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【懲役370年求刑!?】全裸監督は、どうやってハワイの刑務所から生還できたのか?

NETFLIXで大人気の「全裸監督」みなさんご覧になってますか。アダルトビデオ界の問題児、村西とおる監督の半生を、業界の発展とともに描いた映像作品です。この作品の中では、村西監督がハワイで撮影をした時にFBIに逮捕されて「懲役370年」を求刑される伝説的な実話が出てきます。

今回は、このアメリカの報道やドラマなどでときおり出てくる、この「懲役数百年」っていうのは一体どうなっているのかっていう話のと、そこからどうやって村西監督は戻ってこれたのか、という、ドラマに直接描かれていない部分を解説したいと思います。

ということで、今日のテーマは「全裸監督」から見えるアメリカの司法システム、ですね。

1:日本と違う独特の刑罰計算システム

まず、日本だとこういう「超長期の懲役刑」はないんですよね。

というのも日本の刑法だと、犯罪をいくつか犯して裁判になった場合、懲役刑全体の計算は、一番重い罪を基準にして「1.5倍」までというルールだからです。

殺人などの特に重い刑の場合は「死刑」や「無期懲役」もあるわけですが、そういった刑が適用されない「そこまで重くない犯罪」をたくさんやった場合、たとえば、詐欺や窃盗なんかだと上限は「懲役10年」なので、いくつやってもその1.5倍の「最大15年」までしか伸びないんですね。

有期の懲役は、懲罰の意味だけではなくて、更生して社会に戻ることを前提に出される刑罰ですから、「長すぎても効果がない」という事情があるからですね。

一方、アメリカを含め多くの外国では、刑罰はあくまで「制裁的な意味」が強く、上限なく足し合わされていくので、ひたすら伸びていくことになります。有名なところだと、2004年のスペインマドリードの列車爆破テロですね。死亡者200人弱、怪我人2000人超という大事件で「懲役4万年」が言い渡されています。

もちろん人間の寿命を遥かに超えた懲役というのは、実質はシンプルに「終身刑」ということなのですが、被害者の数、犯罪の手口の凄惨さなど、そういったものの総量が反映された「犯罪の重大性の評価」として、形式的に示される意味が強いんですね。

この事件は通勤ラッシュ時間帯の3駅同時の爆破テロで、怪我していない人も含めると、数千から万の命が危険に晒されたでしょうから、通常の殺人罪/既遂+未遂合わせて、数千件分という累積評価でこうなったのでしょうね。

2:村西監督が捕まったのは・・・

さて今日の本題ですが、村西とおる監督がハワイ捕まった理由は、最初は「旅券法違反」だったんですよね。「通常の観光用のビザで本格的な事業活動、というかアダルトビデオの撮影をしているから」という理由で。

これは普通の入国者は見逃されて捕まることのないような軽微な違反なのですが、村西監督はある理由でFBIに狙われていたため、全員が逮捕されてしまったのです。

その後に本命部分の、連邦法1328条「不道徳な目的のための外国人輸入罪」が容疑として追加されて、アメリカ検察が何で村西監督を処分しようとしているかが判明します。これは「売春等の不道徳な目的で、女性を海外からアメリカに連れ込んだ罪」というものですね。

この罪は、アメリカで移民への差別感情がとても強かった100年ほど前に、現地の女性が移民の取り仕切る性産業などに巻き込まれないよう規制するために作られた、別名「The Mann Act」と呼ばれる法律で、その後は法律自体が「あまりに人種差別的」だとしてほぼ使われていなかった条項なんですね。

ほぼ動いていない昔の法律をむりくり動かして逮捕するというのは、いささか強引なやり口で。。。

ただ、村西監督が捕まった1986年当時は、日本経済がバブルで金余りになって、日本の企業がハワイを含めアメリカの不動産を買い漁るようなことをして、反日感情が高まっていた事情がアメリカにあったんですよね。

そんな中、パールハーバー上空で日本人がアダルトビデオ撮影をして、そっち系のゴミを投げ捨て(空爆?)たりしていたので。。。過去の大戦の記憶と重なることもあって「あまりに侮辱的だ!」と感じた世論や政治家が狙い撃ちでFBIを動かすみたいなことになっちゃったんですね。

ちなみにドラマだと「初めてのハワイ撮影」みたいになってますけど、実話としては、村西監督はそれまでも何度かハワイで撮影を繰りかえしていて「ジャパニーズ・マフィア」とも勘違いされていたりもしていたりして。。。ある面でやむを得ない展開だったのかもしれません。

そして「この不道徳目的での外国人輸入罪」の上限は「懲役10年」ですが、前述のようにアメリカは複数件あれば累積しますから、毎年様々な女優をハワイで撮影していたということと、他のスタッフの行動についても指示をしていた主犯格であることから、数十件合算で「懲役370年」という衝撃的な求刑になったようです。

ちなみにアメリカは検察の求刑段階では、こういうどでかい数字が出てくることが時々あります。報道された時のインパクトを考えると、世論や市民感情向けの「見せしめ」や「ガス抜き」になりますし、後の司法取引上も有利に運ぶことができますからね。この求刑は、パフォーマンスの部分も相当にあっただろうと思います。

3:司法取引で難を逃れる!

さて、村西監督が、どうやって日本に戻ってこれたかというと、検察が「司法取引」を持ちかけてきたからなんですね。アメリカの刑事事件は「7−8割」がこの形で処理されてますから、これは「よくある流れ」ではあります。

そして、この「不道徳な目的のための外国人輸入罪」っていうのは「女性を意思に反して無理矢理連れてきて、性的な労働に従事させた」という誘拐/監禁罪的なところに実質があって、村西監督の場合「女優さんたちとの契約もあって、ビジネスとしてやっている」ので、本来はこの法律の適用対象じゃなくて、有罪にするのは難しかったという事情もあるのでしょうね。

世論の反日感情に応えた政治的な意図を持った案件が、裁判でガチの争いになったあとにボロが出て、無罪になっちゃたりすると検察も世論的にまずいわけです。実際、この事件の直前に日本のヤクザを立件したのに無罪になっちゃった事件があって、ちょっと微妙なタイミングだったのもあるんだと思います。

で、この司法取引では裁判外で「罪を認める代わりに、この程度の刑にしてやる」みたいな交渉を、検察と被告人(実際は弁護士)が行なって、合意するとその形で着地することになります。

その交渉の結果として、村西監督も最終的には「懲役」の代わりに「15万5千ドル(約2000万)の罰金刑」で合意することになりました。合意がされれば、裁判ではその通りの処分がされますから、その額の罰金さえ納めれば、刑務所にいなければいけない理由もないという事で、ドラマの通り、なんとかお金を収めて村西監督は釈放、日本に戻ることができるわけです。

ちなみに、この外国人輸入罪の法令上の罰金上限は「1件5000ドル」ですから、認められた罰金は、関係した数十件を複合して「その上限金額の31倍」ということで、検察としても「罪を十分に認めさせた」ということで面目の立つ合意だったのだと思います。

4:外国の冤罪は恐ろしいぞ

ということで、この事件、当時の日米経済摩擦の背景の中での「ジャパン・バッシング」の一部としての実質的な冤罪事件だったんですね。ドラマの中でも、警察や海外女優に、監督を含めた日本人が差別的な言葉でなじられる場面が何度も出てくるのは、そういった事情を反映してのシーンだったりします。

つまり、経済的な摩擦が背景にあり、日本人への反発感情があり、そこに監督の破天荒な行動が重なって、無理矢理に逮捕/立件され、司法取引で有罪で着地させられたという事件だったわけです。

なお、アメリカは弁護士費用も高く、ドラマの中で出てくるように、保釈金も含めて、合計で1億ぐらいの出費があったということで大変だったろうなぁと思います。また、言葉も十分あまり通じない、司法システムもよくわからない場所で、刑事事件に巻き込まれるって本当に恐ろしいんですよね。持っている常識が全然通じませんので。

ディフェンスする側に不利な条件が多すぎて、このドラマの刑務所のシーンが象徴しているように、異国で刑務所に収容されて絶望するしかないような、そんな司法の現実があるわけです。冤罪とは言え、村西監督は帰って来れただけ、運が良かったかもしれないですね。

ちなみに昨今、日本でも国会で入国管理法という、外国人の強制収用/強制退去に関わる法律に関連して、日本の収容施設の待遇に起因して亡くなった方(ウィシュマさん)のことが話題になっていますね。この話は今回は深入りしませんが、この村西監督の置かれていた絶望的な状況に近いと思うと、外国人の処遇の問題も身近になってくるのかもしれないですね。

以上「全裸監督が帰って来れるまで。懲役370年の謎」についてのお話でした。

動画バージョンは、こちらになります!


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