見出し画像

STINGY SOUVENIR AND SPECTACULAR SCENERY 3 - Izumi Origins EP2

2-1】【2-2

イズミは数日前の記憶を辿る。黒衣森こくえのもりの奥深くに潜んでいた憎き仇の一柱、妖異グシオン。苦闘の末に討ち果たしたその妖異を、神と崇める集団がいた。逆上し真っ先に斬りかかってきたエレゼンの教祖を、イズミは一太刀のもとに斬り捨てた。殺到する狂信者達も来た順に殺した。あとは新聞記事の通り。

ならばこちらへ近付いてくるあの教祖の男は殺し損じか、ゾンビーか。死体が動き出す事などさほど珍しくもない。——だったら死ぬまで殺すだけだ。イズミは背嚢を下ろし、刀を抜いた。正眼の構え。

ふらふらと揺らめく男とイズミの距離はおよそ10ヤルム。男の身体はボロ布で覆われ、その隙間から痩せた右腕とねじくれた曲刀が覗いている。ふいに男が立ち止まり、虚ろな目をイズミに向けた。僅かな静寂。視界の端で歩きサボテンカクターが動いた。そして男は、叫んだ。

《ミツケタゾッ!!!》

男は目を見開き、弾かれたように飛び出した。つんのめりながら右手の捩くれた曲刀を振り下ろす。しかしその刃はイズミの鱗肌に到達するより速く、男の肘から先ごと斬り飛ばされた。イズミが更にもう一撃加えんとしたその時、男はボロ布を開き左腕を振るった。それは右腕とまるでバランスの合わない太く醜い異様な腕だった。鉤爪のような五指がイズミを捕縛した。

「ぐあッ……!」

イズミは呻めき、もがいた。両腕ごと押さえつけられ、振り解けない。男は右腕から夥しい血を流しながら、左腕でイズミを高く持ち上げた。

「離せよッ……!」

イズミは悪態を吐き、男の顔を見た。虚ろな目がイズミを見て——いなかった。男の眼窩は真っ黒い孔だった。そしてその孔から、ミミズのような触手がうぞうぞと這い出してきた。

《ヨコセ……ヨゴゼッ……!》

男の喉がごぼごぼと嫌な音を鳴らした。口腔からも触手が溢れ出てくる。正気を削る光景を前にイズミは決断し、手袋に仕込んだ仕掛けを作動させた。瞬間、轟音と共にイズミの身体から雷撃が生じ、異形の腕を貫いた。

《ギィィッ?!》

突然の雷撃に、男は捕縛の手を緩めた。イズミはその隙を逃さず脱出。ゴロゴロと転がり間合いを取った。ジャケットの一部が焼け焦げ、ばちばちと火花を散らしていた。雷撃魔法サンダガを内包した魔法弾ソイル

「……離せっつっただろ」

イズミは自らにも流れ込んだ雷撃の痛みを押し殺し、刀を構え直した。呼吸を整えながら相対する男の異様な腕を注視する。記憶にあるグシオンの腕と合致しているが触手を用いてきた覚えはない。ならば新手か、中に潜んでいた別種か。聞いたところで答えはしないだろう。イズミは目の前の妖異に集中した。何も変わりはしない。妖異は仇。死ぬまで殺す。昏い決意を白刃に込め、イズミは突進した。

「でやぁぁぁぁッ!」

《シャアアアッ!》

妖異が勢いよく触手を放つ。その数、三本。イズミは地を這うような前傾で回避し妖異に肉薄。容赦無く首を狙って切上げた。しかし肉を切り裂く感触の代わりに伝わってきたのは鋼の音。異形の左腕が刃を受け止めていた。硬質化。想定内。イズミは弾かれた勢いに逆らわず、ぐるりと身体を捻り斬撃を打ち込み続ける。妖異はそれを頑強な左腕で押し返し、歪み切った口腔から更なる触手を撃ち出した。やじりの如く尖った先端がイズミの頬を掠め、アウラ・レン族特有の白い鱗を削り飛ばした。しかしイズミは怯まず、その口腔に向かって猛烈な突きを見舞う。刃は触手を切り裂き、口腔を貫いた。妖異はびくりと蠢き、怯んだ。イズミは突き込んだ刀身に渾身の力を込め刃を跳ね上げる。エレゼン男性の頭部は真っ二つに割られ、血と脳漿が弾け飛んだ。

尋常の生物であればここで終わりだ。だが、寄生型と思われるこの妖異を滅するにはまだ足りない。更に一撃を。だが、イズミは視界の端で触手が蠢くのを見た。引き戻されている。イズミは追撃を諦め、妖異の身体を蹴って高く飛び上がった。一瞬後、イズミの立っていた場所を歪んだ刃が通過した。斬り飛ばされ、地面に転がっていた右腕と曲刀だった。

イズミは空中で身を捻りながら舌打ちした。着地したらまた斬りかかって——イズミの戦術検討はそこで打ち切られる。妖異の割られた頭部に触手が集まり、捻れた砲身が形成されているのが見えた。闇色の禍々しい輝き。まだ空中にいるイズミは総毛立ち、刀にありったけの剣気エーテルを込めた。防御の構え。

放たれた闇の奔流を刀身で受け止める。熱と衝撃。歯を食いしばり、耐える。奔流の勢いで着地点を大幅にずらされたイズミは街道から外れた草むらに墜落した。奔流は途切れている。イズミは痺れた腕をどうにか動かし、這うように己の身体を岩陰に滑り込ませた。第二射が尾を掠め、鱗を焦がした。第三射は岩が防いでくれた。イズミは岩にもたれ、思い出したように荒い呼吸を繰り返した。

岩陰から顔を出そうものなら即座に撃たれるであろう危機的状況の中、イズミは目の前に広がる景色を見た。本日も西ザナラーンは雲ひとつない快晴。岩とサボテンが並ぶ緩やかな斜面の先には、砂塵渦巻く荒野が広がっている。彼方に見えるスコーピオン交易所の辺りでゆっくりと動いているのは、砂都ウルダハへの積荷を満載したチョコボキャリッジだろうか。何でもない日常風景だ。それに比べて己は何をやっているのだと、イズミは思わず自嘲した。つくづく自分は闇の住人だ、と。岩の向こうから草を薙ぐ音が聴こえる。あの妖異がこちらへ回り込もうとしているのだろう。

イズミは大きく息を吐き、呼吸を落ち着かせた。しかし、内なる憤怒は腹の奥から次々と湧いて来た。——いきなり現れて、何がよこせだ。グシオンと一緒に死んでおけばいいものを。ふざけやがって。イズミは悪態を吐きながら大穴の空いた上着を脱ぎ、丸めて小脇に抱えた。納刀し、近くの岩の配置を確かめる。草を薙ぐ音が近付いてきた。迂闊に斬り込めば穴だらけにされる。懐に潜り込むためには光線と触手をどうにかせねばならない。イズミは次の一手を打つための最後のピースを探した。草むらの中に動く歩きサボテンカクター数匹。やれるだろうか?否、やるしかない。殺すために。怒りは両足に込めろと言ったのは誰だったか?思い出せない。ともかくイズミはその言葉を信じ、大地を蹴って岩陰から飛び出した。

瞬間、殺意がその身をぞわりと撫でる。イズミはほとんど勘で身体を捻り、横合いから放たれた光線を回避した。次弾発射までの僅かな間隙。イズミは捕食者の如くカクターを掴み取り、棘だらけのその魔物を妖異に向かって投げつけた。対する妖異はカクターを光線で迎撃。哀れなるサボテンの魔物はバラバラに砕け散った。イズミは構わず駆け抜け、更に二匹目のカクターを拾って投げる。これもあえなく迎撃された。だが、その撃墜位置は一匹目よりずっと妖異のそばだ。エーテルの蓄積が追いついていない。イズミは二匹目の砕け散った破片が地に落ちるより速く、三匹目のカクターを掴み取り投げ放った。先刻脱いだ上着に包んで。妖異は触手を束ね、上着に包まれたカクターを斬り裂いた。瞬間、カクターは爆発した。

爆炎、閃光、雷撃、粉塵、轟音……。ありとあらゆる衝撃が渦となって妖異を襲った。触手は千切れ吹き飛び、頭部の砲塔は瓦解していく。酷使してきたエレゼンの肉体がずたずたに崩され、妖異はパニックに陥った。果たしてこの妖異がいかなる手段でイズミを認識していたのか定かではない。故に、全てぶつけた。果たして、妖異は獲物を見失った。妖異は反射的に左腕を硬化させ、盾のように構えた。爆炎を引き裂き、鱗肌の女が飛び込んできた。

「だぁぁぁぁぁッ!!」

イズミは極限まで引き絞った腕を解き放ち、矢のような貫手を繰り出した。その前腕は禍々しい爪と歪んだ鱗で鎧われている。かつての戦いで得た恐るべき邪法による異形化を、ほんの僅かだけ解放したのだ。己の身体に備わった最後の切り札である。恐るべき魔槍と化したイズミの右腕は過たず妖異の左腕を砕き、深々と内奥に突き刺さった。

《ギィヤァァァーーーーッッ????!!!!》

妖異の凄まじい絶叫がイズミの角を揺るがし、聾させた。イズミは怯まず、妖異の左腕内部から己の右腕を引き抜く。その手には、どす黒い心臓の如き肉塊が握られていた。触手をばたつかせるそれこそが、この妖異の本体であった。

「大赤字だぞ……手間かけさせやがって……」

イズミは右眼から血を流しながら、手の中の肉塊を睨みつけた。ずるりと伸びた触手を切断すると、カルト教祖のなれの果ては糸が切れたように崩れ落ちた。

「ぐッ……うあッ……!」

イズミは割れるような頭痛に抗い、術式を解いた。右腕を覆っていた異形の装甲がばらばらと崩れ、血塗れの素肌が戻ってきた。ぜぇぜぇという荒い呼吸音だけが、ザナラーンの街道に残された。やがてイズミは顔を上げ、握り締めた肉塊を睨みつける。

「……ぶっ殺す前に、尋問させてもらうぞ」

イズミはぶつぶつと名状し難い呪文を唱え始めた。イズミの短い髪がぞわりと持ち上がり、肉塊を握る拳に黒い火花が立ち上がり始める。妖異の魂を焼き焦がす邪法。相手の意思に依らず、求める答えを吐き出させることが出来る。この妖異は直接の仇ではないが、そこに連なる者には間違いない。搾り取らねばならない。

「私を狙った理由は何——」

そこまで口にした時、不意に太陽が翳った。天気の急変。そうではない。翳っているのは自分の周りだけだ。ぞわり、と背中に悪寒が走る。イズミは空を見上げた。有翼の巨大な魔物が、凄まじい速度でこちらに突っ込んでくるのが見えた。甲虫のような悍ましい貌が判別出来る距離であった。イズミは全力で飛び退いた。

一瞬遅れて魔物が落着。大地は抉れ吹き飛び、イズミの身体は爆風にあっけなく吹き飛ばされた。僅かな刹那、世界が暗転した。意識を取り戻し、慌てて立ち上がる。ひび割れ、砕けた地面の上にその魔物は居た。有翼の巨大な体躯はドラゴン族のワイバーン類を思わせるが、鈍く光る褐色の甲殻や頭部に備わった捕獲肢めいた器官は、むしろ水生昆虫を連想させた。その原始的な姿から博物学者は「空飛ぶ化石」とも呼ぶ有翼網の魔物デスゲイズ。その中でも極めて稀少かつ強大な変異種Sモブ「ゾーナ・シーカー」。そんな大物が西ザナラーンに棲息している事は、妖異狩りのイズミでも知っていた。彼女の脳裏に街のモブハンターから聞いた言葉がよぎる。

普段は、はるか高空を悠然と飛んでいて、滅多なことでは姿を現さないわ。
だけど、上空からキラリと光る物を見つけると、急降下して、低空に降りてくるそうよ。
何が気になるのか、鈍い銅色の輝きを好むって話ね。

ホライズンのモブハンター(談)

頭痛。心当たりが有り過ぎる話であった。色も何も、あれだけ激しい閃光を放てば嫌でも目を引いたであろう事は想像に難くない。そしてイズミは己の右手で顔を覆おうとして、握っていたものが失われている事にやっと気付いた。小さな肉塊は魔物の足元にあった。巨大な脚に触手を突き刺し、肉塊は傷口から魔物の体内へ自身を滑り込ませた。

【続く】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?