大学生バックパッカーが見た、パレスチナ自治区ヘブロンで起きている終わりの見えない対立と小さな希望。

どうも、将来の事から普段コンビニでどのおにぎりを買うかにも迷っている、とにかく迷いまくっているそらです。

 何の記事を書くか迷っていて、気がづいたら1ヶ月の月日が経ってしまいました。

色々と迷うに迷った挙句、今後死ぬまでに決して忘れることはないであろう、これは人に伝えなければいけないと使命感に駆られた旅の一コマを、1つ目の記事として、シェアしたいと思います。

(かつて賑わいを見せていたという商店街。立ち並ぶ商店の扉は今は閉められており、閑散としている。付近を歩く多くは、街を警備するイスラル兵。そこにパレスチナ人の姿はほとんどない。)

昨年の年末、イスラエル・パレスチナ自治区を旅する中で、ヨルダン川西岸パレスチナ自治区に位置する最大都市ヘブロンという街を訪れました。

僕がこれから、ここに記す事はあくまで現地に住むパレスチナ人の人権活動家の方から聞いた話に基づく、パレスチナ人の側から捉えた、パレスチナ問題であり、イスラエル入植者の話を聞く機会はなかったため、客観的と言えるものではないと思います。

しかし、パレスチナ問題を知る上で、現地に暮らし生活を営んでいる人々の置かれている現状を知る事は、この深い、終わりの見えない問題を理解する上でとても、意味のある事だと思い、ここに記録を残そうと思います。

遠く離れた地で起きている日本と全く関係のない地で起きている問題とは思わずに、パレスチナで今起きている問題に、少しでも興味を持つきっかけになっていただけたら、幸いです。

1948年にイスラエルが建国されてから続く、パレスチナ人とユダヤ人の対立は現在も解決の糸口が見出されていません。そうした対立の一つの大きな要因となっているのが、当記事で紹介するユダヤ人入植地を巡る問題です。

イスラエルは、ヨルダン川西岸地区を中心に、ユダヤ人居住区の建設を、国際法に違反しているのにも関わらず、国策として推し進めてきました。イスラエル政府の国際法を無視し、パレスチナ人を武力を盾に彼らの居住地から排除し、入植地建設計画を進め続ける姿勢は、新たな憎しみを生み、対立を更に煽り、結果として、当問題の平和的解決を遠ざけることに繋がっています。

ここヘブロン旧市街は、そうした入植地建設の最前線に位置し、現在も度々イスラエル軍と入植地政策に反対するデモ隊との間で度々衝突が起こることで知られています。

旧市街には、旧約聖書に登場する預言者アブラハムの墓があると言われているマクペラの洞窟があり、ユダヤ教とイスラム教の聖地としても有名で、毎年多くの巡礼者が訪れます。こうした聖地としての歴史的重要性があるが上に、イスラエルはこの地における入植地建設を推進してきたという一面があります。

そうした歴史的に価値も高いヘブロンは、昨年ユネスコにより世界危機遺産に登録され、話題を呼びました。ちなみに、イスラエルはユネスコの決定に強く反対し、拠出金を削減することを表明。昨年10月には同盟国アメリカとともにユネスコからの脱退方針を表明するに至りました。

(マクペラの洞穴)

ヘブロンへは、ホステルで出会ったスペイン人の旅人と、イェルサレムの中央バスターミナルからバスに乗り、向かいました。男女ともに徴兵が義務づけられているイスラエル。バスターミナルでは、徴兵先に向かうのであろう同年代の若者を多く目にしました。

イェルサレム中心地から、乾燥した大地をひたすら走るバスに揺られ約1時間半ほど乗ったところで、ヘブロン近郊に位置する街に到着。

ヘブロン近郊のイスラエル側の町から、更にバスを乗り継ぎヘブロン旧市街を目指す予定だったものの、バスがなかなか来なかったため、地図をみて30分ぐらいで歩いて行けそうな距離だったので歩いて向かう事に。

(ヘブロンヘ向かう道中、こうした六芒星が描かれた落書きを街の至るところで目にした。)

道中道を聞いた人に”歩くのは危険だからやめろ”と言われた為、頭の中に常に恐怖感がよぎっていたものの、幸い危険を感じる事なく、途中いくつかの検問所でのパスポートチェックを通過し、無事、ヘブロン旧市街に到着しました。

現地では、人権活動家として活動しているパレスチナ人の方の案内で街をまわり、イスラエルサイドとパレスチナサイド両方からヘブロンの現状について説明を受けました。

銃を持つイスラエル兵が立ち並ぶ重々しい検問所を抜け、パレスチナ側に入るとそこには、僕たちが普段暮らしている日本で見られるのと同じ、子供達の笑顔があり、人々の笑い声、果物を売る人、肉を売る人など、ごく普通の日常の風景がありました。

 (パレスチナサイドの、商店が立ち並ぶ通りにて。)

ハローと言いながらハイタッチしてくる子供達、一緒に写真を取ろうと寄ってくる陽気なおっちゃん、店先でお茶を出してくれたおばさん、ガイドが終わった後に家に連れていってくれご飯をご馳走してくれた人権活動家の方の家族、こんなにも人の暖かさ、優しさを感じる街は今までになかったと思えるほど、心地よく、優しい空気に包まれた街の印象が、今も鮮明に頭の中に残っています。

(検問所。) 

 (パレスチナ人居住区を囲む壁。壁の向こうには、パレスチナ人の日常がある。)

一方、街のそうした陽気な空気とは裏腹に、銃を片手にパトロールするイスラエル兵士、街の至る所に置かれている検問所、監視カメラと壁に囲まれた街にはどこか重苦しさを感じます。

ここヘブロンは、イスラエル軍の監視下に置かれているパレスチナ人居住区(H2)、パレスチナ人自治区の支配下にあるパレスチナ人居住区、そしてイスラエルによる入植によって築かれたユダヤ人居住区に分かれています。

(検問所。外では照りつける太陽が眩しく、蒸し暑さを感じるが検問所内はどこか、冷たく重々しい空気が漂う。)

ユダヤ人居住地と隣り合わせのH2は、イスラエル軍の厳重な監視下に置かれ、そこに住む子供たちは学校に行くのに毎日検問所を通らなければなりません。

また、H2で商店を営んでいると、ある日突然、銃を持ったイスラエル兵に「今日からお前の店を閉鎖する。もう商売はできない」と言われ、強制的に移動され、店を追われることもあると言います。

イスラエル兵は、突然、銃を持ち現れ、問答無用にパレスチナ人の住居を占拠し、彼らを追い出します。

抵抗したものは、連行され、収容所に入れられたり、時に拷問を受けます。それが、ここヘブロンで実際に起きている事なのです。

 (ユダヤ人大学近くにて。かつてパレスチナ人の学校として使われていた校舎は、イスラエルの入植政策により奪われ、現在は、過激なユダヤ思想をユダヤ人の学生に教える大学へと形を変えていました。)

イスラエル居住区からほど近い場所に位置する、商店の立ち並ぶ通りの上を見上げると、そこにはユダヤ人入植者による投石などの嫌がらせから身を守るためのフェンスが張り巡らされていました。

多くのパレスチナ人が、そうした嫌がらせを避けるため店を閉め、他の場所に移転していく中、一部のパレスチナ人は店を守ろうと今尚、営業を続けています。

(ユダヤ人居住区側に位置するパレスチナ人の家のベランダにも、投石などの嫌がらせを避けるためのフェンスが設置されていた。)

街で出会った多くのパレスチナ人は、状況は悪くなるばかりと口を揃えます。

つい最近にも、トランプのイェルサレム首都宣言に反対するデモがあり、イスラエル軍との衝突の中少年が逮捕され、イスラエル軍による取り調べ中に暴行を受け、帰ってきたという話をマーケットの店先で出会ったおじさんが、その当時の衝突の映像を交えて話してくれました。ヘブロンに店を構える人の多くは、商品を売るためというよりかは、現状を知って欲しいという思いで観光客に話しかけてくる人が多いように感じました。

YoutubeでHebronと検索すると、イスラエル軍によるパレスチナ人デモ隊に対する過剰な鎮圧を捉えた映像が数多くアップロードされており、それらを見ていると、ここは治安が安定した地域ではないと改めて気づかされます。

https://www.youtube.com/watch?v=N9vSJeFvWcU

ちなみに、ここヘブロンは外務省の海外渡航安全情報でも、レベル3(渡航中止勧告)が発令されている地域に属しているため、治安の面で非常に不安定な地域だとされています。そのため、渡航の際には、現地の最新情報を確認した上でできる限り、細心の注意を払ってください。

(検問所近くで和やかに会話をするイスラエル兵たち。)

イスラエル兵にも、もちろん守るべき大切な家族がいる。

ヘブロンに行く途中、同年代の兵士に話しかけられ、一緒に写真を撮り、少し立ち話をしました。ニュースで暴力的な兵士として描かれる彼らは、世界のどこにでもいる、ちょっとお調子者で笑顔が絶えない、僕らと同じ若者でした。

国を守るという役目を負い、誇りを持って任務にあたっている彼らを前に、イスラエル兵によるパレスチナ人に対する暴力について、批判する事はできませんでした。

国家という巨大な権力が決めた方針に従って任務にあたっている彼らに、大きな責任があるとは言い難いような気がしてしまいます。いつも、汚い役目を負わされるのは、一般の国民です。特に、徴兵制があるこの国において、国家権力に対し、「私たちがやっている事は間違っているから、僕は私は、徴兵を拒否する」なんて言えるものではありません。

平和への小さな希望の兆し

パレスチナ人の権利を顧みず、力を背景に入植政策を推し進めるイスラエルと、それになすすべなく、銃を持つイスラエル軍に投石などで抵抗するパレスチナ人との間に、平和が入り込む隙間は一見ないように感じられます。

しかし、徴兵を終えたイスラエル兵の中には、イスラエル軍の自国民を守るという名目で武器を持ってパレスチナ人を威圧し、時に暴力を正当化してきた事に対して疑問を持つ人々がいました。

https://www.breakingthesilence.org.il

そんな彼らが立ち上げた団体が、"BREAKING THE SILENCE"。

元兵士である彼らは、その名の通り、沈黙を破り、西岸地区起きている現状について自らの兵役体験を語る事で、イスラエルでタブーとされるパレスチナ人に対する弾圧、不当な暴行に対する批判を声高に叫び、イスラエル世論に問題提起を行い、抑圧的な政策によって苦しむパレスチナ人を救おうと活動しています。

彼らは実際に自らが勤務についた地域で、証言を交えたツアーも行なっているので、イスラエルに行くことがあり、気になる方は彼らのホームページでツアーの日程を確認し、ぜひ参加して話を聞いてみてください。

2年ほど前、1ヶ月ほどヨーロッパを周遊していた時、西欧、東欧のほとんどの都市に、シナゴーグがあり、ユダヤ人差別の歴史を後世に残すために建てられたユダヤ人資料館があったことは、当時、ユダヤ人の歴史について無知であった僕にとって、とても印象的でした。

歴史上、何度も迫害を経験してきたユダヤ人。

歴史が複雑なのは、歴史上、数々の虐殺や、差別、迫害に苦しめられてきたユダヤ人たちの国家イスラエルが、現在、イギリス、アメリカと並んで世界で最も好戦的な国の1つとして、数えられている事。

4年前の大規模なガザに対する侵攻によって、ガザに住む多くの一般市民が殺され、負傷し、住居を奪われたニュースはまだ記憶に新しいと思います。

いかに、歴史における、暴力の連鎖を断ち切っていけるのか。

私たちは、平和な国に暮らす1員として、こうした人類が抱える大きな地球規模の問題に少しでも真剣に向き合わなければいけないと思います。たとえ、私たちの生活に直接関係ないとしても。

国連安保理の場において、拒否権を行使しイスラエルを擁護し、多額の資金援助を行なっているアメリカの、親しい同盟国である日本にとって、パレスチナ問題は、全く関係のない問題とは言えない面が少なからずあると思います。

この記事を読んで、少しでもパレスチナで今リアルタイムで起きている問題について、興味を持つきっかけになってもらえたら、幸いです。

最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

(ユダヤ人居住区近くの幼稚園を通りかかったら、子供達がこちらへやってきた。)


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