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【ミステリ小説】 『ソウルカラーの葬送』第一部 ⑧

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 第一部

 八、


* * *

「──なので、自分の推測が正しければ菊地という女性教師イコール“追跡者”ということになるのですが・・・・・・」
『その様子だと、何か引っ掛かりがあるのですね?』
「えぇ。師はどう思われますか?彼のことを」
『その、皇さんのことですか?』
「はい」
『私立探偵の皇与一。わたくしの方でも調べさせましたが、今までに特に際立った活躍はなかったようですね。いわゆる街の何でも屋さんとでも言いましょうか。職業探偵というあなたの表現は言い得て妙かもしれませんね』
「彼は良くも悪くも、普通、なんです。あの立川のバーで彼と初めて出会った時は随分と破天荒な印象だったのですが、いざ間近で接してみると真面目というか、硬いというか・・・・・・」
『真面目なことは良いことではないのですか?』
「仕事に対して真面目なのは良いことだとは思います。けれど頭も硬いとなると」
『柔軟な発想は期待できないと思うのですね?』
「はい」
『──でも、わたくしは嬉しいのですよ』
「どうして、でしょう」
『あなたが一時期とても苦しんでいたことを見知っている身としては、あなたを取り巻く環境が動き出していることにとても安堵しているのです。あなたがここにいらしてからずっと、わたくしにはあなたが生き生きとその頭脳を働かせている様子が微笑ましくもあるのですよ。そうですね、思うにあなたがその彼の補佐をしてゆけば良いのでは?今まで通りに』
「それで良いのでしょうか」
『ええ。あなたはもう大丈夫なのだから。加えて、その皇さんは信用できるのではないかとわたくしは思います』
「師もそう思われるのですか?」
『ということは、あなたもその探偵さんのことが気に入っているのですね』
「──そう、なのかもしれません。最初はただ彼のことを追跡者から自分を守ってくれる盾としか思っていなかったのですが。今は少し、違ってきている気もしていて」
『ええ』
「まず、自分のことを何の疑問も持つことなく受け入れたこと。笑ったんですよ、彼。自分の生い立ちを話して聞かせた時のことです」
『笑った?』
「はい。面白いって言ったんです。そんな感想を言ってくる人間なんて今までいませんでしたから」
『そう、ですか』
「──なにか?」
『え?いいえ、なんでもありません。ただ──』
「師よ、どうか仰ってください。自分は何か判断を誤っていますか?」
『あなたは決して誤ってなどおりませんよ。常にあなたは“道”に従順でいてくれています。わたくしはそんなあなたが愛おしい。愛おしくて仕方がありません』
「師よ・・・・・・」
『だからこそ、信用はしても“信頼”するには慎重になるべきかと思うのです。信じて用いる分には全く問題はないでしょう。けれど信じて頼るには何かが──』
「存じております。自分は今まで人を信頼したことなどただの一度たりともありません。裏切るのはいつだって他人です。人間こそが悪であり、罪。かの神に選ばれた自分達が、そんな害獣を狩っていかなければならないのですから。これからも、命ある限り永遠に」
『あぁ!それを聞いて安心しました。それでこそ、わたくしの愛おしいあなたです』
「自分が心から信ずるべき自分以外の存在は師のみです。師の御言葉こそが道。道は師が示してくださる。かの神の御意思の代弁者にして依代。絶対的統率者」

『──わたくしには聴こえます。かの神が立てられる歓喜の声音が。そして、あぁ!あなたのことを守護する者の声も』

「それは──」

『えぇ、そうです。あなたを鼓舞する、姫奈子・・・歓声こえが──今この刻も、はっきりと』

* * *

 高田馬場駅を出て大通り沿いを早稲田方面に十分ほど歩いて行く。
 テレビのニュースに言わせると、今年の夏は数百年ぶりの酷暑であったらしい。蝉の声すら聞こえてこないようなあのジリジリと焼け焦げるような日々も、八月最終日の今日になってようやく落ち着いてきた。気温も平年並みに戻ったようだ。

『☝︎株式会社 皇与一』

 もうすっかり見慣れてしまった、ビルの階段横の壁に据えられたプレートを一瞥してから、私は小さく息を吐いた。
 ──果たして彼の方の調査はどこまで進展しているのだろう。
 それによって私の今後の動き方が決まってくるのだから、否が応でも緊張で身が固くなる。重く感じる両足を持ち上げるようにして、私は彼の事務所に続く階段を登って行った。
「こんにちは、すめらぎさん。棚戸たなこです」
 事務所のガラス扉を開けるのと同時に、奥に向かっていつものように声をかける。正面のパーテーションの奥からかかる返事を待ってから中へと入った。
 職業探偵は応接ソファにもたれかかって天を仰いでいた。逆光で細かな表情までは読み取れない。
「皇さん、明かりも点けないで考え事ですか?」
「推理と言ってくれたまえ。あぁ、こんなに暗中模索なのは一体何年ぶりのことだろう。迷い猫を探していたあの日々が懐かしくて仕方がない・・・・・・」
 溜め息をこぼす皇を苦笑しながら眺めていると、ガバッと勢い良くソファから身を起こした彼がそこでようやく正面から私のことを見て叫ぶようにして言った。
「棚戸君!棚戸君じゃないか!た、大変だ。大変なんだよ!」
「ど、どうしたんですか。今気がついたんですか?そうですよ、棚戸がお邪魔してますよ。皇さん、落ち着いて!」
「落ち着いていられるか!もう、なにもかもがいなくなってしまったよ!」
 ──何もかもが、居なくなった?
「あぁそうだよ。東京に戻ってからの調査でね、判明したんだ。里見舞子の友人だった高井花蓮。彼女がね、もうすでに亡くなっていたんだ、交通事故で。しかもだよ。轢き逃げだ。そうさ、『白昼夢』の内容通りなんだ。あの小説はやっぱり呪われた小説なのか!」
「そんな・・・・・・高井花蓮が?」
 私はそう口にするだけに留めておいて、皇が落ち着くのを待ってから事の整理に取り掛かることにした。

「まぁ、棚戸君の言うとおりだよ。高井花蓮が事故死したのは『白昼夢』が出版される一年以上も前のことだ。だから小説の呪いなんてことは時系列的におかしいさ。でもね、なんだかもう小説と現実とが奇妙な具合に混ざり合っていて、どうにも頭が回らないんだ。精神が蝕まれていく感覚さ」
「それは自分も同感です。小説の内容が現実とリンクし過ぎていて混乱しますね。でも皇さん、一旦『白昼夢』のことは置いておいて、舞子を取り巻く現実での人間関係をまとめていきませんか?」
 皇は自分で入れたコーヒーを一口啜ると、そこでようやく人心地ついたらしく、素直に頷いた。私はそのまま言葉を繋げた。
「まず奇妙な符合。里見舞子を含めて三人の人間がいなくなっているという事実。その内の一人、高井花蓮が今から一年前に事故死。彼女は舞子の高校三年時のクラスメイトで、一時期とはいえ仲良くしていた友人。そして二人のクラスの担任である教師の菊地。勤務していた高校を退職した後、現在に至るまで行方知れずとなっている。三ヶ月前に、里見舞子も姿を消した」
「花蓮と菊地、そして舞子。この三人の事故やら失踪には必ず何かの繋がりがあるはずなんだ」
 皇の発言に私も首を縦に振る。
「俺は魚沼で舞子と花蓮のクラスメイトから聴いた、例の“ノート暴露事件”が気になって仕方がなくてね。君が東京に戻った後で、翌日もう一度あの女性のところに行ったんだよ」
「改めてあのいざこざのことを聞いたんですか?何か新しい情報でも?」
「まぁ大したことではなかったんだがね。あの女性、勘違いをしていたんだ」
「勘違い?」
「あぁ。あの日、教室の教壇に置かれていたのはノートではなくて、同人誌だったんだ」
 ──同人誌。舞子の母親が言っていた、作品集のことだろうか。
「夏休みに二人でせっせと作っていたという、それだ。でね、あの女性に一所懸命になって思い出してもらったんだが、その同人誌には里見舞子の名前しか載っていなかったらしい。普通は二人で作った作品集なら連名で記載しそうなものだがね。意図的に削られていたのだろうね。作った時は載せたんだろうから」
「と言うことは、クラスメイトの噂で、教壇にその同人誌を置いたのが高井花蓮だというのがあったと思うんですが、それって舞子が一目散に花蓮の席へ走って行ったからで──?」
「そうなんだよ。決して同人誌に花蓮の名前が記載されていたからじゃないんだ。あくまでも予想、噂の範疇だった。なのに何故、高井花蓮は“自分は里見舞子と何の関係もない”と皆に弁明しなかったのか。黙っているから、花蓮も周りから白い目で見られることになったんじゃないか?嘘でも何でも弁明するだろう?普通は」
「確かにそうですね。誰だって無抵抗で悪人になんてなりたくないですよ。そうか、そうなると舞子を裏切って同人誌を晒したのは花蓮じゃないっていう可能性も出てくるんですね?」
 皇は身を乗り出して私に顔を近付けた。よっぽど興奮しているらしい。
「そうなんだ。俺が引っ掛かっているのはそこなんだ。花蓮が舞子を裏切っていないと考えた場合、そこから二つの疑問が生じてくる。一つ目は、では一体誰が同人誌を教壇に置いたのか。そして二つ目、何故花蓮はその誰かの身代わりになったのか」
「皇さん、その暴露された同人誌って、花蓮の持ち物の方ですよね?」
「え?あ、あぁ、そうだろうな。何冊作ったのか定かじゃないが、そもそも人に見せて楽しむものじゃなく二人の少女の秘密だったのだから一冊か二冊しかないのだろうね」
 私は皇の補佐役だ。だから最後まで彼に寄り添ってゆくと決めた。
 道を示す。
 これは師が私にしてくれていることだ。私も皇を救済する。目指すべき“道”は同じなのだから。
「花蓮から同人誌を受け取った人物がいる。その人物が教壇にそれを置いた、舞子を陥れるために。それと同時に花蓮の身も破滅させたのだとしたら?二人をまとめて学校というコミュニティから葬り去ったその人物とは誰か?そしてその目的とは、一体何か?」
 さあ、皇さん。あなたならこの問いに一体どう応える?


(第9話へ続く)

illustrated by:
Kani様

物語の前日譚『奇譚編』は今回と重要な関わりがあります。


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