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ショートショート集

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超短編集。詩のようにすぐに読める小説を投稿していきます。
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【短編小説】惜陰(せきいん)の城

 積雪の季節、白い土地に降り立ったのは気紛れだろう。羽をパタパタとし背中に折りたたんだ。堅固な城門は言った。 ──おやおや、これは珍しい生き物がやってきた。  池で囲まれた古城の前で、彼はその扉が開くのを待つ。城門は、錆び付いた鎖を引きちぎり、さあどうぞと言わんばかりに開くのだった。ここ何百年もの間、聞かない重く軋む音だった。  暗がりに闇が混じり合い、かび臭い絨毯の匂いがする。風の気配でそこが大きな空間であることが感じられる。  指をならし干からびた蝋燭に火を灯し、壁に

energy flow

繰り返す雪の粒が 屋根に降って押しつぶされそうになるようで 怖くなる 白い窓の外の景色にながれゆく時間を感じ わたしは独りため息をつく 暖かなこの暖炉の火が わたしを氷から守ってくれるのに 憂鬱な日々が心を曇らせる いつかやってくる貴方を待つことに 慣れるのだろうか いつかその扉から現れる日を夢に見て 夜眠りにつくことができるだろうか 記憶の底 座りながらひっそり笑う貴方の顔を 思い出して過ごす日々を 何時の日か いい思い出にできるのだろうか 過ぎゆく時の彼方に貴

Lento con gran espressione

ゆっくりと呼吸する速さで歩けばいい。優雅にね。 あなたは確かにそう言った。 美しい薔薇の咲く庭園で、素足になって歩く。 そんな楽しみを教えてくれたのもあなただった。 風が散ったように頬を撫でる。 髪の毛が乱れ、ふたりの笑顔を遮る。 足取りが夢心地で空に見える輝く夕暮れを、 それから彼方の景色を、全て飲み込んで、 音楽のようなあなたの声が私の心を揺さぶって追い越してゆく。 「いったい誰なの?」 それは妖精のような生き物。 確かに存在する生き物なんだろう。 この景色全

Clair de lune

木々のざわめきが聴こえてくる。 外からか、それとも私の心の中からなのか。 暖炉の火を灯し、その上に鍋を置く。 くべる薪の香りがして心地よい。 椅子に座ってくつろいだ。 窓からは月の光が差し込んで私を暖かく見守ってくれている。 彼女は私の女神。 どんなに苦しい時でも、どんなに辛い時でも いつも決まって輝いてくれる。 暗闇に浮かぶ救世主だ。 ふと思う。 その時間が永遠に続けばいいのにと。 永遠の命などないのだと、君は笑っていうだろう。 しかしこの愛は永遠だなのだと確かにそう思

Träumerei

マルコは孤児でした。母親の顔も父親の顔も知らないのでした。 それでもクリスマスの夜には、いつも「お母さんに会いたい」と楽しそうに、サンタクロースに伝えることを忘れないのです。 マルコには小さいながらに(まだ5歳なのです。)ささやかな願いがありました。いつか必ずこの孤児院の扉からお母さんが入ってきて、抱きしめてハグしてくれることをです。そして天使たちがそばに来て歌うのです。そう厳な曲を、素晴らしく楽しい曲を。 でもたまに思います。足元にきたアリンコを見て、それが自分のようだ

Raindrop

今日は朝から生暖かいコーヒーが待っていた。 窓辺に立ちながら小雨の降る朝に君と歩いた場所を思い出す。それは丘の上に立つ修道院。  あの場所はすでにホテルになっていて、彷徨える魂の行き場ではなくなっていた。僕たちはいつも、たいがい一人ではいられずに、傷を舐めあるように時間を生きていたね。 結婚したら君にはすでに一人娘がいて、彼女が現れるとすぐに甘ったるい景色は消えていく。煩わしいなんて別にそこまでは思わないけれど、二人だけの明日が明日であることに確実性がなくなってしまうのは