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カラス理論

気温が30度を超えたせいもあって、先程降り終わった雨の名残が大きく湯気になって地面を這いつくばるように移動していた。バス停でただ待っているだけなのに、100メートル走を全力疾走してきた時と同じような汗をかく。セーラー服の襟のところを少し引っ張って汗よ乾けと手を前後しながら冷たい風を一枚服の下の肌着とベタベタの身体に送る。数人の微かな囁き声が聞こえて、ちらりとそこに目をやった。なんだか自分の悪口を言われているような気がしてサッと目を空に移す。ツバメが一羽、二羽としばらくの間停まれる場所を探す。そこにカラスが真っ黒な光沢のある羽をバタバタと大きく上下しながら真ん中に座りここは俺の陣地だとでも言わんばかりにまた一度羽を大きく鳴らした。ツバメ達はそれに震え上がったのか羽を一生懸命動かして去って行った。 
 「何見てるの?」
声のする方を向くと、2つ下の妹のいとが立っていた。私の視線を追ったのか、興味津々に目を輝かせながらカラスを見ている。
「カラス‥。」
答えると、いとは「好きなの?」とカラスに目を留めたまま言った。
「いや、あのカラス図々しいなって思って。」
視線を下ろして足元を見る。土埃が少しついたローファーに、カーテンでプライバシーを隠すように膝下を大きく隠した同級生より少し長めのスカートが見えた。
「あみちゃんみたいだね。」
「え?」
思いもよらない言葉に思わず聞き返すと、呑気ないとはゆっくりと深呼吸をしている。
「カラスってさぁ、ああ見えて気が弱いんだよ。あのカラスは、もしかしたらツバメの仲間に入りたかったのかもしれない。」

一中泉さんって絶対冷たい人だよね一
 一わかる!声小さいし飾り気無いしノリ悪そうー
 自分に自信がどうしても持てなくて、相手に自分がどう映ってるか怖くて、声も思うように出せなかった。

「そうね、そうかもね。」
ぶっきらぼうに答えると、妹はクスリと笑った。
「無理すんなよ〜!自分が変わればどうとでもなるんだから。」
「ほらバス来たよ。」と背中を軽く押される。カードをピッと読み取り機にかざして振り返る。
「あ、ありがとう。」
何ヶ月ぶりかの自分の「ありがとう」に自分でもびっくりする。いとはふぅー。と笑顔でため息ついた。
「人ってさぁ、そんなにあみちゃんが思うほどあみちゃんのこと見てないもんだよ。あみちゃんと同じように自分のこと見てるから。自意識過剰さん?」
「ほら。」とまた背中を押されて席に無理やり座らせられた。「もう!」と少し不機嫌な声を出しながらも私の顔からは笑顔が取れない。
 妹はたまに毒を吐く。でも、いい毒だ。毒は毒でも、身体によく効く薬のようなもの。そんな妹が、私は大好きだ。

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