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「からす、コアラのマーチ、雲の波」

こんなことがあった。

天気の良い午後、探し物があって街を歩いていた。行きに通った道を帰りも歩いていた。歩道の向こうからは白系のお洋服を着たお嬢さんが一人歩いてくる。行きかう人は疎らだけれど、この時は自分とお嬢さん一人だけだった。
そして、電線にはカラスが二羽、止まっていた。

植え込み沿いに差し掛かった頃、二羽のカラスが物騒な声で鳴きだした。互いに譲らない様子で、喧嘩でもしてるんだろう、どすを聞かせて・・・
等と思いながら、しかし頭上で喧嘩は気持ちの良いものではないから、すたすた通り過ぎるつもりで歩いていた。お嬢さんも少し驚いた様子で速度を速めて通り過ぎようとした。
お嬢さんの方が二羽のカラスの下を通り過ぎるのが数メートル早かった。
あんなオシャレをしてカラスに何かされては危険だった、何事も無くて良かったと内心思う。

続いて私が通り過ぎる番だ。この街ではカラスが電線や歩道上でかあかあ言うのは日常風景だから、いつものように澄まして通ればなんの問題もない。そう高を括って歩いていた。

ところが、数歩進むとカラスが電線上を移動してくる。そして鳴く。嫌な感じで鳴く。不気味な様子で羽を広げ、二羽で代わる代わる近付いてきてはいつまでも交互に鳴く。

あれ、もしかして、私、狙われているのではないかしら・・・喧嘩じゃなくて、私が威嚇されているのではないかしら・・・

そう思い始めて間もなく、一羽がぐんと低空飛行で私の頭上を掠めていった。私はいつもと同じ黒色のキャップを被っている。髪は短く、耳はむき出しだ。羽音が随分近くで聞こえた。

なんだかとても、嫌な感じ。

私はかつて味わった事のない恐怖を感じた。二羽は執拗に私を追いかけてくる。これはもう、紛れもなく、私は脅されている。隙あらば襲ってやろうという魂胆だろうか。私は歩調を速めも緩めもせず、ひたすら前を向いて歩いた。色んなものが過ぎったが、とにかく足を止めず歩いた。

十メートル位続いたかと思う。

二羽のカラスは漸く私を開放した。

あの鋭い嘴、爪、光を受け付けない黒い羽――襲われていたら流血沙汰は免れなかっただろう。

この時期のカラスは、巣立ち間近のヒナを守る為、攻撃的になるらしい。

不穏な様子のカラスの鳴き声でそれを思い出した私は、同時に以前カラスに襲われて頭から血を流した人の話を思い出した。私の頭は帽子で守られていたけれど、顔も首筋も腕も耳もむき出しだったのだ。ちょっとでもあの鋭い爪が当たっていたらと思うとぞっとする。肝試しでもあまり怖がった事がない私だけれど、あの恐怖は、今までにないタイプのものだった。

私は歩きながら心の中でカラス共に何度も訴えていた。
「カラスの巣にもヒナにも興味などない。一切ない」と。


「話せばわかる」

そう言って通じる相手なら私もそうした。だがそんな相手でもなし、言った所でやっぱり問答無用とばかり、あの鋭利な爪と嘴でえいとやられて血を見るのがオチだったはずだ。
説得を試みず、無駄口を叩かず、黙々前を見て歩き通した私の判断は多分正しかったと信じたい。

余談だが、2019年放送のNHK・大河ドラマ「いだてん」での塩見三省さん演じる犬養首相の「話せばわかる」は凄かった。気負うでなく、訴えるでなく、心に直接届けられた気がした。しみじみと響いたものだから、未だ印象に残っている。


私はまだ山の中で熊や猪に出くわしたことがない。いや、今後も出くわしたくはないのだけれど、もしもそうなった場合、今度の体験は役に立つだろうか。中々のスリルだったけれど、役に立つだろうか。

いや、何をどう役立てればいいんだろうか。見せかけの平常心を保ったところで熊相手では生きて帰れる気がしない。野生を前に、人は無力とようくわかった。以前腕についた少し長めの掠り傷を人に聞かれて
「川で熊と鮭の取り合いになって」
なんて戯言を抜かしたことがあるけれど・・・反省している。


さて、カラスの話がすっかり長くなったけれど、他にもこんな事があった。


先日面白い空と出くわした。波状雲はじょううんというらしい。過去にも何度か見上げたことのある空だったけど、名前を調べたのは初めてだ。たしかに、まるで空の波間のよう。空はいつも違う。いつも違って面白い。昨今の気象変動は油断ならない。だけど嵐が来る前は普段と違う雲が見られる。台風の目にも列島に上陸しなければ入れない。あのそこはかとなく偉大で凡そ人間離れした感じ。

「自然」

という気がする。今年は梅雨時から台風と雨に注意が必要だそうだ。いつどこで何があってもおかしくない世の中だから、肝に銘じよう。

         「波状雲群れて水無月の空」


おまけ に聞いて欲しい事がある。先日、不定期に食べるコアラのマーチを食べた。ちなみに食べるならいちご味と決まっている。

コアラのマーチは何種類もある絵柄を楽しみながら食べるお菓子と思う。


「同じのしか入ってない!なんで?!」

そんな摩訶不思議な体験をした。生きてると色んな経験するんだなと学ぶこの頃の私だ。

それでは引き続き長編小説「よりみち」の連載をお楽しみ下さい。


                               いち


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