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「あの日タエ子が触れた紅花はここにあった―山形・高瀬の夏に染まる旅」


2023年7月
梅雨の明けきらない山形にて
念願の紅花畑へ降り立つ。

触れてみたくて手を伸ばす
硬くとげのある葉が、チクリと私の肌を刺激した。

「そうか、これがあの日タエ子が触れた紅花の生きた感触か・・・」

痛くて、嬉しかった

この夏のはじまりに、私は一つ夢を叶えました――

小学生の頃、スタジオジブリの映画「おもひでぽろぽろ」を見て、紅花を知った。見てみたいなあとぼーんやり思っていた。

いつか見てみたい。は、大人になりかけて、
見に行ってみたい。に、変わっていた。

時を経て、「行きたいところへ行き、やりたいことをして今を生きる」
そんな人間になりつつある。

山形へ行こう。そして高瀬地区の紅花をこの目で見よう。

これを今年の夏の目標にしたのが去年の夏だった。お休みは貰えた。高瀬地区の紅花まつりの日も予想通りだった。今回は久しぶりの一人旅。準備期間を経て、はしゃぐ気持ちを抑えながら、出発の朝を待っていた。



2023年7月8日 
昨日までの晴天は幻だったかと思うほどの、雨空、その上蒸し暑い。朝はまだ燻っていたけれど、道中降りしきる雨、または曇り、所によって晴れ間。全く、日本の梅雨は移り気だ。今度の旅でもお天気は私を翻弄するつもりなのかとちらり思う。けれどどうしよう、心のわくわくが止まらない。

山形駅へは昼前に到着した。乗り換えだけれど仙山線は本数が少なく、「高瀬駅」に着いたのは13時過ぎだった。紅花まつりの間は「高瀬駅」「本会場」「紅の蔵」「高沢地区」を結ぶ無料シャトルバスが出る。堪え切れなかった雨、降りしきる中、オレンジ色の法被を着た現地の方に出迎えられて、目的を同じくする人々と共に、私はシャトルバスへ乗り込んだ。

紅花畑へ到着する前に、紅花についての解説を抜粋しておこう。

原産地はエジプトナイル川中流域といわれ、シルクロードをたどって6世紀ごろに日本に伝わったといわれています。山形で栽培が盛んになったのは15世紀半ばごろから。江戸初期には質・量とも日本一の紅花産地として栄えました。紅花染料は大変高価で『紅一匁(もんめ)金一匁』といわれたほど。最上川舟運によって山形と京・大阪が結びつき、多くの紅花商人たちが活躍、巨万の富を築いた豪商も現れました。 ~中略~ 山形県で栽培されている紅花は『最上紅花』といわれ、葉先が鋭く、とげのある種類(剣葉種)です。

山形紅花まつり HPより抜粋

山形紅花まつりのHPはこちらです。より詳細な解説や、まつりについても詳しく紹介されています。

またこちらのHPも参考になりますので、ご興味お持ちの方は合わせて御覧下さい。


さて、シャトルバスが現地へ到着した。なんと、ここに来て本降りだ。天から好き放題、本格的にザーザー降って来るではないか。
私はすぐにでも紅花畑へ向かいたい気持ちでいっぱいだが雨が容赦なく降っている。傘は必須だ。大きな荷物はホテルに預けて来たけれど、背中のリュックは守り切らなければならない。それに、合羽に長靴じゃないかと出がけに思いはしたが、スニーカーにお出掛けのお洋服を着て来た私。

どうする?どうする?

山の天気はころころ変わるので、脳内の整頓を兼ねて一旦「高瀬ふれあいセンター」の屋根の下へ入ってみる。

空模様を確認。全方位分厚い雲、あからさまに雨雲。敷き詰まって霧掛かって容赦ない。
これは・・やまないな。これはずっと降る雲。

そう判断した時、私はハッとした。

「天気なんかどうでもよくないか??」

私は遥々山形まで何しに来たって、紅花を見に来たんだ。雨が降ろうと槍が降ろうと関係ないじゃないか。好きなだけ見ればいいさ!紅花はすぐそこにあるんだぞ!!

突然熱に浮かされたような勇気が湧き出した私は再び傘を広げ、紅花畑を目指し歩き出した。歩道はほぼ小川。一歩進むたび、靴への浸透を覚悟した。雨のせいでこの日紅花観賞に訪れる人は少なく、テントの下で如何ともしがたいと立ち尽くすオレンジ色の法被姿の現地の方々が何度も目に留まる。
四年の時を経てやっとの思いで開催したまつりがまさかの大雨なのだ、気の毒でならない。

けれど私を見て下さい、雨にも負けず紅花を見に来ました。見て下さい、あっちにも同じような人が居ます。多分もっといます。これからもっとやって来ます。だからどうか気を落とさずに――なんて心で唱えながら、足元に注意して歩くこと数分。
雨粒の中に、鮮やかな黄色が広がった。


私は遂に、念願の紅花畑に降り立った。
いや、正確には、まだ幾分遠い。私はもっと近付きたい。なんなら畑の真中に立ち尽くしたいのだが。そう思って一歩踏み込むが、余程土壌が良いのだろう、ふかふかの土が私の足を飲み込もうとする。

ああ、いい土なんだね。さすがだなあ。素晴らしい畑だ!!

と呑気に思い、そんな場合じゃなくてね、これ、どうだろう、入っていいかな・・駄目じゃないかな・・と暫し葛藤する。汚れるのは気にならない。ずぶ濡れでも構わない。そんなの後からどうにかする。

だけどどろんこで電車に乗ったらいけないと思う。どろんこで山形駅からホテルまでの道のりをのしのし歩くのってどうだろうと思う。

大人な私は、ここでそこまでのやんちゃを披露するべきではないと思う。既にお洋服は濡れそぼっている。袖口から雨滴って、ズボンの裾ももれなく、なんならズボンを伝ってパンツも濡れ始めている。靴ももうぐしょぐしょだ。靴下が湿っている。
もう十分出来上がっている。

私は間を取った。
畑の中までは入らず、土手を慎重に、行ける処まで攻めてみて写真撮影を慣行するという判断を下した。少しでも紅花に近付きたい。その一心で果敢に攻めた結果、撮影できた紅花たちがこれだ。


雨滴る君の美しいこと!

是非写真をクリックして画面いっぱいの紅花をあなたにもお楽しみ頂きたく思います。(スマホですと最初から画面いっぱいの紅花かもしれません)

煙る夏山を背景に、打たれて尚凛と気高い一面の紅花、紅花、紅花ー写真でも画面越しでもない紅花を、この目でしっかりと見ている。
なんてきれいなんだろう。なんて可愛いんだろう。
いつまででも眺めていられる――

満開

まつりに合わせて満開を迎えた紅花畑。現地の皆様の思いが詰まった紅花が、山形の高瀬で目一杯咲き誇っている!!感激で胸がいっぱいになった。

存分に写真を撮り、目に焼き付け、今度は更に150mほど高い場所にある高沢地区の会場へ行ってみようと思う。そこへもシャトルバスが出る筈だ。だが発車場所と時刻が曖昧で困った。こんな時は総合本部に頼るのが一番だ。知らない人が何人もいる場所へ顔出すのは大変勇気がいるが、今なら好奇心で頑張れそうだ。私は思い切って声をかけた。
「こんにちは!」
「こんにちは!!」

なんだかわからないけど一瞬で打ち解けていた。気付いたらパイプ椅子を勧められて、バスの発車まで本部テントの中で談笑して待っている私が居た。
紅花のこと、このまつりを知ったきっかけ、高瀬のこと、色々な話を聞かせて頂いた。なんというか、とっても楽しいひと時を過ごしていた。

例えばこんな話を聞いた。
・紅花を10㎝ほどに切って冷凍しておくと、色の無い冬に飾って楽しめる。鮮やかな花びらの色もちゃんと残っているらしい。

・お水は一日二回代えると蕾を咲かせることができると、みなさんそれぞれのお家で教わったらしい。

・芽が出て10cm位に育った紅花は摘んでお浸しにできる。食べられるんだ!そしてそのゆで汁も黄色く、染物ができる。

・紅花は連作ができないので、広大な畑を少なくとも3年は休ませなければならない。里芋と一緒だ。

驚いた。その昔、最上川を運ばれては京の町で華やかな京女たちを一層美しく飾り立ててきた高価な紅は、こうして生まれ育つ町でも人々の暮らしに寄り添い、人々の知恵と共に現地の生活に彩りを与えてきたのだ。
可愛らしく気高い紅花。知る程に好きになる。

面白い話を沢山聞いた。まさに旅の醍醐味だ。一人旅でなければこうはならなかったかも知れない。自分が動き出さなければ何も動かせない一人旅では、不思議なもので日頃とは違う自分が出てくる。

「こんなに降る事ありますか?」
「ないね!レアだよ!!」
「ですよねぇ」
あはははは!!!
なんて和やかに時が流れていく。気さくで、緩やかにやってますと笑いかけてくれる。雨で子どもたちの姿もまばらで、残念な気持ちだってきっとあるだろうに、現地の皆さんはおおらかだった。まさに「なるようになるさ」。
「明日は晴れるよ。ああ、明日も雨マーク出てるなあ」
なんて声が聞こえてきた。
――いえ、明日は晴れ間が戻りますよ――
私は心の内でそう思った。口に出すと翻りそうで、黙っていた。

きっと、私のささいな勇気じゃなくて、現地の皆様の温かさが、私の背中を押してくれたのだ。出会いに恵まれたのだ。嬉しい。


その後バスで訪れた高沢地区は、生憎とまだ蕾だったけれど、現場の雰囲気を味わいたかったので観賞できて満足だった。

再びシャトルバスで本会場へ戻った私はお腹が空いた。センター横の広場にはテントが並んでいる。ジュースや特産品を売っているらしい。そこに「玉こんにゃく」の文字を見つけた。玉こんにゃくといえば山形名物だ。するめいかで煮た玉こんにゃく。食べ歩きしやすいようにか、外で見かける時は大概串に刺さっている。一本100円。これ食べよう。からしをつけるか聞かれて断ったけれど、つけるものですか?と聞いたらつけて食べるのが、おすすめですとの控えめな返答。だけど反対におすすめなんだろうなとそそられる私。
「試しに1個だけ、ちょっとつけてみますか?」
「お願いします!」
気さくなお兄さんのおかげでお試しの玉こんにゃく一個目を頬張る。
「熱っ」
「熱いですよ」
「美味い!!」
「からし大丈夫ですか?」
「美味しいです!合いますね!付けて貰ってよかった、美味しい!」
「良かったです。ありがとうございます!!」

するめいかの味がこんなにも染み込むのかというほど、中までしっかり味が付いた玉こんにゃく、冷えた体にも丁度よく、あっという間に食べ終えた。
因みに写真はない。私は食べ物や人にカメラを向ける事が滅多にない人間なのだ。出されたら頂きます。とすぐに口を開けてしまう。


私は、何かこの素晴らしい紅花畑を眺める機会を与えて下さった高瀬の役に立つことがしたいと思う。会場には本部テントと他に、紅花等を販売しているテントがある。
紅花は背が高く、花棚は一束がとても大きい。私の今度の旅は2泊3日で始まったばかり、帰りも新幹線二本だ。だがー

「この紅花クッキーを二つと、紅花を一束下さい」
買ってしまった。我慢できなかった。どうやって持ち帰るかよりも、同じように「映画おもひでぽろぽろ」と「紅花」が好きだけど来られなかった妹に、何とか高瀬の紅花を届けてあげたくて、買った。大丈夫、大体何とかなるから。

「明日も来るといいよ」
「明日は山寺に登るんだって」
「そうなの、なんだ、もう知ってるんだ~」
「さっき聞いたもの」
「去年は紅葉がきれいでしたが、今度は夏の山寺を見てきます!」
「いいねえ、楽しんで来てね」

出会いに、恵まれたのだ。


7月9日 早朝。ホテルの窓から朝日。
今!今紅花畑を見たい!!という衝動に駆られつつも、朝食ビュッフェを頂いて、いざ山寺へ出発。傘は必要なようだが、昨日ほどの雨に在らず。日差しの予感が胸に兆す。いくらかの期待も過ぎる。

夏の山寺。緑が深い。岩苔生して、蝉が鳴く。

この体験は、別の話で語りたい。兎にも角にも膝にばっちりサポーターを付けて万全の態勢で上まで登ってまた下りた私は、元気が有り余っていた。ずっと紅花畑のことが頭に在ったからか、ペース配分がうまくいったらしい。和菓子屋でおばあちゃんとお茶して、麓で蕎麦と芋煮の昼食をとったにも関わらず、予定より早い電車へ乗れることになった。

空は時々晴れ間がのぞいている。駅の順番は、「山寺」→「高瀬」~~ →「山形」だ。
私はよりみちすることに決めた。

「太陽の下で輝く紅花畑を見たい」

高瀬で下車したのは私一人だったけれど、シャトルバスが待機していてくれた。すっかり見慣れた法被の皆さんが頼もしく見える。昨日も来た話など挟むうちにあっという間に本会場へ到着。バスを降りてすぐに総合本部テントがある。
「ああー!来た~!!」
私の顔を見るなり数人の方が気付いてくれた。思わず笑みが零れた。
「晴れたから、よりみちしようって、また来ました!」
「いや良かった」
「今日は子どもたちも沢山来てますね」
「そう、良かったよ」
臨時の駐車場にも車がひっきりなしにやって来て、会場は賑わっていた。
「山寺どうでした?登って来た?」
「はい、ちゃんと天辺まで登って挨拶してきた」
「そっかそっか、良かった。まあ座ってー」
早速パイプ椅子を勧められて、そのアットホームな空気に一気に馴染む私。肌寒かった昨日とは違い大変暑い日になったが、まずは紅花畑見てきます!と私は張り切って日差しの下へ飛び出した。

今日はアマガエルも避けないあぜ道を悠々と歩き、紅花畑、再び。曇り、小雨、そして、晴れ。畑にそっと踏み込む。お。今日は大丈夫だ。頬が緩む。
鮮やかな紅色を瞳に映した瞬間、その他一切を忘れた。









遂に目の前にした紅花畑。ずっと触れてみたかったその花へ、恐る恐る手を伸ばしてみる。花びらはたおやかで優しい。想像よりももっと可憐だ。しかしすぐ下に硬くとげのある葉が待ち構えていて、ほとんど同時にチクリと私の肌を刺激した。

(痛っ!凄く痛いっ・・・そうか、これがあの日タエ子が触れた紅花の生きた感触か・・・)

痛くて、嬉しかった。

「ただいまー」
本部テントへ戻った私はまた勧められるままに椅子に収まる。法被の方は沢山いて、当然私を知らない人の方が多い。だが「こちらの方はー」と尋ねる法被の方へは、顔見知りになった人が「ああ、お客さん。身内みたいなもんだから~」「ああ」という会話のみで納得されて、誰も無関係者の私が本部の椅子に座っているという不思議な環境に頓着しない。受け容れられている。旅先でこんな愉快な思いをしたのは初めてだ。面白い。

余すことなく紅花まつりを堪能した私は、シャトルバスが出るまでの30分程を、またしても談笑しながら待っていた。
「来年も来たらいいよ」
「来年は役員やればいいよ」
「もう住んだらいいさ」
もうみんな好き勝手を言う。なんだろう、面白い人達だ。

東北に住み暮らし春夏秋冬を経験したいという好奇心はずっと持っている。紅花も大好きだ。だけど口先だけでそうする!とは言えないので、お休み取れるかなーと言いながら笑っていた。因みに高瀬、雪はトータルすると1m積もるそうだ。みんな雪かきのプロだそうだ。弟子入りしたい。

バスの時間になった。
乗り込んですぐ、ジュースを買いに離れていた方がテントへ戻って来て、挨拶しなかったことを残念に思っていたら、なんと私の分までジュースを買って来てくれたようで、それをバスまで届けて下さった。実は日に当たり過ぎて喉がカラカラだった私、ありがたく冷たいジュースを頂戴した。リュックのあったかいお茶は残り少なくなっていたし、冷たいジュースが心身に染み渡った。

本部から私の姿が見えていたのか、発車と同時に手を振ってくれる皆さん。私も両手でいっぱい手を振った。2日とも来てよかった。恋焦がれた紅花とともに、思いもよらない楽しくて素敵な、温かい思い出ができた。


山形の滞在は2泊3日で、高瀬地区の紅花まつりの他に、2日目の山寺、そして最終日にはもう1か所巡った場所がある。紹介する機会はあるだろうか。あると嬉しい。全ての旅で、本当に出会いに恵まれ、素敵な思い出が沢山できた旅になった。幸せだった。満喫した。

そういえば、お互い名前も知らないままだった。それなのにまるで前からの知り合いであったかのように、気さくに話し、笑い合い、和やかな空気に包まれていた山形の旅。



ありがとう山形。ありがとう高瀬の皆様。また行きたい。次の機会が待ち遠しいと、心から思う。東北は、私にとってそういう場所だ。
                              
                          文と写真・いち

※実は私、今年の紅花まつりを無事訪問するため、昨年11月に弾丸山形旅を慣行しています。この時の約束は果たしました。


山形の旅の話は続きがあります。あなたに届け山形!よろしければ御覧下さい。




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