腕時計のこと

 ちょっと前に呟いたように、念願叶って、着けてみたかった腕時計を買った。仕事上の(そこそこ大きな)区切りの記念に、という口実も備えて家庭内与党を説得し、「ひとまずこれを手に入れられたら、時計は『あがり』」と言って与党を安心させて、と普段の買い物にはない根回し(?)をし、いざ買った後にも「買ったよ」と報告するタイミングを何度も図り、内心ヒヤヒヤしながらいざ報告をし、という経緯も、済んでみればかわいいもの。喉元過ぎれば何とやら。このコロナ禍、消費が冷え込んでいると言われる最中に、軽自動車一台分の値段の腕時計を買うというのは、なにか平時よりもハードルが高くなっていたような気もする。そんな思いをして手に入れた一本が、目の前にある。時計店のショーケースの中ではなく、眼前に。

 その腕時計を造ったメーカはスイスのZENITH(ゼニス)。150年以上の歴史を持つマニュファクチュール。その中でも革新的な機構を備えた『DEFY EL PRIMERO 21』を選んだ。時計のオモテから見ると裏蓋の向こう側が見えるフルオープンの構造。小気味よく時を刻む星を象ったムーブメントが見える。ずっと見ていられるほどに美しいと思った。

 ロレックス、オメガなどの比較的よく知られたブランドのものを選ばなかったのにも、理由がある(決して嫌いとかではない)。それは、ゼニスの『絶妙なマニアックさ』。腕時計、しかも高級腕時計といえば、かなりの人が、先の2つのブランドを挙げる。それだけ認知されているし、ステータスシンボルとしても申し分ないと思う(もし気に入らなくなったとしても、リセールバリューもなかなか良い)。ただ、有名なブランドだけに、取引先や目上の人と会食をしたりして悪目立ちする可能性を孕んでいることも事実。考えすぎと言えばそれまでだけれど、人と会いながら仕事をする以上、ある種のリスクヘッジも見越して、ロレックスやオメガは、今回の候補から早い段階で外れた。

 そこへきて、ゼニスは『絶妙に』知られていない。もちろん腕時計に少しの造詣がある人にとってはメジャーな存在だが、一方で知らない人もいる。知っている人とは、その良さを語りたい。知らない人には、スルーされて良い。もし目上の人がその時計に関心を持っても、「ちょっとマニアックですが、好きなんです、この時計」と言えば嫌味らしくもならない(と信じている)。もしかしたら今後、さらに高精度かつ革新的なムーブメントを世に出して、今よりもっと有名になるかもしれないが、それはそれで嬉しい。

 これを身に着けていると、背筋が伸びる気がする。そんなアイテムは、人それぞれにあるはず。自分にとっての今の最高のモティベイターが、今回買った腕時計で、これを身に着けていると、多少のことは乗り越えられる。ZENITHという単語が「天空の頂点」という意味を持つのを知ってか知らずか。これから長い付き合いになるはずの相棒を、もうしばらく眺めることにする。

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