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「逮捕されて裁判になったから、精神病のふりをしよう」は通用するのか? 〜やまゆり園事件を例に〜

今日は、刑事裁判でよく問題となる「責任能力」の話です。

マンガやドラマとかにも出てくるので、皆さん何となくご存知かと思いますが、日本の刑法では「心神喪失/耗弱の者については、刑が免除/軽減される」規定があります。

この規定に沿って、現実にも裁判では「自分は精神病で、当時は気がどうかしていた」という主張がされることが多々あります。報道では、いきなりにも見える主張に「どうみても言い逃れだろう」という厳しい見方もされますね。

今日は事案に触れながら「こういう主張は、通るのか?」について話したいと思います。

1:「心神喪失の主張」についての2つの条件

最近では、相模原市の障害者施設「やまゆり園」で起こった殺人・傷害事件、「障害者は生きる価値がない」と発言していた植松被告人側からこの主張がされました。「大麻の乱用で精神障害を発症し、事件当時は『別の人格』になっていた」というものでした。

「責任能力」に関する主張というのは、法律の規定との関係で、必ずこの形を取ります。

1つ目の要件は「精神の障害」があること。被告人に医学的に診て「何らかの病気」があるということです。

2つ目の要件は、「その病気の影響で『本来の人格』とは離れたところで犯罪を犯したこと」。主張の中に「別の人格」という言葉が出てきますが、これは「被告人本来の人格」がやったものではなくて、病気の影響で生まれた「別の人格」がこれを起こさせたんだ、と言えることが必要なんですね。

2:植松被告人に「精神の障害」はあったのか?

植松被告について見てみると、まず「常用してた大麻の影響で精神障害が生じていた」という状況はあったようです。逮捕後の尿検査や家宅捜索で大麻の使用は明らかになっていて、大麻自体に一定の妄想や幻覚という精神障害を引き起こすことも知られています。

事実、事件の数ヶ月前に「障害者は殺すべき」というような危険な発言を通報され、強制入院になった際に「大麻起因の精神障害」の診断を一度されているので、植松被告人に「精神の障害」があったことは、こういった経緯を持って裏付けられていました。

なお、このnoteの表題の「精神病のふりをしよう」みたいなのは、精神障害について「しっかりと診断」されるので、そう簡単ではありません。

最近は、精神的な病気の範囲は拡大しつつあるとはいえ、医療的な診断も、ICDやDSMといった国際的な診断基準でガッチリマニュアル化してきているので、想像で「精神病のフリ」をしても、異常事例になって引っかかってしまいます。

裁判の段階で「フリ」をするかもしれないことは、医師の側も想定していますしね。もちろん、診断基準を詳しく知っていて、ある程度の「演技力」があれば騙すこともできてしまうかもしれませんけども。

なお、責任能力に直結しやすい精神障害には「統合失調症」がありますが、その判断にしても「6ヶ月程度の症状の持続」等要件があります。問題になるのは「裁判の時にどうか」ではなくて「犯行の時にどうか」ですので、犯行の以前から「統合失調症」を疑わせる状況がなければいけないわけで、それを逮捕された後に取り繕うことは、なかなか難しい面がありることになります

3:やまゆり事件を起こしたのは「別人格」なのか?

次に「犯罪が病気の影響で生まれた別人格の仕業か」という2つ目の要件ですね。

こちらは被告人「本来の人格」というものを想定し、犯罪の時に病気の影響で「どのくらいそこから離れた別人格」になっていたか、「本来の人格」の責任を問えないような状況だったか、を考えます。

典型的なところでは、激しい幻覚/幻聴が起こっていて、自分が殺されそうな状況だと勘違いしていて、身を守るためにやむなく相手を刺したような場合とか、何かの刺激で興奮すると錯乱状態になってしまうような精神状態だった場合です。こういうのは「正常な人格」の下では起こり得ないですよね。

裁判では「病気の影響であれば『即』責任なし」でもありません。

もっと深く突っ込んで、精神状態がおかしかったのなら、犯行自体やその前後の経緯にも普通の精神状態であれば説明できない部分が、いくつも出てくるのが普通なので、そういった状況も含めて判断して、その人の精神の中で、何が起こっていたと考えられるかを検討します。

つまり「正常な人格」が起こしている部分と「病気に支配された異常な人格」が起こしている部分を、じっくりと切り分けて行って、病気の影響度を見ていくわけです。

植松被告人の場合は「大麻の影響で幻覚/幻聴があったかもしれない」とも言えるのですが、犯行の経緯やその前後の言動を見ていくと「障害者死すべし」というある程度一貫した思考とそれに基づく行動が見られていて、精神病の作用で思考能力は低下していたとはいえ、「正常な人格」の側が動機を抱き、計画を立て、その通り実行したと判断されたんです。

実際、精神障害の種類も「(正常な方の)人格の歪み」である「パーソナリティ障害」と二度の精神鑑定で診断されていました。つまり「本来の人格」が「反社会的な思想」を持って行動したわけで、こうなると責任は免除される余地はないんですね。

こんな風に刑事事件の責任能力は、単に被告人の内面を想像して判断するわけじゃなくて、捜査の中で判明した「犯罪行為やその前後の行動の説明のつかない不自然さ/異常さ」とそれが結びついた時に「病気の影響で形成された別人格が、行動をさせている」認定され、その度合いが高い場合にだけ、責任免除や軽減となるので、そんなにハードルは低くないんですね。

4:実際に責任が免除されるのは。。。。

逆にいうと、責任が免除/軽減される事例というのは、普通の人から見ても、常識的に「この状態の人に刑事責任は問えないな」という感じの状況だけです。「常識に照らして、その人を非難することができない」場合があるからこそ存在する制度ですから。

たまに「アルコールや薬物を使って、前後不覚の状態で人を殺しちゃった場合はどうですか」というのがあるんですけど、これも「その人を非難できるか」で考えるとわかりやすくて。

これも「イっちゃった状態でやってやろう」と考えていたケースなら、問題なく殺人罪ですし、「使うとヤバいことをするかも」とわかっていたというケースも犯罪が成立します。逆にいうと、すでに重度の依存症とかで「常時、幻覚幻聴がみたいなことになっていて、普段から言動もおかしい」というようなケースでない限り、免除されることはほとんどないですね。

なで、裁判のたびによく責任能力の主張はされるのですが、その主張が通るケースは「重度の精神病である場合」など、とても限られているんですね。実際、そのくらいの病気の場合「当人も憔悴しきっているコトが多く、犯罪を起こす気力もない場合がほとんど」だったりもしますから、事件になるもので病気起因のものは本当に少ないです。

5:「無知のヴェール」によるテスト

なお、被害者や遺族のことを思えば、それでも「こんな制度自体許せない」と思われる方もいるかと思います。その考え方は、私も否定しきれないところがありますが・・・・ご参考までに、どうしてこういう制度が正当化されるかという話を。

法制度などを考える時に「正義」や「公平」を考える上でのテストとして「無知のヴェール」という思考実験があります。かぶると「自分が社会の中の何者であるかを忘れてしまう」という不思議なヴェールのことで、それを被った「無知の状態で最善と思う制度を作るのが正義や公平にかなう」という考え方なんですね。

「自分自身が社会の中の少数者である精神病の当事者かもしれない」ことも前提に、「病気の影響で事件を起こした時に、普通の人と同じように裁かれるのがいいか? あるいは、例外的な制度も必要か?」と考えるということですね。

それを前提とすると「例外的な仕組みがあった方がいい」と考える国が多く、この制度が多くの国で維持されているようです。現実には、社会の中での自分の立場は決まっていますから、なかなかそう言う風に考えるってことはないものなのですけどね。なかなか難しい問題です。

ということで、今回は「精神病のふりをしたら、刑事責任は逃れられるの?」って話でした。
かなりのハードルがあるということで、少し安心していただけたでしょうか。

動画バージョンはこちらになります。


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