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サン=テグジュペリ『人間の大地』感想

(画像はPixabayから!→https://pixabay.com/images/id-1756149/

サン=テグジュペリ『人間の大地』(光文新訳版)を読みました。好きな本リストが数年ぶりに更新されたので、感想を書きます!

まず感想に先んじて私の好きな本リストを公開しておきます。

  1. サイモン・シン科学史三部作
    『フェルマーの最終定理』『宇宙創成』『暗号解読』
    (人生書。永遠の1位)

  2. ロータス/柳川麻衣(人生書。不動の2位)

  3. 人間の大地/サン=テグジュペリ(←NEW!)

以下順不同で好きな本ベスト10まで。

・それから/夏目漱石
・二十四の瞳/壺井栄
・舟を編む/三浦しをん
・家守綺譚/梨木香歩
・人質の朗読会/小川洋子
・羊と鋼の森/宮下奈都
・儚い羊たちの祝宴/米澤穂信

このリストはここ数年更新されたことはなく、また1位と2位は多分生涯変わらないので、今回『人間の大地』が3位に躍り出たのは本当に凄いことです……快挙です……それだけ良かった……以下は感想です。

まず標題にもなっている『人間の大地』がどういう意味かと言うと(もうこの一言にサン=テグジュペリの思想と人柄がみっちり凝縮されているのですが……!)人間が飛行機を発明して、平坦で歩きやすい道を迂回するのではなく、目的地までを直線距離で移動するようになって、地球の遥か上空から地上を見下ろした時に、サン=テグジュペリが抱いた印象は、「この惑星の基層は岩と砂と塩でできている」、つまり地表のほとんどの面積は山岳と砂漠と海に覆われており、あれだけ繁栄しているように見える人類も、実は居住できる地域はほんの僅かに過ぎないと。それでもごく稀に気候や土地に恵まれたところに生命が芽吹き、文明が開花するのは奇跡のようなことだと、それをとても素晴らしいとサン=テグジュペリは思っています。

サン=テグジュペリは空を愛し、星を愛し、月を愛し、砂漠を愛し、山脈を愛し、海を愛し、まだ誰も足を踏み入れたことのない砂丘に自分の足跡を残すことに至上の喜びを感じ、山頂に時代を超えて降り注ぐ流れ星(隕石)を宝物のように拾い集める、つまり自然をこよなく愛している人だけど、同時に、数時間の殺風景な飛行の末に、地上に人間の息吹を見つけた時、牧場の羊だとか民家だとか、点々と灯る街の明かりだとか、或いは険しい山岳地帯に力強く息づく集落を見つけた時だとか、そういったものを目にするととても慰められる気持ちになり、サン=テグジュペリはそういった人間の営みのこともこの上なく愛していた。描写の至るところから、サン=テグジュペリの人類全体を俯瞰する、優しく慈愛に満ちた眼差しを感じられるのです。

他にもいくつか印象的なエピソードがあって、スペイン人やフランス人パイロットが不帰順地域に不時着すると、現地のムーア人に拉致されたり虐殺されたりする危険があるのですが(サン=テグジュペリは人質開放の交渉などもしていた)、私たちは昨今の世界情勢からどうしても心のどこかでイスラム教徒に対して怖いイメージを持っていると思うのですが、それは彼らが過酷な環境を生き抜くために身に付けた心の持ちよう、宗教の本来の意味での「心の拠り所」に由縁するものだから、そりゃそれを否定されたら怒り狂うのも仕方ないよな……って気がしてくるのです……(砂の国からフランスに招かれて、留まることを知らない水の流れ(滝)を見たムーア人が、「フランス人の神様は俺らのより気前がいい」と言ったそうです。)

ここで書かれていることは、サン=テグジュペリが実際に末端の現地住民と接し、自ら言葉を交わす中で得た見解だから、机上の空論ばかりの社会学者や宗教家よりよっぽど深い洞察と理解があって、だから心に響きます。

サン=テグジュペリは戦争に関しても同様のスタンスで、自分とは違う信条に対して取るべき対応は、排他ではなく、理解に努めるべきだと言っています。各々の語る真実のどれが正しくて、どれが間違っているかを議論するのは意味がない。全てのイデオロギーは論証可能で、みんな正しいから。真実は世界をシンプルにするもので、事態を紛糾させるものではない。真実は普遍的なものを掬いあげる言葉なのだ。様々な国の人と生死を分かつ経験をしたサン=テグジュペリから見て、人類は相反する言葉で同じ情熱を語っているに過ぎない。方法は違えど目的は同じはずだ。だから、ニュートンがリンゴが落ちることと太陽が昇ることを一つの言葉で表したように、人類にも何かもっと普遍的で、一つの言葉で各々の目的を表せるような言葉(真実)があるはずだ。私たちがすべきことは、争うことではなく、その共通の言語を探し求めることだ、と言っています。こういう、絶対的な正義も悪もない、立場が違えば見方も変わるよね、っていう考え方ができる人が私は好きだし、第一次世界大戦、第二次世界大戦の渦中にいた人物がこのような見解を持てることは、本当に得難いことだと思います。

サン=テグジュペリは産業に対しても深い洞察があったようです。あの時代でも早過ぎる産業の発展に危惧意識を抱いていた人はいたようで、人との関係性、仕事の条件、生活習慣、自然との関係性など、様々なものが技術進歩に伴い目まぐるしく変化していくことを不安視していた人も多いようです。でもサン=テグジュペリに言わせると、そういった人たちは「目的と手段を混同している」そうです。飛行機もそうですが、機械や技術はあくまで「道具」、農民が使う「犂(すき)」と同じだと言います。私たちは技術進歩に目がくらみ、鉄道の敷設に、工場の建設に、油田の発掘に人間を奉仕させてきましたが、本来それらを拵えるのは、人間に奉仕させるためです。でも、私たちはいくぶんそのことを忘れている。そして道具の発展の最終形態は、道具が完全にその役割にのみ徹し、その存在すらも忘れられることにあると言います。例えば飛行機で言うと、より薄く、より軽く、接合部分をより少なく、それがまるで一つの全体として自然発生したように、もはや人間の注意も引かなくなるように。「飛行機」という「道具」の存在が忘れさられ、「飛ぶ」という「機能」のみが残った状態、それが道具の発展の最終形態だと言います。そしてもはや道具に注意を払わなくてよくなった私たちは、道具の向こうに、ただしあくまで道具を通して、昔ながらの自然をふたたび見出すのです。

実際、サン=テグジュペリが飛行機を通じて見出したのは、人間が君臨する華やかな楽園ではなく、「岩と砂と塩でできた」荒涼とした原始の風景です。「飛行」を通じてサン=テグジュペリは、より自然に近付く経験をしたのです。科学技術はどこまで発展させてもいいのか、ある段階で人為的に足踏みさせるべきではないかといった問題は、現在でもよく議論されるし、SFの一大テーマにもなっています。それを100年も前の人物が(それが絶対的に正しいかはわかりませんが、)既に一つの綻びのない解を示していたというのは驚きです。人類を全体で捉え、世界を宇宙的尺度で解釈し、何世紀も後にも尾を引く問題に、一つの答えを導き出していたサン=テグジュペリの洞察の深さと先見の明には、敬服の念を抱かざるを得ません。

もう一つ。サン=テグジュペリは機関士のプレヴォとサハラ砂漠で遭難したことがあるのですが(星の王子さまはこの時の経験から着想を得ています)、この二人はお互いに責任をなすりつけ合うでもなく、自分が生き抜くために相手を出し抜き合うでもなく、ただただ、文字道り、心身ともに支え合いながら、(絶対に蜃気楼だからやめておけ、って言ってるのに、プレヴォが無理して湖のほうまで歩いていって、結局たどり着けず帰ってきてサン=テグジュペリに怒られていると、彼は「君の唇が真っ青だったからどうしても水を見つけたかった……」とうなだれたエピソードが狂しく好き……)窮地を脱したエピソードに、人間って尊い……ってなりました。(笑)普段エンタメでデスゲームの小説や映画ばっかり見せられているので、人間ってあんな極限状態でも相手を思いやる行動ができるのか……って、純粋に凄い……尊い……って思いました。デスゲームはフィクションですが、こっちは現実ですもん……現実は強い……人間は尊い……勇気と希望が持てました。(笑)

で、テーマがあっちこっちとっ散らかってて、結局この本は何が言いたいの?って感じですが、サン=テグジュペリの友人の話によると、『人間の大地』は「花束」や「穀物の束」のような、時間や空間を気にせず、飛行家の感覚、心情、思索を、ありのまま書き記したものを寄せ集めた作品集のようなもの、だそうです。(パスカルの『パンセ』みたいなもの。)様々なことについて書いてあるし、どれもちょっと頭を捻る必要があるので、非常に読み応えのある本です。老若男女受け入れられる内容だし、本当におすすめです。

そしてもし余裕があるなら、先に同氏の『夜間飛行』を読んでおくことをおすすめします!(『人間の大地』より短いし、小説なのでサクッと読めます。)『夜間飛行』を読んでおいたほうが、特に『人間の大地』の産業や職業についての内容を、より良く理解できると思います。

最後に、今回私が読んだのは光文社から刊行されている古典新訳シリーズの『人間の大地』です。(もっと昔からサン=テグジュペリが好きな人は、『人間の土地』のタイトルのほうが馴染みがあるかもしれません。)この新訳が本当にとっても綺麗で良かった!!私は洋書の訳本の、いかにも「翻訳しました!」みたいな、文章は日本語なのに、その裏にある「思考の言語」が外国語のままというか、そういう齟齬・違和感がちょっと苦手なので、洋書の訳本はあまり読まないのですが(外国語原文か、日本語原著のものしか読まない)、こちらの新訳版は日本語の文学表現としても流れるように自然で美しいです!!

本当に良い本でした……

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