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昔話「雨蛙と豆吉のうつわ」

昔々、武蔵国、武州の山奥に豆吉という木のうつわをつくるおじいさんがおりました。

ひとり暮らしの豆吉は毎日まだ薄暗いうちに起きだし、鍬で畑を耕し、鎌で草を刈り、炊き木を拾い、炭を焼き、畑にすき込み、お湯を沸かし、お茶飲んでから、ノミや木槌でトントンと山に音を響かせる毎日でした。

いつも、お昼過ぎにはうつわづくりの仕事も終え、玄米と漬物と味噌汁の昼飯を食べると天気が良ければ、桜の木の下で昼寝をしました。

梅雨のあけた、そよ風の心地よい昼下がり、いつものように木陰で昼寝をしていると、夢に一匹の雨蛙が出てきて、豆吉に話しかけました。「次の市場に蓮の葉のようなうつわを一枚もって行け。」そう伝えると雨蛙は池の中にピョンと飛び込み、どこかへスイスイと泳いでいってしまいました。

山の畑では毎年たくさんの落ち葉が積もり、肥やしがなくても、里芋やさつまいも、春菊や三つ葉、ネギにゴボウと食べきれないほどの野菜ができました。ただ、お米だけはうまくつくれなかったので、月に一回は町の市場へ行き、彫り物のお椀や箸と畑の野菜をお米と交換していました。

豆吉は夢で雨蛙に言われた通り、いつものお椀の他に一枚だけ蓮の葉に似せた手彫りのうつわをもって市場へ出掛てみました。けれども、町行くひとは誰もこのうつわとお米を交換してくれません。

市も終わりの頃、片付けをしていると、みすぼらしい着物を着た坊主頭の老人が独り言をいうように話しかけてきました。
「おやおや、このうつわには天の蛙の精霊が宿ってている。これはこれは愉快なうつわじゃ。お米などと交換しないで持ち帰りなさい。そして、そのうつわに里芋の葉の朝露を集め、朴の葉で包んで三日三晩待つんじゃ。天の雨、甘い水に返る。あちらの水じゃぞ。」そう言って坊主頭の老人はニコニコと微笑んでいました。

次の朝、豆吉は老人の話のとおり、里芋の葉の朝露をそのうつわに集め、大きな朴の葉でくるっと包み、囲炉裏の横に置きました。

二日目に、朴の葉の隙間から中を覗いたり、匂いを嗅いだりしてみましたが、なにも変わっていないようです。

三日目の晩飯のあと、朴の葉を開けてみると集めた朝露は少し濁り、甘い香りがしました。
一口口に含むと、とろみがあり、果物のような香りがします。酸味もあり、舌をシュワシュワと心地よく刺激します。
二口でからだがポカポカし、三口で気持ち良くなり、うとうととしてしまいました。

夢で見たあの雨蛙がいる。

「おまえの畑の菜っ葉や里芋はキラキラ光っている。その光は煮ても焼いても消えなかった。それは町のこどもの病を癒した。皆を元気にした。祝いの杯だ。精がでるぞ。」

豆吉は囲炉裏の前に座ったまま、眠っていました。目を開けると、雨蛙はいません。外は真っ暗で、トラツグミの鳴き声が、遠くの山から聞こえます。月も出ていないのに畑の土がチラチラと光を纏い、野菜たちはその光と戯れているようでした。

豆吉が手彫りのうつわに朝露を、集めたのはこの一回限りでした。豆吉はなんとなく、わかっていました。もう自分は随分歳をとった、急がなくてもそれはすぐに、いくらでも飲めるようになる。楽しみはとっておかないとと。

豆吉はいつもそのうつわを囲炉裏の横に置いて、山の果実や畑の野菜から出る種を入れ野原に蒔きました。そしてときどき、あの雨蛙に話しかけるようにうつわに向かって呟きます。

「そうだな、やっぱり土は優しいな。柔らかくて暖かいよ。もっともっと土を撫でるさ。土は宝物だな。種の母さんだ。みんなの母さんだ。毎朝毎朝が楽しみで楽しみで楽しみだ。だから、今日も早く寝るよ、雨蛙よ、いつもありがとう、畑に恵みの雨をありがとう。」


うつわの写真をインスタグラムに上げたら、「昔話に出てきそうだ」とのコメントをいただきましたので、そのうつわが出てくる昔話を書いてみました。途中何度も映画「いただきます2」ここは、発酵の楽園 の映像を思い出しました。

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