ペトリコールと桜色

駅ビルには決まってコスメのフロアがある。幼い私はいつも、そこを通るのが苦手だった。厚化粧のにおい。着飾った女性たちの生白い肌。降り注ぐ照明の冷たさ。そのすべてが、息苦しくて仕方がなかった。

「社名にもあるFrostは……こちらの香水は創設者の思い入れがあって……」

 そんな私が、どんな因果か客に香水を売りつけている。ガラス瓶に注がれたそれらには、それぞれ価格と香りのモチーフ……それと販促のため

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傷薬と柿

鎌田さんの家の庭にはひょろひょろのアロエが植えてあって、私はそれをなんとなしに観察したことがある。大部分がのっぺりとした緑色で、先端のみが焦げたように黒ずみ尖っていて、果肉は透明。だからといって必ずしもすべての要素が澄んでいる訳ではなく、ぐじゅっといった具合に崩れて露呈した果肉の表面には埃やゴミが付着していたり、羽虫がその瑞々しい粘液を我が物顔で啜っていたり、結構散々だ。
 重力に従って地面に落ち

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題名のない乙女たち

#百合 #創作百合 #女子高生 #R15

 きらきらとか、ふわふわとか。そういうオノマトペが彼女の周りを飛び跳ねている。遠山サナ。今日も彼女の周りではクラスの中でもかわいい女子が、休み時間ごとに集まっていた。
 「サナ、あの先輩とはどうなったの?」
 「あの先輩?」
 「ほら、バスケ部の二年の、中村先輩。こないだまた話しかけられてたじゃん。あの人絶対サナ狙いだよ」
 「えー、でもあの人ちょっとチ

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【小説】グラデーションの外側

「人間はみんなバイセクシュアルで、同性愛から異性愛のグラデーションのどこかに位置する」

 そんなツイートを見たことがある。

 体の性別はともかく、心の性別もみんな男から女のグラデーションのどこかに散らばっているのだろう。

 うちの職場を眺めていると、そのツイートはおおむね正しい、と思う。

 わたしが勤めているのはデザイン事務所で、その職種ゆえか、心の性別や性的指向がバラエティに富んでいるの

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ライブリー・シスターズ

あたしは不安だった。
 この物語を読むことに、みんなはどう反応するのだろう。
 自分はこの、染谷くんと佐倉さんのうちのどちらになるだろう、と。
 ううん、それよりも……
 この仕事がもしうまく行ってしまったら、愛するサナちゃんと離れ離れになるのだろうか。
 そんなことを思いながら、舞台袖で台本を握りしめていた。

 うちの事務所は、「アイドルになれば何でもできる」というのをポリシーにしていて、この

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証をください

私には何もない。
 若さも、人気も、おっぱいも。
 何もないアイドルなのに、どうして私が選ばれたんだろう。

 芸能界でのキャリアは何年だったっけ。
 私は心が空っぽになるような日をたくさん経験したが、こんなにも……世界がモノクロに見えることはそうそうない。
「藍里ちゃん、お久しぶりです」
「え?」
 その人があまりにも鮮やかだったから。
「あ……朝比奈夏希、さん……ですよね」
「ごきげんよう」

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幼稚の檻

#百合 #創作百合 #年の差

 喪服の似合う人だった。立ち上る蜃気楼の中で見上げた先に、彼女の黒髪と喪服に縁取られた白皙だけがくっきりと浮かび上がっていた。その像は私の網膜に今でも焼き付いていて、ふとした瞬間にフラッシュバックしては私を竦ませる。そこから一拍遅れて巨大なやりきれなさが私の躰を通り抜けて、立ち尽くした私はいつも、皮膚の裏側がいっぺんにささくれだったような気分で茫然とするしかないのだ

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【小説】大人の分別

北川園子先生

二年間、先生にはとてもお世話になりました。ひとことお礼を伝えたくて、この手紙を書いています。
先生も気づいていたかもしれませんが、この高校に入学してからずっと、私は学校生活がつまらなくてたまりませんでした。
流行の動画や男の子の話ばかりしている同級生を内心バカにして、それでいてみんなと楽しくやれない自分が不甲斐なくて。成績さえ良ければ誰にも文句は言われないだろうと、ただひたすら勉強

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【戸惑いと舞い(7)】

予選が開始する。予選からピックアップされた十六名がさらに優勝をかけて戦う。優勝すれば日本代表を決定する本戦に出場でき、それに優勝すれば今度はアジア大会、そして世界大会へとコマを進める。

 私は予選をあがり、そして一回戦目で、元日本代表のダンサーとあたり、ベスト16で敗退した。呆気ないほどの展開に、思考がついていかない。現実はただ過ぎ去る笹船のようだ。

 二回戦がはじまるまで、ほかのダンサーたち

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