秘める

思い出の曲がある。大好きだった曲がある。でも今は、なんとなく聴きづらい、そんな曲が車内に流れた。



ど田舎の高校から大都会の大学へ進学した。
右も左も分からず、小中高と繰り上がりで友と学び舎を共にした私には、友達の作り方が分からなかった。
1人でフラフラ大学構内を歩いているとき、山岳サークルに入らないかと声をかけられた。山に囲まれたど田舎から、わざわざビルに囲まれた街に出てきたのに、声をかけてもらえた、その喜びから、二つ返事で了承した。
また、こうして、私は山に戻る。

私に声をかけてくれた人は、4年生のケンジ先輩という人だった。いつも笑顔で、たくさん話してくれるが、どこか掴めない、そんな人だった。
話によると、同郷らしい。私の通っていた高校と同じらしいが、4つ上で中高は被らないし、小学校は、2校あるうちの私とは別の方だったらしい。どうりで知らないわけだ。でも、何も知らないど田舎上がりの私には、同郷、という言葉だけで、信頼を置ける人となった。
ケンジ先輩と、話す機会はそう多くはなかった。ただ、同郷というだけで私の気持ちは舞い上がり、「あの先輩、なんか近寄り難い」という批判の声にも、なにくそ、と心の中で反抗できた。

サークルの中で、リョウ先輩という、ケンジ先輩の同期と仲良くなった。恋仲とかそういう気持ちは芽生えなかったけど、心の全てを語り合えるような、まさに親友のような人だった。
「リョウ先輩は、ケンジ先輩のこと、悪く思わないですよね?」
私は口癖のように、毎日聞いていたかもしれない。
「悪いかどうかは、その人が心のうちに決め、秘めるものだよ」
「はっきりしないな〜」
ここまでが毎日のルーティン、一連の流れだった。

冬が近づくある日、ケンジ先輩が、私にある曲を聴かせてきた。私の好きな曲だった。同郷で好きな曲が同じ。同じサークルにケンジ先輩がいて良かったと心の底から思えた瞬間で、心がポカポカ暖まるのを感じた。

「ケンジ先輩と好きな曲が同じだった、同郷の絆かもしれないです」
「なにそれ、バカじゃないの」
リョウ先輩は、ケンジ先輩の同期なのに、ケンジ先輩をよく知らなかった。だからこうして、私がケンジ先輩のことを教えてあげる日も少なくなかった。
「ケンジ先輩と、もっと話したい、仲良くなりたい」
これも口癖になっていたかもしれない。

「ケンジはサークル辞めました」

突然の報告であった。
ケンジ先輩は、グレーなものに手を出していたらしい。先生から辞めなさいと言われても、「犯罪ではない、悪くない」の一点張り。退部届を提出し、去っていったのだと言う。

「ほらね、変な人だった」
みんなが口を揃えて言う。信じていたものが、全て否定された日だった。特別仲が良い訳ではなかったが、私にとっては、同郷の仲間だった。それだけだが、それが重要だった。

「ケンジは、悪い奴ではないけど、いい奴でもないよ」
帰り道、リョウ先輩が呟いた。
「今回の件、私は、、、ケンジ先輩のこと、なんだろう、、、、みんなに理解して欲しい、いつも笑顔で、不器用ながら話しかけてくれる、、いい人」
「あのさ、、」
リョウ先輩の声とかぶるように街に音楽が流れ始めた。私の好きな曲、ケンジ先輩との思い出の曲だった。胸が苦しくなった。今、聴きたくなかった。耳を塞ぎ、走り出した。この音が届かないところへ行きたかった。

急に後ろから肩を引かれ、思い切り後ろに傾いた。
「待ってよ」
息切れしたリョウ先輩が、私を抱きとめていた。
「ねえ、聞いて、、、、もし、俺が同郷だったら、毎日俺の話をしてた?もし、俺が同郷だったら、好きな曲が同じで、笑い合えた?」
ぎゅっと力がこもったのを感じた。
「同郷だったら、、、、、あのさ、俺、お前のこと好きだよ、ケンジよりはお前のこと知ってると思うけど、それでもお前は同郷の方がいい?」
いきなりの言葉に、ハッとして振り返った。
「ごめん、こんなこと言うつもりなかった」
そう言ったリョウ先輩は、走って駅の方向へ行ってしまった。あの曲はまだ流れていた。

話の続きが直接したかったが、あの日からリョウ先輩に会うことはなかった。今までは毎日のように会っていたのに、急に会わなくなった。
そして、そのまま4年生は卒業した。
『卒業おめでとうございます』
リョウ先輩にメッセージを送った。
『ありがとう。残り3年、楽しんでな。』
あの日のことは無かったような、そんな返信だった。
ふと、トークを遡った。
『今どこにいるの』
『今日一緒に帰ろ』
『今南門の前いるよ』
私たちが毎日一緒にいれたのは、リョウ先輩のおかげだった。


信号が青になった。急いでラジオを止めた。今でも私はあの曲が聴けない。苦しく、辛く、甘酸っぱい思い出の曲。あの頃のことは、今となっては良い思い出だが、これ以上聴き続けたら、私はきっと携帯を取り出し、タップしてしまう。卒業式の日から稼働していないリョウ先輩の連絡先を。今この連絡先を使っているかも分からない。何をしてるかも分からない。でもだからこそ、タップをして、繋がらなかったらどうしよう、という目に見えない恐怖が私を脅かすのだ。

言い逃げするなんて、悪い人だな。この想いとあの曲はずっと私の心のうちに秘め続けられるのだ。

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