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#20 どこでも美味しい十日町市の飲食店

十日町市街地にある住宅街の細い路地を入ると、柔らかな光を放つ一軒の飲食店がある。冬になると雪に覆われ、お客さんがタクシーを呼ぶときに「お店の前まで車で入っていけますか」と聞かれるほどの通りだ。
 
「だぼる」という一風変わった名の店の主人・貝沢友哉さんに話を聞いた。

2002年サッカー日韓W杯でクロアチアのサッカー選手ダボル・シュケル選手から名前をもらった「だぼる」。看板左下のイラストは同選手の直筆による愛犬なのだとか。

「だぼる」とは、2002年に開催されたサッカー日韓W杯の直前に十日町市でキャンプをしたクロアチアのサッカー選手ダボル・シュケル選手からもらったものだという。当時、小学生にサッカーを教えていた貝沢さんは子どもたちとキャンプ地を訪れた。そのとき、最後までグラウンドに残り、子どもたちにサインをしてくれたシュケル選手に心を打たれたという。
 
「将来、自分の店を持ったときのためにシュケル選手の名前を店名に使いたい」と思い立った貝沢さんはすぐに実行に移した。関係者を通じて許可を求めたのだ。「シュケル」という名前の許可はもらえなかったが、ファーストネームの「ダボル」ならいいよと、快諾してもらえた(シュケルさんが自国でシュケルという名前のスポーツブランドを展開していたため著作権の関係でダメだったそうだ)。
 
そのとき持参した習字の筆で書いてもらった「だぼる」という字がそのまま看板にも使われている。その看板に添えられたイラストはシュケル選手の愛犬なのだという。

人気のそばサラダ

 
そんな「だぼる」だが、決してクロアチア料理専門店なわけではない。看板料理はそばサラダだったり、出汁に浸かっただし巻き卵だったり、角煮の唐揚げだったり、どれも貝沢さんのアイデアがきらりと光る逸品だ。
 
十日町市の料理屋はどこで食べても美味しいな、と僕は常々思っていた。それは食事の中心にある地元産のコシヒカリが美味しいからだと僕は思っていた。もちろん、それも正解なのだろうけれど、貝沢さんがもう1つの理由も教えてくれた。

出汁に浸かっただし巻き卵

古くから「着物の街」として栄えた十日町市では、江戸時代から江戸や京都、大阪からやって来る商人をもてなすために料理人たちが腕を磨きあってきた歴史があったのだという。自然と市民の舌も肥え、今日でもお店を長く構えるために料理人の努力は欠かせないのだという。魚沼産コシヒカリを毎日食べている十日町市民を納得させなくてはならないからだ。確かに、美味しいお米には美味しいおかずが必要だ。

角煮の唐揚げも、お客さんが看板商品に育ててくれた

日韓W杯の翌年に念願の「だぼる」を開店して以来の看板メニューである「角煮の唐揚げ」もお客さんに支持されてこそだ。
 
貝沢さんは今も毎夜「だぼる」を営業する傍ら、日中はスキー場や他の飲食店のヘルプに入っているという。「いい気分転換にもなりますし、学びもありますから」。サッカーで鍛えた足腰はフットワークの軽さとなって料理の世界でも生きている。
 
そんな貝沢さんにもひとつ悩みどころがある。「普段食べられないものを食べたい」という地元のお客さんと、「せっかくだから地元のものを食べたい」という県外からのお客さんの要望にバランスよく応えることだ。
 
そして、夢もある。いつの日かダボル・シュケルさんに来店してもらうことだ。
 
十日町駅からほど近いCasa di R(カーサディアール)。溶岩プレートの上で焼かれた石焼ステーキが運ばれてきた。

カーサディアールの石焼ステーキ。僕は時たま、牛肉が食べたくなる

僕は時たま無性に牛肉が食べたくなる。十日町市は妻有ポークが有名だからか、牛肉を口にする機会が少ないように思う(勘違いだったらごめんなさい)。
 
だからこそ、普段食べられないものが出て来ると、嬉しくなってしまう。そう言えば、移住当初は妻有ポークや山菜など土地の食材を喜んで食べていた(今もだけれど)。これって、県外から来た僕が段々と地元化している証になるのだろうか?

カーサディアールの大島渉さん

カーサディアールの店主大島渉さんは東京のイタリアンレストランで約10年間の濃い修業時代を過ごした後、地元十日町市へ戻ってきた。元々料理人として働いていたお店を譲り受け、オーナーシェフとして独立したのが5年前だった。
 
店内には、大島さん自らが描いた絵が並ぶ(これらはショップのTシャツにもなっている)。料理だけではなく、「お前さんは誰なんだ?」というところから知ってもらいたいという。SNSで発信した絵を見てお店に来てくれるお客さんもいるのだそうだ。

店内には大島さんが描いた絵が並ぶ。

「十日町って案外、僕もそうなんですけど、アマチュア音楽をやっている方が多いんですよ。絵とか音楽とか、そういう人たちの活動を見てもらえる場所になれば」と大島さん。十日町市の冬は雪で籠らなくてはならないからこそ、縄文土器にしても、着物の柄にしてもアートに没頭できるのではないか?という。そんな気風が今も残っているのではないか、と。美味しい料理を提供するのは勿論だけれど、色んなチャンネルを増やして繋がっていくことも大切だなと感じているそうだ。
 
僕の十日町市での移住生活はそのまま子育て生活でもあるので、夜の飲食店とはご縁があまりなかった。結婚する前は、夜に飲み歩くことこそ、その土地を知る1番の近道であると信じていたのに…。

「十日町市ではどこで食べてもハズレがない」と聞いたことがある。他の土地に比べてチェーン店が少ないような気もするし(別に悪いことではないけれど、有名チェーン店は店に入る前から味が予測できる)、確かにどこで外食しても美味しい。ただ、それ以上に、夜の路地を分け入れば、仲間と出会える居心地よい居場所との出会いが待っているような気がする。
 
僕ももっと市内の路地を探索したくなってきた。ちなみに、「だぼる」も「カーサディアール」も子連れのお客さんも多いという。これはいよいよ、「子育てがあるから」は言い訳にならないな…。

十日町市にはきっと自分の居場所がある。料理だけではなく、趣味など色々なチャンネルで繋がっていける

『究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたりー』 世界有数の豪雪地として知られる十日町市。ここには豪雪に育まれた「着もの・食べもの・建もの・まつり・美」のものがたりが揃っている。人々は雪と闘いながらもその恵みを活かして暮らし、雪の中に楽しみさえも見出してこの地に住み継いできた。ここは真の豪雪地ものがたりを体感できる究極の雪国である。
 

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