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友人の文章を読んで、フラッシュバックしたけど、何故か安心したっていう話

「フラッシュバック」という言葉は聞いたことがあるだろうか。

原因となった出来事を思い出させるきっかけに触れると、つらい記憶が突然鮮明によみがえる「フラッシュバック」が起こる。記憶がよみがえるだけではなく、実際にその出来事を再び体験しているような感覚に陥り、周囲の状況を認識できなくなることも。

(Doctors File/心的外傷後ストレス障害(PTSD) 参照)

これ、意外とたくさんの人が悩んでるのではないだろうか。どんな出来事だったのか、どんなきっかけが原因でフラッシュバックが起こるのかは、人それぞれではあるが。僕も長年悩んでいたが、数日前フラッシュバックを通じて、人と繋がれた気がしたのだ。そんな話を今日は書く。

個人的には、頻繁にフラッシュバックを経験している。映画、ドラマ、アニメ、本、授業の内容、写真、人との会話。全てがトリガーとなり得る。そして、フラッシュバックが起こると、僕は涙が自然と出てしまうタイプだ。絶対に今泣いていたら、所謂「ヤバイやつ」と思われるシチュエーションでも、泣くことを止められないのだ。授業中フラッシュバックが起こったなんてこともある。1人で謎に顔を突っ伏して泣き始めた大柄の男が居たら、そいつは僕かもしれない。

フラッシュバックが起こると僕は、鮮明に親の離婚の経験を思い出す様だ。2日前程にあったフラッシュバックでは、小3の時の経験が鮮明に思い浮かんだ。小3の時、父が「こんな家いらんねえな」と叫び、俺の頬を殴ったあと、しゃがんで「ごめんな」と言って家を飛び出したことがある。他にも違う情景を思い出すことはあるが、今回はこの情景だった。

では、今回これを思い出すきっかけは、友人のnoteだった。そのきっかけとなった数分を、ここに参照する。

そして遂に両親の間で離婚話が浮上した。お母さんっ子だった私は、母親側についていくことになった。父の母に対する態度は見ていて嫌だったし、何より仕事人間のお父さんとの思い出があまりなかったから、特に何も抵抗しなかった。
しかし(ここらへんは記憶が断片的で曖昧だが)どこかのスーパーで父と入れ違いになった。母と一緒に買い物をしていた私は一瞬、怯んだ。母は当然のように父を無視した。父も母を一切視野に入れなかったが、代わりに私の前でしゃがみ込んだ。
「いいものを買ってもらえたか?」
その声があまりに優しくて、しかしどこか他人事で、私はその場で泣いた。「やっぱり離婚して欲しくない」そう母に告げた。これが、私が初めて両親に自分の意思を伝えた瞬間だと思う。

(参照: 「親のすねかじり」/ 榎本かほり)

彼女の父への感情、彼女の父の言葉、そして彼女の反応。全てがトリガーとなって、フラッシュバックが起こった。パソコンの前で一瞬で涙を流し始めたが、いつもの感情とはちょっと違った。いつもであれば、ただただ、「うぇ〜ん、悲しぃぃぃ」と思っているだけだが、今回だけは、安堵を感じた。経験や、それを体験した年齢は違えど、類似した経験をしている友人がいるからだろう。

僕って割と個人主義というか、1人で何かをすることがすごい好きで、大人数の集団は大の苦手。映画も友人と見るのもあまり得意じゃない。そんな中で、「トラウマ」がきっかけにはなってしまったけど、人と通じ合えたというかなんというか。そんな感覚がとても嬉しくて、安堵したのだろう。そして、人と心の底から繋がることを求めている自分を確認することができて、安心したのだろう。

そんな事を感じていたお昼すぎ。では、また。



あっ、あの、、、今買いたい本、、が、、、対話についての、、、本で、、、5冊ぐらいあって、、、1冊1000円以上して、、、買えない、、、ので、、、ご支援頂けたら、、、泣きます、、、