化粧品味のおにぎり

母は他者への愛情が薄く自己への愛情が強い。
自分がお腹を痛めて産んだ子供に対してもそれは例外ではなかった。

私は母に好きという感情を持った記憶が無い。

母親という存在は私の目の前の母が全てで、それに対して好きと言う感情を持つことができなかった。

だから周りのお友達は世の中が道徳的に回るため、親を好きな子供のふりをしているのだと思っていた。


小学生の頃、私は祖母が作ってくれる大仏さんのおにぎりが大好きだった。
三角ではなく円錐の塩にぎり。
祖母はにこにこしながら握ってくれた。
「はい。だいぶっさんのおにぎり。」
お腹がすくといつも祖母にせがんでいた。

母にはせがまない。

当時、母は自分のことを美人だと誇っていた。

おばあちゃま(祖母)より私の方が美人よ。
他所よりきれいな母親であんたも羨ましがられるでしょ。
皆が私の事若くて美人っていつも言うのよ。

そんなことを何度も何度も聞かされていた。
そしてそうあるため、母は身支度に余念が無かった。
時代もあるとは思うけれど、念入りな化粧に香水、綺麗な装い。
家の中でも気は抜かない。
家は会社と繋がっており、社員の行き来や来客があったから。

ある日、私は母親におにぎりをせがんだ。
母は快く作ってくれたと思う。
そうして出されたおにぎりは丸形の塩にぎり。
それは温かく、化粧品の匂いを放っていた。

綺麗でいるために使う香水や化粧水やハンドクリーム。
そんなものの匂い。
食べ物ではない強い匂い。

「いらない。臭い。」
拒否する私に母が怒る。

「何よ!ちっとも臭くないわよ!おばあちゃまのなんかより私の握った方が美味しいんだから!いいから食べなさい!食べないと承知しないわよ!」

無理矢理食べさせられた。
食べ物ではない匂いがするおにぎりをえずきながら必死に飲み込んだ。

そして私は母にせがまなくなった。

私は祖母の近くにいたくて時々洗い物のお手伝いをしていた。
隣に並んでお皿やお鍋を一緒に洗う時、祖母が穏やかに言う。

「裏側もしっかり洗わやんとよ。見えるとこだけ綺麗にしてても、見えてないところが汚かったら駄目やからね。」

ずっと頭に残っていた祖母の言葉。
何度も何度も繰り返し聞いた祖母の言葉。

当時は言葉通りに受け取っていたけれど、今は心にストンと落ちている。

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