答えたアンパンマンはすぐにキッドマンから離れ、基地の上空で止まる。
その刹那、巨大なダダンダンが飛び出し、拳がアンパンマンの頬を掠めた。
「来たなお邪魔虫!」
「もうこんなことはやめるんだバイキンマン!」
※ ※ ※
そよ風に吹かれ、ロールパンナは目を覚ます。
「ここは……?」
青く澄み渡る空。ピンクや黄色の花畑。ロールパンナはその花畑の上で寝ていた。
「目が覚めたかい?」
右から聞こえた声の主の正体を知るために、彼女は右を向いた。すると、そこには赤いズボンに黄色いシャツ。そして赤いネクタイをした美青年が体育座りをしていた。
「この姿で会うのは初めましてだね。僕、アンパンマン」
「え……、アンパンマン?」
もう会うことはないと思っていた。会えないと思っていた。最強の正義のヒーローがまた目の前にいる。ロールパンナは嬉しさのあまり、彼の胸に飛びついた。
「おっと」
そんな彼女も、アンパンマンはしっかりと両手で受け止めてくれる。
「良かった……。本当に良かった」
「喜ぶのはまだ早いよ。戦いは終わっていない」
「……え?」
それを聞いたロールパンナは顔を彼の胸から離す。
「君が起きるのを、みんな待ってた」
アンパンマンが向いた方向に目をやると、カレーパンマン、食パンマン、メロンパンナ、クリームパンダまでもが手を振っていた。
「みんなの力も借りているんだけど、あと一歩及ばない。だから君の力を貸して」
「私の?」
「正義と悪、二つの力を持つ君が必要だ」
ロールパンナはゆっくりと立ち上がると、彼のワッペンを取り出す。それをアンパンマンに差し出しながら答えた。
「あなたは私たちの希望だから。全てを託すわ」
「ありがとう」
アンパンマンはそれを受け取ると、強くロールパンナを抱きしめた。五感が彼に入っていく感覚がした。それと同時に、正真正銘自分の体が終わりを迎えているのだと理解する。しかし、それがバイキンマンを倒すことに繋がるならどうでも良かった。
アンパンマンの補完は成功した。
後は彼に任せるだけだ。
「みんなありがとう。全てが終わったら、必ずまたみんなと会うって約束するよ」
アンパンマンが目を瞑り大きく息を吸い込むと、周囲の景色が荒れた砂漠に戻る。息を白と同時に目を開いた。目前にはまだ倒れていないダダンダンの姿があった。
「元気百倍アンパンマン!」
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