足湯に行きたい


ちゃぷ…ちゃぷ…。

ちゃぷ…ちゃぷ…。


「ねえー!そっち行ってないー?」

なにか失くしたらしい姉が遠くで叫んでいる。

「来てないよ〜…」

一応ぼそりと答えた。
聞こえてないだろうけど。


ちゃぷ…ちゃぷ…。


どんくさいのだ、姉は。
せっかく2人で旅行に来たのに、探し物で足湯すら堪能できない。

温泉に行きたいと言ったのは姉だ。
ストッキングを履いてきたくせに、足湯に寄っていこうと言い出したのは姉だ。

脱いでくるからと公衆トイレに行ってしまうから、私は仕方なく1人足湯をしているのだ。

私にとってはこんなもの、ただのお湯でしかないのに。


ばしゃっ。

勢いよく蹴りあげると、思った以上に大きな飛沫が上がった。


探し物を諦めたらしい姉が私の傍まで歩いてきた。

「見て、生足」
「そうだね」
「なんか怒ってる?ごめんて、お待たせ」
「…………」
「おねーちゃんもはーいろっ」


ちゃぷちゃぷ…ちゃぷ…。


「はあ〜、あっつ〜!」

足をお湯に浸けるやいなや、立ったまま私に訴えかける姉。
私は黙って景色を見ているふりをした。

普段から姉は私が答えなくても話し続ける。
私と少し距離を置いて、姉は腰をかけた。

「夏は冷たいほうがいいね、これ」
「…………」
「前に来たときは冬だったもんね」
「…………」
「覚えてない?ほら、2人とも大学生の頃にお母さんと来たじゃん?」
「…うん」

なんとなく姉の顔が見れなくて、交互に揺らしていた自分の足を見た。

お母さんはきっと、こうして姉妹2人で旅行するようになる未来なんか想像してなかっただろう。


「さっきなに探してたの」
「え、みかんだけど」
「…みかん?」
「そ。夏みかんになっちゃったけど」
「…………」
「前に来たとき、ここでみかん食べたいねって言ってたから」
「炬燵かよ」
「ふふ、前も言ってたねそれ」

ふと姉の横顔を盗み見ると、姉は細い目をさらに細めて海の向こうを見ていた。
きらきら光るのは波の反射だろうか。

「…あ」

何かに気づいた姉が目を見開いたので私はまた顔をそらした。

「みかんここに浮かべたんだった」
「……は、なにそれ…っ」

姉の指差す方に目を見やると、夏みかんが2つぷかぷか浮いていた。
吹き出す私につられて姉も笑った。


「柚子湯みたいだよねぇ」


笑いながら言った姉の声が、お母さんみたいだった。