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ソーシャルファームの話②(企業組合あうん)

リサイクルショップ、便利屋、交流の場―― さまざまな顔を持つ〈あうん〉

日比谷線三ノ輪駅から徒歩7分の所に、東京都が2021年3月に「ソーシャルファーム」に認定した〈企業組合あうん〉がある。ここで働く人の多くは、元野宿者や、ひきこもり経験のある人、シングルマザーなど、さまざまなバックグラウンドや事情を抱えている人たち。彼らをスタッフとして受け入れ、生活の基盤をつくるサポートや、生き生きと働ける場づくりを行っている。

〈あうん〉が行う事業はさまざまだが、メインは「リサイクルショップ」。元・鋼材屋の建物を借り受け、日用品、雑貨、衣料品、家電、家具といったさまざまなリサイクル品が売られている。これらの商品は、〈あうん〉の別事業である「便利屋」が、引越業、清掃業、不用品の買い取りを行うなかで出たものが主。それらをきれいに清掃・洗浄し、店頭に並べている。

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引き取った物のなかには、使用するには劣化が激しいものや壊れたものなど、販売には向かない品物もある。それらは紙、布、木、金属、プラスチック、コンクリート、産業廃棄物などに細かく分別され、専門業者に引き取ってもらう。リユース・リサイクルにも力を入れ、環境に配慮した取り組みを行うことも、同社が大切にする理念のひとつだ。

リサイクルショップには、毎日さまざまな商品が追加されるため、ここに通うことを楽しみにしている近隣住民も多い。なかには毎朝店を訪れ、新しく並ぶ商品をチェックしつつ、スタッフや馴染みの常連客と会話を交わすのを日課にしている人もいるのだとか。誰かの「楽しみ」「居場所」「交流の場」としても、〈あうん〉は機能しているのだ。

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商品として販売できないものや、引き取った不用品はこのスペースで細かく分別され、専門業者に引き取られる。

〈あうん〉の成り立ち

三ノ輪の周辺は、いわゆる「山谷(さんや)」と呼ばれるエリア。1990年代のバブル崩壊で仕事を失った日雇い労働者が、隅田川の河川敷や近隣の公園に何千ものブルーシートのテントを張り、路上生活を送っていた。

2000年以降、〈あうん〉の現代表理事・荒川茂子さんを含む民間団体が、路上生活者の暮らしの支援活動をスタート。フードバンクや炊き出し、医療支援として路上生活者を対象とした隅田川医療相談会が設立されてきた。

そんな流れのなかで2002年に立ち上がったのが〈あうん〉である。山谷、隅田川地域の路上生活者の“仕事おこし”を目的として、荒川さんや、野宿者・元野宿者の5名がメンバーとなり活動を始めた。その後、支援活動に賛同する人からの寄付で、現事業のベースとなっている「リサイクルショップ」を開店させた。

同時期、路上生活者や生活保護受給者の自立支援を行う〈自立生活サポートセンター・もやい〉に属していた湯浅誠さんから、ある相談が持ちかけられる。〈もやい〉では、生活保護受給者の入居時の連帯保証を行うなかで、引越や部屋の片づけなどの作業が発生する。それらを事業として〈あうん〉で行わないかという打診だった。それを機に「便利屋」をスタートさせ、引越業、清掃業、不用品の買い取りを〈あうん〉が引き受け、そこで出た家具や日用品などを「リサイクルショップ」で販売するという仕組みが構築された。

このような取り組みや事業は当時珍しく、福祉事務所のケースワーカーや、福祉法人、さらには公的機関からも「便利屋」への依頼が増え始める。事業は少しずつ軌道に乗り、2007年には「企業組合」として法人格を取得。立ち上げ当時はスタッフへの給料を捻出できないほどだったが、2010年には売り上げが1億円を超えた。

自立支援をサポートする、家電一式のセット販売

〈あうん〉のユニークな取り組みのひとつに「家電パック販売」がある。路上生活者などが新たに自活を始める場合、必要最低限の家電や家具を揃えるにしても、その資金を持ち合わせていない場合が多い。そんな人のために「家具什器費」という臨時的に現金が支給される制度がある。条件にもよるが、都内では上限が47800円であるという。

同社の「家電パック販売」とは、その制度を利用して家具什器を購入する人に、家電や家具を自由に組み合わせて販売するというもの。例えば、洗濯機・冷蔵庫・電子レンジ・ガスコンロ・テーブル・カラーボックスなどをセットにして、4万円程度になるような値づけがされている。

これらの家電は、便利屋で引き取ったものだけでなく、ほかのリサイクルショップから仕入れたものも多い。わざわざ家電をほかの店舗から仕入れるのは、便利屋で引き取った家電だけでは到底数が足りないからだ。「ここに来れば欲しいものが見つかる」という客の期待に応え、それらを自由に組み合わせできるよう、常に商品のラインアップも価格帯もさまざまに揃えているという。

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ちなみに、リサイクルショップから仕入れる家電は、それなりの金額を払って仕入れるため、「家電パック販売」はほとんど利益にならない。それでもこの取り組みを行っているのは、〈あうん〉で働くスタッフの中にも元生活困窮者や元野宿経験者がおり、購入者の状況や気持ちがよく理解でき、同じ「仲間」であるという意識があるから。つまり、生活保護受給者の“応援”という目的で行っているのだ。

家電や家具は生活保護受給者だけでなく、近隣住民や、日本で生活をスタートさせた外国人など、さまざまな客にも販売する。セットだけでなく1点からも購入可能。30000円以上購入した場合は、東京23区内は配送設置が無料というサービスも行っている。

家電の徹底クリーニングで得る信頼性

〈あうん〉で販売される洗濯機や冷蔵庫などのリサイクル家電は、スタッフの手でひとつひとつ丁寧に洗浄されている。それも、家電を分解して内部まで洗い抜く徹底ぶり。

家電分解には専門知識が必要であるし、かなりの力仕事である。1台につき1~2時間ほど洗浄に時間を要するため人的コストもかかる。しかし家電のクリーニングは、〈あうん〉の商品の差別化であり、購入者の信頼をつなぐ必要な作業だという。

かつて、目に見える部分だけのクリーニングにとどめていた頃もあったが、臭いやカビなどのクレームや返品も多かった。徹底した洗浄を行うようになってからは、そんなトラブルは殆どなくなったという。

訪れた際も、リサイクルショップすぐ近くの洗浄スペースで、幾人かのスタッフが洗濯機や冷蔵庫を分解したり洗っていた。1台洗うのにどれくらいの時間を要するのか、家電の分解知識はいつ覚えたのかなど質問すると、気さくにいろいろ答えてくれる。どのスタッフも一生懸命に作業に打ち込み、表情も溌剌としていた。

リサイクルショップで扱われているものとは?

2階建てのショップ内には、ありとあらゆるリサイクル品が並ぶ。訪問時は、閉業した衣類店から引き取ったという、某ブランドの良質な新品パジャマや女性用インナー、子ども服などがたくさん並んでいた。それも1枚数百円という価格設定で驚く。

店内にはたくさんの古着も並んでいる。古着の街・下北沢で売られているような服から、ブランド品、毛皮製品などさまざまだ。

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これまでは商品の価値やファッションブームなどは考慮してこなかったが、アパレル業界に身を置いていた若いスタッフが入社したことを機に、商品の価値にあわせた値段設定や、服のカテゴリやジャンルに分けた陳列など、客が見やすく、手にとりやすい店づくりも始まっている。

ほかにも掛け軸や絵画作品、節句の兜や、異国の民芸品、昭和期を思わせる懐かしい調度品などが所狭しと並んでいる。2階にはさまざまな家具が積み重なり、展示されている。また、新生活を送る際に必要なカーテン、布団、毛布なども売られているが、これは中古品ではなく新品を取り扱っている。仕入れ先を吟味し、手にとりやすい価格で提供できるように努めているのだとか。

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ここにくれば生活必需品がすべて揃うといっても過言ではない。新しく自活を始める人は、資金面や暮らしにおいて、さまざまな不安があるはずだ。そんな人を〈あうん〉はきっと様々なかたちで救ってきたに違いない。

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こんな立派な鏡台も!

資源をグラムで買い取る「しげんカフェ」と、誰もが気軽に利用できる「どっこい食堂」

近年、〈あうん〉では新しい事業に取り組みはじめた。それが「しげんカフェ」と「どっこい食堂」である。

月・木・金曜の週3日、〈あうん〉の店頭では、地域住民の自宅に眠っている古紙や古着、アルミ・スチール缶などをポイントで買い取る「しげんカフェ」を実施している。アルミ缶は1キログラムにつき20ポイントといったように、品目毎に買取ポイント数が設定されている。1ポイント1円で、100ポイントから現金に換金できるだけでなく、ポイントは後述の「どっこい食堂」で飲食代としても使える。

木曜には、〈あうん〉と協力関係を築く〈一般社団法人あじいる〉に資源買取を委託。〈あじいる〉のメンバーが花車と呼ばれるリアカーを引いて一般家庭や商店街を回り、不要な資源がないか声をかけて回る。

〈あじいる〉が集めた資源は、子ども食堂や子育てサポート事業を行う〈あらかわ子ども応援ネットワーク〉にボランティアポイントとして寄付され、子どもたちのための活動資金に充てられている。

ちなみに、資源買取を担う〈あじいる〉のメンバーは元路上生活者が多い。なかには差別を受けてきたことで、普段は人との関わりを避ける人もいる。しかし、自分が資源買取に携わることが、子どもたちのためになるならと、積極的に商店街の方に声かけしているのだという。

そして、〈あうん〉の斜向かいには、2019年にオープンした〈どっこい食堂〉が。魚や肉のメイン料理と、野菜をふんだんに使った手づくりおかずの定食が好評で、金額も700円未満とリーズナブル。世代も国籍も問わない、誰でも気軽に利用できる、ひらかれた食堂を目指している。

どっこい食堂の外観。その奥には家電の洗浄スペースに使われている建物も。

「家庭に眠っている資源を買い取ることで、地域にはリサイクルの意識が生まれます。そして資源買取を〈あじいる〉に委託することで、彼らには社会参加の場が生まれます。そして彼らの活動は子どもたちのためになるんです。地域との連携、メンバーの社会参加、生きがいや社会的なつながりの創出が、この活動からさまざまに生まれているんです」(荒川さん)

「企業組合」とは?

ところで、「企業組合」という法人格を持つ〈あうん〉だが、企業組合とはあまり聞きなれない。ちなみにウィキペディアには以下のように記されている。

勤労者その他個人が協同して事業を起こし、出資し、労働し、運営する日本の非営利型の相互扶助組織。
(中略)
ある特定の理念や希望を共有する人々の協同性に大きな意義を求めるところに、株式会社など営利会社とは異なる特長がある。

〈あうん〉で働く組合員(スタッフ)は、全員が同社の経営者(社長)であり、出資者であり、労働者である。入社時には会社への出資者の証として1万円を支払うのもルールだ。

組合員は皆対等であるべきということから、能力、資格の有無、入社したばかりの人も、ベテランの人も、皆同じ時給で給料が支払われる。また、すべての組合員は〈あうん〉が行う会議すべてに参加でき、会計のあらゆる情報も全組合員に開示される。だれもが情報を共有し、知ることができるのだ。

皆が経営者になるということは、「命」と「暮らし」を自分たちで守るという自覚を各人が持つことでもある。人や地域に必要とされる仕事にやりがいと生きがいを感じるだけでなく、経営者としてさまざまな決定権を保有することは自己肯定感や自信も生みだす。

 使い捨てしない、持続可能な循環型社会を、この地域で

〈あうん〉の活動の根底には、人もモノも「使い捨てにしない」という思いがある。バブル崩壊で浮彫になった使い捨て労働という社会問題を、決してなかったことにせず、教訓として生かしていくという覚悟が、同社には満ちている。

その思いは人だけに限らず、家電や家具、日用品といったモノにも。リユース・リサイクルを徹底し、あらゆるものに次のチャンスを与えている。人もモノも大切にされる、持続可能な循環型社会を、この地域のなかからつくり上げることが、〈あうん〉が目指す未来だ。

現在のスタッフは25名で、20~70代までと年齢層も幅広い。近年は若いスタッフも増え、事業にも新しい風が吹き始めている。とはいえ、大手企業が便利屋やリサイクルショップという業種に参入するようになり、価格競争や安売り合戦が始まっている。そんな時代にどのようにして事業を持続していくか、課題は山積みだと荒川さんは語る。

しかし、地域に根づいた事業を行っているからこそ、見える景色があったり、地域が不足とするものや課題にも気づける。それが「しげんカフェ」や「どっこい食堂」という形になって実現してきた。これは、営利が最大目的の大手企業には見えない景色であるはずだ。

社会情勢がどうであろうと、誰もが生きがいを持って、誇りある仕事を担い、いきいきと暮らせる地域づくりを目指す〈あうん〉は、今後もその景色にいち早く気づき、ますますこの地域になくてはならない存在となるに違いない。

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