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彼女に振られた23歳、「全力坂」へ挑戦し、高校サッカーに魅せられる。

 僕は失恋への鬱憤を晴らすために強く、強く、強く地面を蹴りつけた。出だしは順調だ。あまりにも気持ち良いスタートが切れて、「瞬足」を初めて履いた小3の運動会をふと思い出したーー。





 OWL magazineの読者の皆さんは、「全力坂ぜんりょくざか」というテレビ番組をご存じだろうか。

 全力坂とは、毎週火曜~金曜日の深夜1:20から、テレビ朝日で約2分間放送されている番組。

 東京に存在する坂道を売り出し中のタレントが全力で駆け上がるだけという、シンプルかつ迫力のある珍企画で知られている。ちなみに、今年の1月に放送3000回を迎えた長寿番組だ。

 関東とその他一部地域でしか放送されていないのが残念なところ。見たことがない方も多いはず。

 そこで、女優の川口春奈が全力坂を再現したYouTubeを貼っておく。この動画はカット割りからBGM、ナレーション、時間配分まで本家の全力坂をほぼ完璧に再現している。番組を見たことない人もこれで雰囲気がつかめるはずだ。





 僕は昨夏、1年ほど付き合った彼女に振られている。僕の中では川口春奈に似た、とても可愛い人だった。振られた要因は遠距離。もっと言えば遠距離によって喧嘩の回数が増えたことだ。


 去年の3月、僕は大学を卒業して就職とともに愛媛から上京してきた。一方、社会人だった彼女はそのまま愛媛に残ることに。

 東京に引っ越したばかりの頃は、遠距離恋愛なんて余裕だと思っていた。初めて付き合った人とは愛媛ー徳島間で4年続いたからだ。それに、その人と別れた理由は遠距離ではなかった。

 しかし、さすがに東京と愛媛は遠すぎた。その上、新型コロナウイルスのせいで会いに行くこともできない。すると会えないことへの不満が徐々に募り、いつしかその不満を電話越しにぶつけ合うようになっていた。会えないのはどちらのせいでもないのに。

 そしてある日、電話でいつものように不満を言い合っていると、「これで終わりにしよう」と、突然別れを切り出された。彼女の方に限界が来たのだろう。その台詞を言われたのは夜の9時くらいだったのだが、僕が別れを拒否し続けるせいで、気付けば日付は変わっていた。ここまで粘れるのは、僕の他には2ストライクを取られた井端しか思いつかない。

 だが、元はと言えば不満をぶつけ始めたのは自分の方だった。それを思い出すと、途端に拒否することが虚しくなってきて、とうとう深夜1時に別れを受け入れることにした。見逃し三振だ。

 その夜は、今じゃ想像もつかないほど大きなショックを受け、ティッシュを何枚使ったか分からないくらい泣いた。人生のどん底に転がり落ち、メンタルはズタボロで、2カ月くらい食欲が一切出なかった。ウィダーinゼリーすら飲み切れなくなり、「食事が喉を通らない」という言葉が比喩表現ではないことを身を持って知った。

 もしもボクシング漫画「あしたのジョー」に登場する丹下段平が当時僕のトレーナーをしていたら、きっとベタ褒めしてくれただろう。体重はみるみるうちに減っていき、プロボクサー顔負けの減量を誰にも指示されずこなしていたのだから。

 そして秋に会社で実施された健康診断の結果を確認したところ、身長が165cm、体重は47kg、体脂肪率は7%。元々細身だとはいえ、さすがにこれは心配になってしまった。しかし僕はあることに気付いてしまう。

 そう、この3項目だけ見たら現役時代の亀田興毅とほぼ同じだったのだ。かなり不健康な状態なのに、異常に強くなった気がした。数字とは不思議なものである。



 亀田一家の長男となった後も、僕はまだ失恋を引きずっていた。すると、去年の冬に先ほどの川口春奈の全力坂動画を見つけてしまう。

 そして、2度と会うことはないあの人を思い出すと、「僕も全力坂に挑戦しよう」と唐突に思いついた。川口春奈(≒元カノ)が一生懸命走っている姿を見て負けん気が働いたのだ。振られて以降、やるせない気持ちをぶつける場がなかったから、良い機会だと思った。

 また、動画で走っているのは本人ではなく川口春奈だが、そんなことはどうでもよかった。とにもかくにも、自分の持つ負のエネルギーを解き放ちたかったのだ。そうでもしないと立ち直れない。およそ半年もの間ため込んだストレスから早く解放されたい一心だった。

 こうして僕は全力坂への挑戦を決意する。「あしたのコウキ」としての物語をスタートさせた。

そびえ立つ新助坂。そして脳裏をよぎる禁句タブー

 早速、全力坂に挑戦する日を、高校サッカー決勝戦・大津高校(熊本)vs青森山田高校(青森)を見に行く1月10日に定めた。

 というのも、試合が行われる国立競技場がある新宿区には多くの坂が存在しているからだ。そのなかでも、国立から歩いて10分くらいのところにある南元町の「新助坂しんすけざか」という坂道を走ることにした。

 調べてみたところ、新宿には最大斜度が23度もある「闇坂」や、映画『君の名は。』に登場する「円通寺坂」など、有名な坂がたくさんあるらしい。だが、ホープ軒という有名なラーメン屋にも行きたかったので、今回はそこから1番近い新助坂を選んだ。

 坂道を全力ダッシュしてすっきりした後、疲れた体に美味しいラーメンを与える。そうして心も体も満たされた状態で選出権の決勝を楽しむ。

 我ながら非の打ち所がない、完璧なサッカー旅計画だった。そうなるはずだった……。


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