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【小説】アイツとボクとチョコレート【4話】

4話 鍵のひみつ


【Side:ミツハ】

「ミツハ先生、気分はどう? 起き上がれそう?」
「……はい、もう大丈夫です」
「よかった。はい、お水」

 吉武先生から手渡されたグラスの水をごくごくと飲み干す間に、ぼんやりしていた意識もずいぶんスッキリしてくる。

「新しい学校だから、緊張してたのかもね」
「あ……はい。そうかもしれません」

 話を合わせてみたものの、実際のところ私は興奮のあまり失神したのである。ここに来た目的である『ベル様』に、赴任初日、しかも出勤早々に会えるなんて誰が想像できただろう? 落ち着けというほうが無理な話だ。
 ただ、時間が経って少し落ち着くと、疑問も同時に湧いてきた。
 どうしてベル様は早朝の保健室にいたのだろうか?
 まさかとは思うけど、私が来ることを知って……!?
――いや、そんなはずはない。倒れた瞬間のベル様のお顔を、私は覚えている。あれは完全に他人を見る時の顔だ。

「あの、吉武先生。ベルさ……鈴野べるのさんのことなんですけど」
「ああ、びっくりしたでしょう。私もホント驚いたわ~」
「で、ですよね!」
「なんと彼、こっそりここの合鍵をくすねてたんですって」
「……? あ、そういうことですか」

 どうやら保健室の鍵というものは、通常、職員だけが持ちうるものらしい。吉武先生が驚いたのは、ベル様が鍵もなしに保健室に入ったと思ったからだそうだ。

(私と同じ理由で驚くわけないか。まだ頭が混乱してるな)

「ところでミツハ先生は、ビックリしないんですね」
「いえ、驚いてますよ! だってまさか中に誰かがいたなんて」
「やだわ、その話はもう終わったでしょ。そうじゃなくて、
 今わたし、鈴野べるのさんのこと『彼』って言ったんだけど」
「? 鈴野べるのさんは男性ですよね」
「そうよ~。でもパッと見、女子生徒と見分けがつかないでしょ?
 会ってすぐ倒れちゃったのに、よく気がついたわねぇ」
「あ、そのことですか。それは――」

 匂いが違うから。――そう言いそうになって、私ははっと口をつぐむ。

(こんなこと言ったら、怪しまれるに決まってる!)

「それは?」
「ええと、声が……知り合いの男の子に、似てたので」

 目をぱちくりする吉武先生を見て、苦しい言い訳だったかと、私は次の句を必死に考え始めた。

「あらぁ、素敵! そんな偶然ってあるのねえ」
(信じてもらえた!)

 吉武先生は何でもポジティブに捉える性格らしく、ほっと息を吐く。

「あの、今何時ですか?」
「お昼ちょっと前。お腹が空いてるなら、何か持ってこようか?」
「いえ、大丈夫です。それよりなんだか胸がいっぱいで……」
「あら大変! もうちょっと寝ておいた方がいいかもしれないわね。
 今日の業務は他の職員で回すから、心配しないで」
「……本当にすみません」
「いいのよ。元気になってから頑張ってくれれば。
 幸い、保健室通いの子たちも今日は様子見で来ないと思うし」
「保健室……通い?」

 聞き慣れない言葉に、思わず目を瞬かせる。

「前の学校には、そういう子いなかった?」

 もしかして一般的なことなのか――知識不足に冷や汗がにじんだ。

「そう……です、ね」
「そういう学校もあるのねぇ」

 吉武先生の話を聞く限り、何らかの事情で教室に顔を出すのを嫌う生徒が、避難所のように保健室に集まることがあるらしい。

(学校の基本的な知識はお父さまから授かったけど、これは知らなかった。
 覚えておこう)
「うちでは毎学年、そういう生徒が何人かいてね。
 怪我の手当ても仕事だけど、子どもたちの心のケアも大事なのよ。
 繊細で手がかかるとは思うけど、いい子たちばかりだから、
 きっとミツハ先生にも懐くと思うわ。よくしてあげてね」
「はい」
「もちろん、鈴野べるのさんのことも」
「……え?」
「それじゃ、ごゆっくり」

 ベッド脇の清潔なカーテンが、シャッと音を立てて閉じられる。

「吉武先生!」
「はいはい、見送りはいいからね~」
「そうじゃなくて……!」

 ゴロゴロゴロ、カシャン。古めかしい引き戸が閉まる音。

(え?)

 ぽつりと残されたのは私。そしてクルクルと回る疑問符。

(つまりはベル様も……保健室通い?)
(と、いうことは……)

「これはチャンスかも……!」

 そう、チャンスだ。2重の意味で。
 まずひとつ。ベル様はまた保健室に来てくださるかもしれない。
 そしてふたつ。ベル様にはきっと何かお悩みがある。
 ――お悩みを解決すれば、恩返しになる!

(ベル様のお悩み、ミツハが解決させていただきます!!)

 だって私はベル様に命を助けられた時から決めてたんです。大人になったら絶対、恩返しをするって。たとえそれが千年後になったとしても、その時はベル様の血を濃く受け継ぐ方へって。

(ああ、ベル様! ミツハはもう待てません!)

 思わすベッドの上に勢いよく立ち上がる。
 すると低めの天井に、したたかに頭を打ち付けた。

>>5話につづく…


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