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【小説】アイツとボクとチョコレート【12話】

12話 止められない!


【Side:ミツハ】

 10月、文化祭当日。学校中がお祭り騒ぎだ。
 しかし悲しいかな、私は業務上、保健室を離れるわけにはいかない。代わる代わるやってくる保健委員の生徒たちから貰う差し入れのおかげで、辛うじて文化祭に参加している感を得られているけれど。
 そもそも私は文化祭を楽しむために人間界に来たわけじゃない。そう言い聞かせるものの、本来の目的達成が絶望的な今、やはり少々寂しくはあった。

「ミツハ先生、お昼食べました?」
「吉武先生! お疲れ様です。もうそんな時間なんですね」
「ってことは、まだよね。ご一緒してもいい?」 
 
 吉武先生は手にしていたランチトートから、かわいいサイズのお弁当箱を取り出す。赴任の日以来、吉武先生は何かと私を気にかけてくれる。私は吉武先生のことがすっかり好きになっていた。

(森にいた時の仲間が人間だったら、こんな雰囲気だったかも)

 私も朝買ってきておいたサンドイッチとパックの野菜ジュースを冷蔵庫から出し、吉武先生の向かいに椅子を移動させる。

「いただきます。……あら、ミツハ先生それだけ?」
「ええ。今日は委員の子たちが色々買ってきてくれると
 言っていたので、少なめにしてて」

(……本当はずっと食欲なんてないんだけどね)

「それならよかった。健康は『食』からだもの!」

 保健の先生相手に偉そうに言っちゃった、と吉武先生が苦笑をする。いえいえと笑顔で返しながら、ひと口だけ食べたサンドイッチをパックに戻した。せめて薬だけは飲もうと、バッグの中の定位置を探る。

(えーっと、いつもこの辺に……ん? あれ?)

 鞄の中身を全部机の上に取り出す。ない。白衣のポケットをひっくり返す。ない。服のポケット、ない。引き出し、ない。ない。ない――ない!!

「ミツハ先生、どうしたんですか? 顔色悪いですよ」
「いつも飲んでる薬がなくて……このくらいの巾着袋に入った……。
 どうしよう……。吉武先生、後、御願いします!」
「え!?」

 保健室を飛び出すと、勢いで靴が脱げた。拾って履き直そうとしたけれど、うまくいかない。

(まずい……もう始まってる!)

 文化祭でごった返す廊下を、生徒たちを押しのけるようにして走る。ストッキング一枚のまま、時に転びそうになりながら階段を昇る。見覚えのある生徒を見つけて、その肩を掴んだ。

「ごめん! 放送室ってあっちだよね?」
「うわ、先生!?
 は、はい、突き当りを曲がって隣の校舎の真ん中あたりです」
「ありがと!」

(どこかで落としたのかもしれない。
 放送で探してもらえば、見つかるかも……!)

 私は何とか間に合えと、広い校舎を走りに走った。

「今のミッツじゃない? 裸足でなにしてんだろ」
「元々背高いけど、あんなにデカかったっけ?」

 すれ違い聞こえる声に、焦りが増す。見た目にも現れ始めてるんだ。
――『ドラゴン化』が。

 人間界に戻る前、私はお父さまからドラゴン化を止める薬を渡されていた。それから今まで、1日も欠かしていない。そんな大切な薬を、あろうことか失くしてしまったのだ。
 人間体からドラゴンに戻るまでの時間は個体差が激しいという。私の場合どうやらかなり速い方らしかった。

(――あった! 放送室!)

 私はノックをする余裕もなく、そのドアを開いた。

「落とし物放送をお願い!」

 生徒たちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、私を振り向いた。

**

 ――放送してもらってから、数時間。身を隠していた空き教室で、膝を抱えて震える。
 全身が痒くてたまらない。特に手足の掻痒感そうようかんといったら、ともすれば気を失いそうなほどだった。それもそのはず、ドラゴンの皮膚は鱗に覆われている。その鱗が現れようとしているのだ。
 耐えきれず搔きむしったふくらはぎは、ストッキングが破れ、血がにじんでいる。掻きむしる手は手で、爪が伸び、凶器になりかけていた。
 
(どうしよう……こんなところでドラゴンに戻ってしまったら)

 私の体は、この校舎よりずっと大きい。間違いなくこの天井を突き破り、建物ごと破壊してしまうだろう。ベル様の、そして多くの生徒や先生たちの大切な学び舎を台無しにしてしまう。それだけは絶対にいやだ。

(もう、あれしか方法はない……)

 白衣のポケットに手を突っ込み、冷たい感触を確認する。もうひとつお父さまに渡されていたもの――拳銃だ。この恐ろしい武器は、一撃でドラゴンを殺すために作られたもの。私が死ねばドラゴン化も止まる。人間の姿のまま死ねば、誰にも迷惑をかけることはない。

「ぐ……っ、ぁあああっ!」

 私は手の爪を一枚、力任せに剥いだ。

(ベル様、何もお役に立てなくてすみません。
 でも私がいない方が、ベル様は幸せかもしれませんね……)

 爪は、赤い銃弾に変わる。

(保健室のみんな、急にいなくなってごめんね)

 死ぬのは怖い。でもドラゴンは死ねば天界に召されるから。そこはとても平和で美しい世界だから。自分に言い聞かせて大きく息を吸い込んだ。
 その一瞬の静寂に、何の前触れもなく教室のドアが開いた。

「アンタが探してたの、これ?」

 小さな巾着をひらひらと掲げて現れたのは――

「ベル様!! どうしてここが……」
「残念だけど、中身はなくなってたよ。今頃どこかで売りさばかれてるかも」
「売る……!? アレはそういうものじゃありません!」
「だろうね。アンタがおかしな薬やるとは思えない」

 心臓が、強く脈打っている。
 ベル様が来てくださった。倒れられてからずっと会えていなかったベル様が。
 だけど状況は依然、絶望的。私はドラゴンになるか、死ぬしかない。

「探してくれたんですね……。ありがとうございました」
「他人の薬隠すなんてクズでしょ。命に関わる人だっている」
「ベル様……」

 涙が出そうだった。1000年経っても、末裔でも、ベル様は他人を想う優しい心の持ち主なんだ。

「で、その銃はなんなの?」
「……私、これから死ぬんです」

 どうして?――ドラゴンになるから。
 ドラゴンになったらどうしていけないの?――校舎を壊すから。
 校舎が壊れたからなんなの?――ベル様の大切な場所がなくなるから。
 矢継ぎ早の質問に答えると、ベル様はきょとんとして、それから何故か笑い出した。

「あははっ、死ぬ意味なさすぎ」
「わ、笑わないでください! 私は真剣に言ってるんですよ!」
「なればいいじゃん、ドラゴン。
 この学校老朽化してるし、壊したくらいでちょうどいいよ」
「よくありません!」
「……ったく、面倒くさいなあ」

 大げさなほどのため息とともに、ベル様はスマホをいじり始める。大事な話をしてる時にスマホなんて! ベル様は優しいけど、少し意地悪だ。

「あ、すいません。今文化祭やってる『龍花たちばな高校』なんですけど――
 そうです、旧校舎の裏門にお願いします。なるべく急ぎで。
 それじゃ失礼します。――えーっと、あとは……」

 電話の後は、何やらメッセージアプリを起動しているようだった。質問をしようとすると、「後で」とでもいうようなジェスチャーで制止される。

「……よし、準備完了。もう喋ってもいいよ」
「あの……今のは一体?」

 するとベル様は、愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべて、信じられないことを言った。

「今からボクと、ホテル行こ?」

>>13話につづく


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