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色と形のある夢を見たい

「人の見た夢の話ほどつまらないものはない」。よく言われていることだ。
でも私は、大変つまらないことを承知の上で、自分の見る夢について話してみたいと思う。どこかに同じような夢を見る仲間がいないか、疑問に思ったからだ。

自分の周りには、私と同じような夢を見ている人はいなさそうだ。ごくまれに、私の夢の内容を話してみたとしても、まったく理解してもらえない。そのことについて悲しみや憤りを抱えているわけでは決してないが、あまりにも共感が得られないので、少し不安に思いはじめた。

私の見る夢にはまず色と形がない。一度だけ夢に色と形が出てきたことはある。それはこんな夢だった。

無限に広がる真っ黒の水に、一匹の金魚が浮かんでいる。
金魚は鮮やかなオレンジ色をしている。あまりに美しいので私は見惚れているが、そこに私の存在はない。見惚れている私の意識のみがある。
突然金魚がばらばらにほどけ、ヒレやら尻尾やら金魚のすべてのパーツが、真っ黒の水にゆっくりと溶けて消えていった。<完>

出典:学生時代のスイの夢サンプルA

このとき以外、基本的に色や形は登場していない。なんというか、それがなんであるかが単にわかるという感覚。たとえるなら、よく晴れた夏の日の屋外で見るスマホの画面といった感じだろうか。いや、それは光の加減で見えづらいだけだから、形がないのとはちがうか……上手く表現できない。

物体の動きや人物の同一性などが物理法則を完全に無視しているため、言葉で説明できない。人物Aが気づけば人物Bになっていたり、意味不明な場面転換が頻繁に行われたりする。安部公房やルイス・キャロルを読んでいるとき、たまに自分の夢っぽいなと思うことがある。

内容もたいがい薄気味悪い。

一緒に遊んでいた女の子に別れ際に「あなたは人間とそうでないものの見分け方がわかる?」と笑いながら訊かれる。彼女はどこか挑発的な態度を取っていて、私は戸惑う。「人間の形をしている生きものは、人間だと思うけど……」と不安げに答える。女の子は笑いながら走り去っていった。その方向を見やると、彼女の母親がいる。人間ではないのかもしれないと思う。<その後、記憶なし>

サンプルB

質素な大広間にたくさんの人々がいる。何本ものろうそくを灯して、儀式のようなことを行っている。「もうすぐ現れる」「絶対に窓の外を見るなよ」と皆が口々にささやき、緊迫感が漂う。「来た!」とだれかが叫ぶ。その瞬間、すべてのろうそくの火が消え、すべての窓ガラスがけたたましい音を立てて割れた。現れた化け物の名前は、「アラヤシキ」ということがわかった。<その後、記憶なし>

サンプルC

このときばかりは目覚めた瞬間「アラヤシキ」とグーグルで検索した。

阿頼耶識――「宇宙万有の展開の根源とされる心の主体」とWeblioにはあった。ぜんぜん意味がわからない。昔どこかの本で読んだのか、大学の講義で聞きかじったのか……。

かろうじて言葉で説明できるのがこの2編くらいで、あとは私の言語運用能力の範疇を超える。

悪夢というのは、その内容よりも、作者が自分であることのほうが怖いと思う。これがTSUTAYAでてきとうに借りてきたDVDであれば、きっとそこまで怖くない。自分の記憶の断片から生成されたなにかであることがいちばん恐ろしい。

友人の話を聞いていると、現実とまったく区別がつかないくらいリアルな映像のリアルな夢を見るという人も多い。夢がそんなに鮮やかだなんて、すごくおもしろそう。私の金魚やアラヤシキと、ぜひ交換してもらいたい。


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