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もしも、出会っていなければ。

もしも、出会っていなければこんなにつらい想いをする必要はなかった。出会ったあとずっと一緒にいれるなら、ここまで苦しむことだってなかった。

これは、たこ焼きの話だ。

僕は、たこ焼きが好きで、わりによくたこ焼きを食べている。お祭り屋台の大ダコ焼きと名付けられたパサついたたこ焼きも、外がかりかり中とろとろの銀だこも、食べてみたら意外にイケるローソンの冷凍たこ焼きも、どれも好きだ。

最近仕事で大阪に行く機会が増えた。こないだは新幹線乗車ギリギリまでたこ焼きのテイクアウトを買うために走り回り、結果、たこ焼きとさば寿司という謎の組合せになったこともある。

さて、今日も大阪だ。打合せを終え、夕方、大阪から新潟に移動する。伊丹空港。どうにもお腹が空いたのでたこ焼きが食べたい。新潟ではきっとたこ焼きは食べられないだろう。というか食べちゃだめだろう。今日新潟で食べるたこ焼きは、モンゴルでピザを食べるようなものなのだ。たこ焼きが食べたいって言ってるじゃないか。たこ焼き、たこ焼き。

保安検査口を通る。搭乗まであと40分。そして搭乗口の9Aの目の前に、たこ焼き屋さんがあるじゃないか。小さな奇跡。賢者の贈り物。忘れかけた夢。
いつもがんばってるもんね、とオクトパス神が微笑む。今日はいいのよ食べて、とやさしく囁く。

いざ注文。「えっと、たこ焼きビールセットください。」「ああ、ごめんなさい、次たこ焼きができるまで15分かかるんです。」時計を見る、大丈夫まだあと35分ある。10分前に搭乗口とチケットに書いてある。

引き算。35-15-10=10!
10分もあればいくらアツアツのたこ焼きでも食べれるさ。意気揚々と注文する。「マヨネーズは?」「かけてください」「先にビールを飲みますか?」「はい」席に座り、ビールをチビチビと飲みながらたこ焼きに想いを馳せる。

すると一転、不穏な空気を感じる。春の陽気を感じるクラリネットの音色は今や昔、不協和音に耳を塞ぐノイズとなる。緞帳が一度降り舞台設定が変わる。戦が近いのか、町民が不安がっている。口を閉ざした女王は部屋の隅で泣いている。

「搭乗口9Aの新潟空港行きは、乗り継ぎバスで機内までお迎えします。ただいまよりすべてのお客様は、速やかに搭乗口までお越しください。繰り返します…」

35-15-10..そして、さらに-10
答えは、0だ。タイム・リミット。

ああ、搭乗口からバスに乗る時間をカウントしていなかったのだ!

伊丹空港の設計者を責めたくなる気持ちを抑え、たこ焼きカウンターでいじらしく質問する。「あの、あと何分くらいで出来上がりますか?」「いやあ、5分は。」「ああ、返金、できますか?バス乗らないと…」「はい、申し訳ありません…」

きっと、何度もこんなことがあるのだろう。店員はクールに、瞬時に、返金に応じてくれた。7割ほど残ったビールを返却カウンターに置いて、たこ焼き屋を去った。オクトパス神はもう笑っていなかった。

そこから先のことはよく覚えていない。小型機に乗り大阪から新潟まで。翼の王国。知らない誰かのエッセイ。

そしていま、今日最後の移動で新潟から長岡までの新幹線を待っている。ふと右手をポケットに入れると、返金された580円に指先が触れた。そっか、財布に入れることすら忘れていたんだね。

もしも、出会っていなければこんなにつらい想いをすることはなかった。冬のある日に起きた、出会いと別れのたこ焼きものがたり。

新潟、雪がちらついてます。

#日記 #エッセイ #たこ焼き

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