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路地裏のふたり

ウルダハの雑踏の中、わたしはちらりと後ろを振り向く。行き交う人々の合間、あたりを見回しながら迫ってくるいかつい男たちが目についた。追っ手はまだ引き離せていない。

「ソフィア、こっち」

すぐ横にいたイズミさんがわたしを呼び、手を引いてきた。わたしたちは雑踏をかきわけ、路地に飛び込んだ。広げた両手ほどしかない細く薄暗い路地裏で、イズミさんが外套を取ると白い角が顕になった。首を回し、あたりの音に注意を払う。アウラ族のイズミさんは角で音を拾うのだ。

「あいつら、しつこいね」

「そうですね、どうしましょうか」

さる依頼を二人で請けたはいいものの、荒事どころか相手に見つかることすら禁じられた依頼だった。ここまでどうにか逃げ切ってきたけれど、色々あって追っ手が迫っている。

「イズミさん、いつものフックロープで屋上に逃げたりとかは…」

「女二人で屋根の上を走って、通報されないと?」

「で、ですよねぇ」

「どこかに身を隠してやりすごす…かな」

イズミさんは角を掻いて思案している。わたしも何かアイデアをと辺りを見回す。不意に目に入る娼館の看板。よくない言葉をうっかり頭の中で読み上げてしまった。ばか。なにやってるの、わたし。

不意にイズミさんが来た道をみやる。私もそっちに目を向けてみた。まだ人影は無かったけど、そろそろ追っ手がここを通るような気がした。

ふと、イズミさんの横顔に目をやる。道の狭さもあって、手を伸ばせば触れるような近さだ。うっすらと残るいくつもの傷や欠けた鱗は修羅場を潜ってきた戦士のそれだけど、その肌はとても透き通っていた。アウラ族特有の光る虹彩がいつもより艶やかに見えた。イズミさん、元々お綺麗な方だけど、なんだか今日は、特に——

「ソフィア、ごめん」

「わっ?」

不意にイズミさんがわたしを壁に押し付けて来た。紫の瞳がわたしをじっと見据えている。白い角がわたしの顔に触れそうな距離。恋愛小説で殿方が迫ってきた時のような体勢だった。

「あっ、あの、イズミさん?」

「黙って」

イズミさんは更に顔と体を押し付けてきた。重なる胸の感触に、わたしは何も考えられなくなりそうだった。あのあのあの、イズミさん、どうしたのですか。い、いけませんよ。というか、わたしの鼓動の速さが伝わってないかな。あ、あの、こんなところで、あの。

イズミさんの細い指が動き、わたしの顔に触れた。ぞくりとした感覚が背中を走る。指はすっと頬を撫で、わたしの唇に——

「もがっ」

——飴玉を差し入れた。甘い。

イズミさんも同じように飴玉を口に含み、徐に舐め始めた。途端に、目の前のイズミさんの存在がぼやけ始める。それはわたし自身も、同じだった。ぼやけたイズミさんがわたしの身体をゆっくりと抑える。わたしはされるがままに腰をかがめた。

ぼやけ具合が極まった頃、追ってきていた男たち数人がわたしたちのすぐ隣を通り過ぎていった。わたしたちの事はまるで見えていないようだった。彼らが通り過ぎても、わたしたちは息を潜めていた。

「……ステルス向上、月隠がちいんの飴だよ」

イズミさんがぼそりとつぶやいた。

「えぇと、時々おっしゃられる、アシナの特産品ですか?」

「そんな感じ」

「さっ……さすがですね」

わたしは上の空で返事をした。そうこうするうちに飴の効力が切れ始め、わたしたちのぼんやり具合は薄れていった。イズミさんの端正な顔が再びよく見えてきた。

「撒けたね。行こうか」

「はっ、はいぃっ!」

びっくりするほど裏返った声が口をついた。なに、わたしどうしたの?あぁもう、変なところに紛れ込むから!

「いいいいきましょう!依頼達成です!」

早鐘のような鼓動がぜんぶ聞こえてるような気がする。わたしは気を奮い立たせ、イズミさんに構わず表通りへ戻っていった。

◆◆◆

英雄はあからさまに取り乱した様子で表通りへ歩いて行った。あー、なんかちょっとからかいすぎかも、しれない。

路地裏で盛るカップルの真似事をして追っ手を巻く手口、思い至らなかったわけじゃない。でも、そこで躊躇なくあの娘にそんなことが出来る私だったら、苦労しないんだよなぁ。角ぐらい、くっつけても良かったのに、私は…。

まぁでも、これでいいのかもしれない。今は、とりあえずこれで…。

顔を上げると、細長い青空が見えた。わずかに見えた美しいものを目に焼き付け、私はソフィアの後を追った。

【了】

勢いで書きました。このふたり、しばらくこの距離感だと思います。


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