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「ふわふわ、ではありません、フワワフワーフです。」(第6話 はじめての旅行)


、のつぎに、、が二つで、、で、ワーフフワワフワーフです」

空を飛べるふしぎな生き物 「フワワフワーフ」(ワーフ)

顔や胴体をひっこめられたり、手のひらサイズになったり…
ちょっとヘンな生き物ですが、いつも一所懸命であわてんぼうのワーフが巻き起こす、たのしい物語です。 

(あらすじと、第1話「図工室のおばけ」はこちらです)

(第2話「ワーフ、学校へ行く」はこちらです)

(第3話「ワーフ、ショッピングモールへ行く」はこちらです)

(第4話「ワーフ、宅配便をはこぶ」はこちらです)

(第5話「ワーフ、プールへいく」はこちらです)


6 はじめての旅行


「今度の帰省は、ワーフと行く初めての旅行になるから、車で行くことにしたぞ」

夏休みに入ったある日、パパが言いました。

「車の方が、ワーフも迷子にならないしね。じいじとばあばも、前から早くワーフに会ってみたいって言ってるのよ。リーちゃんなんて毎日のように、まだ来ないの?いつ来るの?って聞いてるみたいだし。
あ、そうだ、ワーフにも旅行用のカバンを買ってあげなくちゃ」

ママがパチン、と手をたたきながら言いました。

イトの家族は毎年夏休みになると、ママの両親、つまりイトの祖父母の住む田舎に帰省しています。近所にはママの妹、アキおばさんの家族も住んでいて、イトの一つ上のいとこ、リーちゃんと呼ばれている、田辺たなべリツちゃんもいました。
パパの両親はイギリスに住んでいるので、何年かに一度しか会えませんでした。

ママはさっそく次の日、ワーフにタイヤの付いた小さな青いトランクを買ってきてくれました。

「わあー!ぼくこういうカバンがほしかったんだ!ありがとう!」

ワーフは大喜びして、早速トランクに荷物を詰め始めました。

「旅行はまだ二週間先よ」

ママがあわてて止めました。

「ワーフったら、気が早すぎ!」

イトも笑い、ワーフも一緒に笑いました。


旅行までの数日間は、またたく間に過ぎて行きました。
田舎の家の近くに大きな牧場があるので、みんなで行く予定でした。ワーフはあまりにも楽しみ過ぎて、毎日イトと、旅行の話ばかりしていました。

イトの家にしばらく暮らすうちに、ワーフの持ち物は、だんだんと多くなっていきました。
トランクには、ノート、筆箱、日本全国の地図、お菓子、絵本など、色々なものを詰め込んで、すでにパンク寸前でした。


ついに、出発の朝が来ました。高速道路が渋滞するので、イト達は朝五時に出発しました。
ワーフはいつもなら寝ている時間なのですが、興奮していたので眠くならず、明け方の街の景色を眺めていました。

「おみせ、ほとんどしまってるんだね…。あっ、ねえあれみて!いまって、あさじゃないの?ゆうやけがみえるよ!」

「ワーフ、あれは朝焼けっていうのよ。お日様がのぼってくのよ」

ママが言いました。

「あさやけかあ…すごくきれいだね」

ワーフは、高速道路のあっという間に流れて行く景色に目をうばわれていたので、カーブを曲がったところで、突然大きな山が見えてきたのに驚き、大きな声を出しました。

「ねえみて!!すごくきれいな、おやまがある!おっきいよ!」

「あれはね、富士山っていうのよ」

イトが教えました。

「日本一、高い山なんだよ。そうだ、お札にも描かれてるだろ?」

パパが言いました。ママが千円札をお財布から出して、ワーフに見せてあげました。

「わあ…、すっごくきれいな かたちだねえ」

きれいなものが大好きなワーフは、富士山がすっかり気に入ってしまいました。

その後も渋滞にもあわずに順調に進み、午前中のうちに、ママの実家に到着しました。
車の音を聞き付け、ばあばが外に出てきました。

「よく来たわねえ!イトちゃん、しばらく会わないうちに大きくなったわねえ。ほらこの間は、ばあばのここら辺だったのに」

ばあばは、自分のおなかの辺りに、手のひらを当てながら言いました。

「それで…まあ!あなたが、ふわふわ君ね!」

「はじめまして、おせわになります。フワワフワーフです」

「ふわ、わわ…」

、のつぎに、、が二つで、それから、、で、わーふ
フワワフワーフです。」

「ワーフ、でいいと思うよ!」

イトが付け足しました。

「そうだった、ワーフくんね!来てくれて嬉しいわ。フワフワで、ほんとにかわいいのねえ。さ、とにかく暑いし、みんな上がって」


田舎の家は、かわら屋根の古い家でした。引き戸を開けると、土で固められた土間どまになっていて、そこが玄関になっていました。
昔は、土間の奥の方には台所があったようですが、イトのママが小さい頃には、もうリフォームされていて、今は洗濯機などが置かれていました。

入ってすぐ左は和室になっていて、土間から上がるのには、かなりの段差がありました。踏み台は置かれていましたが、イトはここに来るといつも、よいしょ、と気合をいれてよじ登る、という感じでした。
正面には大きなお仏壇ぶつだんがあり、土壁つちかべの上の方には、ご先祖様の写真が数枚、飾ってありました。
ワーフははじめて入る和風の家に興味津々で、あちこち飛び回りました。

「まあ!ワーフ君って飛べるの?!すごいわねえ!ねえ、お父さん!ほら、来て!ワーフ君来たわよ!飛べるのよ!」

ママのお父さん、つまり、イトのじいじが来ました。

「空飛ぶ犬か…?」

ずいぶん前から写真や動画を送っていたので、知っていたはずなのですが、じいじはワーフを見てびっくりしていました。

「犬じゃないわよ、ワーフ君ですよ。かわいいのよ!」

ばあばが言いました。

「はじめまして、ボク、フワワフワーフです。すごくいいにおいがして、ステキなおうちですね!」

「素敵だなんて、そんな風に考えたことなんか、無かったよ」

じいじが言いました。

入ったときに感じた古い家独特の匂いは、ワーフにとって落ち着くもののようでした。
ワーフは壁に、古い振り子時計があるのに気がつきました。

「これ、おおきなとけいですね。ぼくよりおおきいなあ」

「これはすごく古い時計でね、もう何十年も、毎朝お父さんがネジを巻いているのよ。」

ばあばが言いました。

「この、したのとこの、まるいの、ずっとうごいてるんですね。わあ、よくみると、もようが、とってもこまかくて、きれいだなあ…わあっ!!」

ワーフがふわりとうかんで、顔を近づけたちょうどそのとき、時計は十二時を指して、ボーン、ボーン…と鳴り始めました。
十二回鳴り終わるのを、ワーフは目を閉じて聞いていました。

「いいおと…」

「これの良さがわかるだなんて、いい趣味してるじゃないか」

じいじが、嬉しそうに言いました。

「さあさあ、お腹すいたでしょ。お昼にカレーライス、用意してあるから、手を洗ってきなさい」

ばあばが言ったので、四人は荷物を置くと、洗面所に向かいました。

「ボク、カレーだいすきです!おなかペコペコです!」

誰よりも早く食卓について、ママが用意していた食事用エプロンを着け、スプーンを片手に待っているワーフを見て、パパが笑いながら言いました。

「ワーフは飛べるから、あっという間に準備ができていいなあ」

「飛べるからじゃなくて、食いしん坊だからよ、間違いないわ」

ママが言い、みんなが笑いました。


お昼ご飯のあと、庭に白い軽自動車が入ってくるのが見えました。

「あ、きたきた」

ばあばが言いました。

軽自動車からは、ママの妹のアキおばさんと、娘のリツちゃんこと、リーちゃんが降りてきました。
リーちゃんも、前からワーフの話を聞いていたり、スマホで写真や動画も送ってもらっていたので、朝から興奮していました。けれども、久しぶりに会った、いとこのイトに照れてしまい、なかなか話しかけて来ませんでした。

「ほらあ、リツったら。こんにちは、は?」

アキおばさんが言いました。

「…こんにちは」

「…こんにちは」

イトも小さく答えたのですが、そのとき突然起こった騒ぎで、かき消されてしまいました。


「ウーーー、ワンワンワン!!」


「コンニチハーーーッッッ!!!」


前庭からワーフが全速力で走って来て、その後ろから、小さな茶色い犬がすごい勢いで追いかけて来ました。

「ミルクっ!!だめっ!止まりなさーい!!」


その後をイトのママとアキおばさんが、こちらも全速力で追いかけて来ました。
リーちゃんとイトは、あっけにとられて見ていましたが、ワーフ達が前庭を三周ほどしたところでイトは我に返り、叫びました。


「ワーフっ!!飛んで!飛べるでしょ!!」


「あっ!!そうか!!」


ワーフはフワッと、飛び上がり、一直線に空に向かって飛んでいきました。犬はびっくりして立ち止まり、ワーフを見上げてワンワンほえました。

「もう…!!あー良かった…ほら、おいでミルク」

イトのママが、犬を抱き上げました。
犬は、アキおばさんの家で飼っているトイプードルで、一緒につれてきたのですが、車から下ろした途端、ワーフを見つけて追いかけてしまったのでした。

「ワーフごめんねーっ!もう降りてきていいわよーっ!」

ママが空に向かって叫びました。

ワーフは、庭にある大きな木の上に座っていましたが、恐る恐る降りてきました。

「こんにちはーっ!はじめまして、ぼくはフワワフワーフといいます。、のつぎに、、が二つで、それから、で、ワーフフワワフワーフです」

「ワーフ君、はじめまして!……うちのミルクが、ほんとに、ごめんなさいね………大丈夫だった?」

アキおばさんが、ゼイゼイと息を切らせながら言いました。

「はい、だいじょうぶです!ぼく、きゅうだったもんで、びっくりして、にげちゃったんです」

「逃げながら『コンニチハーッ!』ってあいさつしてたわよねえ。ほんと、良い子なのね」

アキおばさんが感心して言いました。

「さっきは、いきなりだったんで…でも、はなせば、わかってくれるとおもいます」

「話せば?って、誰に?」

「ぼく、よそみしてて、ミルクさんのまえに、きゅうに、とびだしちゃったんです。だからびっくりして、きっとこわくて、おいかけちゃったんです。ミルクさんは、わるくないです。ぼく、あやまってきます」

「え?誰に?」

ワーフはふわふわと飛んでいき、イトのママが抱っこしているミルクのところに行きました。
そのとき突然、真っ白だったワーフの毛が、ミルクと同じ茶色に変わりました。

「ワーフ?!」

イトがびっくりして叫びました。ワーフは何やらしゃべっているようでしたが、一番近くで聞いているイトのママにも、よくわからないみたいでした。

「もうだいじょうぶ!おともだちになりました!」

「え?友達?」

ミルクもワーフも、笑っているように見えました。

「もう、へやにはいって、あそびたいそうです。あ、それから、のどがかわいたって」

「ワーフ、犬とおしゃべりできるの?!」

イトが聞きました。

「うん、あれ?そういえば、いってなかった?」

「えーっ!!すごい、びっくりした…!パパも気づかなかった?」

ママも驚いて、パパに聞きました。

「あ…もしかしたら、って思ったことはあったけど…」

「えーっ?!あったの?!」

「えーっ?!なんで教えてくれなかったの?!」

イトとママに同時に叫ばれて、パパはしまった、というような顔をしました。

「だって、そうと確信したわけじゃなかったし…。すっかり忘れてたよ。前にワーフがベランダでスズメに顔を近付けてて、そのとき毛皮がスズメと同じような茶色になってたから…」

「…ってことは、犬以外の動物とも話せるのね。とにかくワーフってば、すごいわねえ」

ママが感心して言いました。当のワーフは、家の中にもう入っていて、トイプードルのミルクと、楽しそうにボールで遊んでいました。
アキおばさんとリーちゃんは、その日は用事があったので、夕方近くには帰っていきました。

 

次の日は、前から予定していた近くの岩田牧場に行く日でした。
全国的にも有名なとても広い牧場で、山羊や羊に餌をあげられたり、馬に乗ったり、他にもクラフト体験など、夏休みのイベントがたくさん開催されていました。
真夏でしたが思ったより過ごしやすい日で、牧場は多くの家族連れでにぎわっていました。

パパの車に、ママ、イト、ワーフ、リーちゃんが乗り、アキおばさんの車に(りーちゃんのパパは、その日は仕事で来られませんでした)、じいじ、ばあばが乗って、全員で八人でやってきました。

「混む前に、ふれあいコーナーに行こう」

イトのパパが言いました。ふれあいコーナーとは、ウサギやモルモットなどと同じ囲いに入り、エサをあげられたり、抱っこができるスペースのことです。
小さなカップに入ったスティック野菜を百円で買うと、イトとリーちゃん、ワーフは、囲いの中に入りました。

「ほら、イトちゃんみてみて!茶色のウサギ、かわいいよ!」

「リーちゃん、こっちこっち!こっちの子の方が、大人しいから抱っこしやすいよ!」

リーちゃんとイトは、もうすっかり打ち解けていました。

「わあ、この子たち、かわいいなあ!」

ワーフは、木箱に十匹以上入った、ハツカネズミに興味を持ちました。
そっと手を出すとワーフの細い腕にかけ上がろうとしたり、とてもかわいいので、ワーフは箱の中を飽きずに眺めていました。

「…うん、そうだよ。けっこう、とおくからきたの……あ、ううん、まさか!ボク、ネズミはたべないから、あんしんしてね」

「ワーフったら、ネズミと話してるの?」

イトが言いました。

「うん!」

よく見てみると、ワーフの真珠色の毛皮が、ハツカネズミの白い毛皮に変わっていました。

そのあとも、イトとリーちゃんは、モルモットやウサギを抱っこしたり、エサをあげたりしていましたが、囲いの外からアキおばさんが、

「リツ、イトちゃん、ワーフ君!そろそろ行くわよー」

と、声をかけました。

「はーい…あれ??」

「リーちゃん、ワーフ知らない?」

イトとリーちゃんは、目の前の動物達に夢中で、しばらくワーフを見ていないことに気づきました。

「先に出たのかな?」

「そうかも。出口にいってみようか」

イトが言いました。二人はワーフの姿を探しながら歩きましたが、どこにも見当たりませんでした。
出口近くまで来た時、リーちゃんが、振り返って言いました。

「ねえねえ、あそこの箱のところ、なんであんなに人気なんだろう?」

リーちゃんが指差した箱のまわりには、たくさんの子供達がむらがっていました。

「さっきまで、あんまり人いなかったのにね、ハツカネズミのところ。あ、そういえばさっきそこに、ワーフがいたけど…」

イトとリーちゃんは、子供たちの隙間からのぞいてみました。

「あれ、ねずみじゃないよ。ウサギ?…あれ?モルモットかな?ちょっと、大きすぎるような気もするけど…」

イトもよく見てみると、中心には白と黒の毛皮の動物がいるようでした。

「かわいいー!」

「ねえ、次、さわらせて!」

「順番だよ!」

子供たちは、争うようにさわっています。

「ねえ、それ、ウサギ?モルモット?」

リーちゃんが近くの小さい子に聞きました。

「ううん、パンダの赤ちゃんだよ!」

「えっ?!パンダ?!」

イトものぞき込んで、よく見てみました。
バスケットボールより少し大きいぐらいの白黒の丸い動物は、たくさんの子供達にさわられているのにも関わらず、ぐっすりと眠っているようでした。その大きさ、毛皮の感じ、どこかで見たことがあるような…。

「ワーフ?!」


イトの叫んだ声に、白黒の動物がビクッと反応し、ふわりと浮かび上がりました。

「あっ!パンダが飛んだ!!」


近くにいた女の子が叫びました。そのとたん、白黒の毛皮が真珠色に変わりました。

「ワーフ、こっち!」


「イト?」

ワーフがイトの腕に、ぴょんと飛び込みました。

「パンダがとんだっ!」

「黒いところが消えたよ!」

「ねえ、パンダ!さわりたい!」

子供達が大騒ぎするなか、リーちゃんとイトとワーフは、大急ぎでその場をはなれました。


「ワーフったら、なんで白黒もようになってたの?」

木陰のベンチで休憩しながら、イトはワーフに聞きました。

「ぼく、パンダのブンちゃんと、はなしてたから…」

「ワーフったら。ふれあいコーナーに、パンダはさすがにいなかったと思うけど」

イトのママが言いました。

「シロとクロのけがわで、あ、えーと、ネズミがおおきくなったみたいな…」

「あ、それ、モルモットじゃない?ふれあいコーナーに、確かいたわよねえ」

アキおばさんが言いました。

「そっか!モルモットっていうんだ。ボクてっきり、シロとクロだから、パンダなのかとおもってた」

「そっか!ワーフって話してる動物の色になるんだったよね。でも、モルモットとなに話してたの?」

リーちゃんが聞きました。

「なんだっけ?えーと…あ、そうそう。きょうは、きのうよりは、あつくないね、とか、あ、あと、もうおなかいっぱいだからエサはいらないのに、こどもたちが、くちにグイグイ、おしつけてくるんだよね…とか、いってたよ」

「ふれあいコーナーの動物たちも大変だなあ」

パパが言いました。

「ねえ、そろそろ行こうよ!クラフトやりたい!リーちゃんもやる?」

イトが言いました。

牧場にはオルゴールや貯金箱、小物入れなどを、木で手作りできるコーナーがありました。

「やる!やりたい!ねえ、ママ、良いでしょう?」

「いいわよー。ワーフ君と三人でやったら?」

「やったー!!」

三人は、クラフトコーナーがある建物へ走っていきました。
入り口を入ると、ふわっと木の香りがしました。天井が吹き抜けになっている広々とした空間で、テーブルがたくさん置いてありました。

「すずしい…!」

中はクーラーが効いていて、今日は比較的過ごしやすかったとはいえ、暑さにやられていた一同は、ほっとしました。

中央の棚には、色々な種類の木工作品がならんでいました。子供でも作れるように、元になる形がすでに作られていて、色を塗ったり、飾り付けをして仕上げるようになっていました。

結構長い時間迷って、イトはペン立て、リーちゃんはフタつきの小物入れ、ワーフは家の形のオルゴールを作ることにしました。
三人は飾りに使う、ビーズや人形なども選んで、ようやく作業に入りました。
木にやすりをかけたり、絵の具で色づけしたりしたので、ワーフの毛皮はかなり汚れてしまいましたが、三十分かけて、なんとかみんな完成しました。

「ワーフ、きれいなお家ね!ねえこの看板、何て書いてあるの?」

リーちゃんが聞きました。

ワーフの作った家の形のオルゴールは、煙突がついていて、屋根は青色で塗られていました。壁には、丸やひし形などの、変わった形の窓がたくさん描かれていました。
小さな庭の部分は一面、色とりどりのビー玉で埋めつくされ、光が当たってキラキラ輝いていました。小さな四角い板の看板には、何やら書いてありましたが、どこかの外国の字のような、イト達には読めない文字でした。

「あ…えーと?…そういえば、なんてかいたんだろう?」

「ワーフ、自分でもわかんないの?」

「…うん。ボク、なんでこんなじ、かいたのかな…?」

ワーフは首をかしげました。


***


お昼ごはんのあと、三人は馬に乗ることにしました。牧場の人に引かれた馬に乗り、花畑の回りを一周する、というものでした。
じいじとばあばは、外が暑すぎるので、レストランで待っていることになりました。

「誰から乗る?じゃんけんする?」

「そうだね!」

「最初はグー、じゃんけんぽん!」

結果、イト、リーちゃん、ワーフの順番になりました。
乗馬コーナーは大人気で、大勢の子供たちが並んでいました。ワーフは、イトとリーちゃんが楽しそうに乗っているのを、ワクワクしながら眺めていました。
そしてついに、ワーフの番がやってきました。

「はい、次のかた。こちらへどーぞ」

「あっ!えーと、つぎはボクです!ボクでーす!」

「えっ、あ、すみません…小さくて気付かなくて…」

ワーフが抜かされそうになる、という、ちょっとしたハプニングがありましたが、無事に乗ることができました。
踏み台を使うことなく、ふわりと馬に乗ったワーフを見て、係のお姉さんはびっくりしていました。

ワーフの馬は、「ワサビ」という名前の、茶色のメスの馬でした。
ワサビは、背中のワーフをちらっと振り返り、少し驚いたようでしたが、ゆっくりと歩き出しました。

「…え、そうなの?…そっか、それはしんぱいだね…」

花畑を一周して帰ってくるころには、ワーフとワサビは、すっかり打ち解けて話していました。

「のせてくれてありがとう!すっごく、たのしかったよ!」

乗ったときには真っ白だったワーフの毛皮が、ワサビと同じ茶色になっている上に、馬と会話しているようにみえたので、係のお姉さんは再びおどろき、目を丸くしていました。


「ワーフ、馬となに話してたの?」

そろそろ帰ろうか、ということになり、お土産やさんに向かっている途中、イトが聞きました。

「あのね、ワサビちゃん、さいきん、きになることが あるんだって」

「どんな?」

「あのね、そだててくれた、おねえさんが、あ、ホンジョウさん、っていうみたいなんだけど、そのホンジョウさんがね…」

ワーフの話は、そこで途切れました。 


「待ちなさいっ!!どこ行くの?!」


少し前までいた花畑の方で、騒ぎが起きているようでした。
みんなが振り返って見てみると、花畑の囲いを蹴破り、茶色い馬が全速力でこちらに走って来るのが見えました。

「きゃーっ!」


回りにいたお客さんが、あちこちに逃げていきます。イトたちも、慌てて走り出しました。

「あれ、ちょっとまって…」

ワーフが立ち止まって言いました。

「ワサビちゃん?!」


茶色い馬は、さっきワーフが乗った、ワサビでした。

「ワーフ、危ない!飛んでっ!」


イトのパパが叫びました。その瞬間、ワーフはふわりと浮かびました。


「ワーフ?!」



ワーフは、ワサビの背中に飛び乗り、顔の近くまでよじのぼりました。
ワサビは興奮して、走り続けています。ときおり顔を左右に降り、何かを探しているようにも見えました。

「…ほら、おちついて。ボクだよ、さっきの…そう、ワーフだよ!わさびちゃん、どうしたの?………え?…うん。……ああ、それでかぁ、だったら…うん、わかった。ボク、きいてあげるから……だいじょうぶだよ、ボクがきいてあげるから…」

茶色になったワーフが何やら耳元で話すと、ワサビは少し落ち着いたようで徐々に速度をゆるめ、ゆっくり歩き始めました。
そしてそのままくるりと向きを変えると、花畑の方に戻って行きました。
青くなった係の人たちが、やっと追い付いてきて、ワサビとワーフの様子を、あっけにとられて見ていました。

ワサビが囲いの中に戻ると、ワーフは飛び降りて、係りのお姉さんに言いました。

「すみません、ホンジョウさんはどうしたの?って、いってます」

「え?ホンジョウさん?え?」

「そうです。ホンジョウさん」

「え?ホンジョウさんが?どうしたのって?ワサビが?」

「そうです」

「え?ホンジョウ…本上さん?ワサビを育てた?」

「そう、ホンジョウさん」

ワーフは辛抱強く言いました。

「なんにちかまえ、きゅうに、ぐあいがわるくなって、いなくなっちゃったって。きょうこそ、あえるとおもったのに、って、いってます」

「え?ワサビが?」

「そう、ワサビちゃんが、どうしても、おしえてほしいって、いってます」

話がなかなか進まないことに、腹をたてたのか、ワサビが鼻を鳴らし、地面を蹴りました。

「…ああ、えっと、確か三日前に早退してから、休んでるわ。でも本上さんは、病気じゃないのよ。お腹に赤ちゃんができたの。だから、気持ち悪くなっちゃって…今日もまだ、つらいらしくて、お休みしてるのよ」

「そうだったんですね!」

ワーフが嬉しそうに、

「ホンジョウさん、びょうきじゃないって!あかちゃんだって!」

と伝えると、ワサビは少し鳴いて、嬉しそうにそこら中を跳ね回りました。そして少し落ち着くと、ワーフの耳元に何やらささやきました。

「あの、サクをこわして、ごめんなさいって」

「え?」

「あ、ワサビちゃんが、いってくれって」

「ああ…ワサビは、本上さんが心配だったのね。親代わりみたいだから…どうしていなくなったのか、知りたかったのね…」

ワサビが、ブルッ、と鼻を鳴らしました。

「ワサビを止めてくれて、本当にありがとう。あなたのおかげでみんな無事だったわ。もし誰かに、ケガでもさせていたらと思うと…」

お姉さんは心からほっとした様子で言いました。

「ところで…あなた、お名前は何て言うの?」

「ボクはフワワフワーフです」

「フワフワ…」

「ふ、のつぎに、わ、が二つでそれからふ、で、ワーフ、フワワフワーフです」

「ふ、の次に…わ…」

「私たち、ワーフって、呼んでます」

イトのママが、助け船を出しました。

「ワーフ君、ワサビの気持ちを教えてくれてありがとね」

そのとき、血相を変えた男の人が、こちらに走って来るのが見えました。



「ワーフのおかげで、ずっと忘れられないような一日になったなあ」

帰りの車の中で、パパが言いました。
さっき駆けつけてきた男の人は、牧場主でした。その人は、馬が脱走したのに誰もケガをしなかったのは、ワーフのおかげだと、何度もお礼を言いました。

そして、迷惑をかけたから…と、今日の分の全員分の入園料を返してくれたうえに、今後はいつでも無料にします、と言い、最後には、おみやげもたくさん、持たせてくれたのでした。

「暑かったけど、楽しかったわね。また、ワサビちゃんに会いに行きたいわね、ワーフ…あら、寝てるわ」

ママが後部座席を振り替えると、子供たちはみんな眠ってしまっていました。

車が揺れるたびに、ワーフの真珠色の毛皮が美しく波打って見えました。車内には、パパとママの低い話し声だけが響いていました。


第7話「クリスマスの夜」へつづく)


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