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BPM READING(心拍数で本を選ぶこと)

ブックホテル「箱根本箱」の仕事で、お昼から箱根に来ている。今日の最初の仕事は、アプローチからエントランスまでの掃き掃除だ。

落ち葉を集めるため、ザッ、ザッとほうきを動かしていると、少しずつ無心になってくる。一定のリズムを意識して、腰の入れ方なんかも工夫していく。ほうきで掃いてちりとりでまとめ、ゴミ袋に落ち葉を入れる。その行為を同じテンポでやるように意識していたら、はっとBPMのことが頭に浮かんだ。

1分間に何拍あるかを表す「ビート・パー・ミニッツ(BPM)」を合わせてDJは曲をシフトしフロアを沸かせていく。BPMのことは音楽の用語だと思っていたが、ふと気になってBPMの語源を調べると、音楽のテンポだけではなく、一分間の心拍数もBPMと呼ぶのだそうだ。これは知らなかった!(その瞬間、ああ、こないだユーロスペースで見た「BPM」という映画は、心拍数のことを言っていたのかと、ひとりごちた)

むむ、待てよ。

では、「読書」をBPMで捉えるとどうなるのかと考えてみる。落ち葉を掃きながら、思考はぐるぐるとまわっていく。

本のジャンル分けは今まで、文芸、実用書などのカテゴリで分かれていたが、読書中や読後の心拍数でカテゴライズされている切り口は(少なくとも僕は)見たことがない。

これを仮に、BPM READINGと呼んでみる。

レイモンド・カーヴァ―の短編で感じる”しん”とした読後感と、ユリー・シュルヴィッツの絵本「よあけ」を読んだ時の静かな感動は、ある意味似ている。

こんまりの片付けの本を読んで感じる興奮と、東野圭吾のトリックのカタルシスは同じ心拍数かもしれない。

植田正治の写真集と、ディネーセンの「バベットの晩餐会」の優しさは、僕には同じものに感じる。

BPM READINGは、本のジャンルではなく心拍数で捉えるもの。ふつうこんまりの横に東野圭吾は来ないけど、BPM READINGならあり得ちゃう。これ、けっこう本の新しい見せ方なのかもしれない。(もう誰かがやっているかな、そうだとしたらすいません)

読書会のイベントで本と音楽のトーンを合わせる、ということは想像しやすいけれど、心拍数でカテゴライズし提案する、というのはなかなかない。

うーん、どうなんだろう。誰か、すでにやっているのかな。完全に思いついたばかりのことを、超生煮えのまま、忘れないうちにここに残しておきます。

#日記 #エッセイ  


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