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ウェルビーイングなコミュニティ―「ゆるいつながり」とは

コミュニティのウェルビーイングを考える三回目の記事である。

自殺希少地域を研究した岡檀(おかまゆみ)さんという研究者の本『生き心地の良い町:この自殺率の低さには理由(わけ)がある』(講談社)という本がある。日本の中でも極めて自殺率が低い町(徳島県旧海部町)で「自殺予防因子」を研究した本である。

一言で言えば、その町の特徴とは「ゆるやかな紐帯(loose bonds)」であった。もっと分かりやすく言えば「ゆるいつながり」だ。

具体的に言えば、隣近所の付き合いは「挨拶程度」。アンケート調査では、立ち話やすれ違いに挨拶する程度が8割を占めた。一方、「日常的に生活面で協力し合っている」と答えた人はわずか16.5%だった。この町には、近所付き合いにほどよい距離感があるようだ。

もう一つの特徴は、他人の評価が「人物本位」であるということだ。家柄や職業上の地位、肩書で評価しない。人の生き方の多様性に寛容であるということだ。これは、前回の記事で書いたウェルビーイングなコミュニティの特徴である「寛容性」とも通じる。また、この町の人は「右へ倣えを嫌う」という傾向もあった。他人に縛られることなく、自由な生き方が許容されている結果であろう。

一方、旧海部町の相互扶助のあり方は「病は市に出せ」という言葉に表れている。悩みやトラブルは抱えずに、自分から周りに打ち明けてね、そうすれば遠慮なく助けるからという意味である。調査結果では、他人の評価が「年功重視」型(人物本位型とは逆に、年功・家柄・肩書で評価する傾向)の人ほど、他人に援助を求めるのに抵抗を感じるという結果が出ている。この町の人は、困ったときに助けを求めるのも比較的容易であり、周りも援助する準備ができているのである。

「おせっかい」という言葉がある。要らぬ世話を焼くというややネガティブにも捉えられる言葉であるが、ウェルビーイングな町の特徴として、ほどよい「おせっかい」があるのではないだろうか。他人に必要以上に立ち入らず、自由な生き方を許容しつつ、「病は市に出せ」とばかりに、困った人がいるときにいつでも援助を差し伸べる。そういうコミュニティである。

先日、私が今住んでいる鳥取県大山町において、「おせっかい」をテーマとした勉強会を開催した。参加者は地域活動をしているキーパーソン(民生委員、集落支援員、福祉関係者など)であった。強く印象に残ったのが、この町でも、「ほどよいおせっかい」が多数存在するということだった。「夏になると大量にカブトムシをくれるおばちゃん」がいたり、頼んでもいないのに「勝手に雪かき・草刈りなどをしてくれるおじちゃん」が周囲にいたのだ。

「勝手に雪かきをしてくれる」というところに、ほどよい距離感を感じる。「雪かきしましょうか」と声をかけると余計な心理的負担をかける。日本人とは他人に迷惑をかけるのを嫌がるので、そう言われると遠慮してしまうのだ。だから、声をかけずに「勝手に」雪かきや草刈りをやってくれる。

実際、この町に住みはじめて2年ほどになるが、今までそうした「ほどよいおせっかい」をたくさん受けてきた。ある日、玄関に大量の野菜が置かれていたり、庭作業をしているときに隣のおばあちゃんが、庭仕事の道具を持ってきてくれたことがあった。それでいて、ほどよく「放置」してくれている感じがある。「この集落の人はお互い無関心だよ」と聞いたこともある。「関心」を持っていてくれると感じるが「監視」されている感じは受けないのである。

ゆるいつながりをもつコミュニティの特徴として、ほどよいおせっかいがあり、互いの多様な生き方に対する寛容性があり、監視ではなく関心をもつような関係性があるのではないだろうか。今、大山町に住んでいて、この町もそうした特徴を持つコミュニティではないかと感じるのである。


参考文献

1. 岡檀. 生き心地の良い町:この自殺率の低さには理由(わけ)がある. 講談社, 2013.

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