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 コーちゃん、カレーを作る

もうネタばらししていいか。一年?マ?

                          大江戸 厳四郎

 十時のお茶を簡素なルイボスティーとカステラで済ませ、イトーとテレヴィを見ていると、浅黒いテレヴィタレントがコマーシャルで「カレーを食べよう!」といった。

「コーちゃん!お昼はカレーライスを食べましょう!」

千佳はあいにく同窓会で昼過ぎまで帰らないが、喫茶店で待たずにいつも難なく出てくる、千佳がいつも「カレーでいいわよね?」という類いのものならきっと容易に違いない。

「コーちゃん!カレーにしましょう!」

イトーがはしゃぐ、私は秋めいた日差しを浴びたソファからゆっくりと立ち上がると、サイドボードの簡素な本棚から千佳の料理本を手に取り、眼鏡を合わせた。

『初心者向けフライパンで作るカレー』

これならばまず失敗はしないであろうように思えた、少し早いが、私は早速千佳の水色のギンガムチェックのエプロンを借りて、調理場に立った。


『①まずは玉ねぎをみじん切りにしましょう』

 しょっぱなの出だしから私はやおらに躓いた。さてみじん切りとは?

 千佳の作ってくれたカレーライスを思い出す、玉ねぎはどうであったか。

 老境において食い意地だけは一人前にあったように思えたが、いざとなると心もとないものだ――何ごとにかけても――はて、みじんとは『木端微塵』のことであろうか?

 であれば、私は玉ねぎを切るのではなくすりおろし器ですり下ろせばよいはず。玉ねぎをしこたま残し、指を切る恐怖と流れる涙におののきながら、


『②玉ねぎと豚肉を炒めます』

豚肉なら冷凍庫に細切れがあったはずだ、もっといい肉があったはずだが今回は本に習おう、凍ってはいるが炒めれば溶けるはずだ。玉ねぎも入れるらしい。

 炒める時間が書いていないが、確か豚肉は生焼きはいけないと聞いた――よく炒まった、確かに火が通ったように思える――頃合いを見て火を止めた。


『③玉ねぎと豚肉を炒めたらフライパンからお皿に移し、ジャガイモは芽を取り皮をむき、人参も皮をむき、薄く切ってレンジで3分。』

 ジャガイモは、どこかミシマの学生時代を思わせる精悍なたたずまいで出番を待っていた。芽を取る、芽を摘むそのようなことはしなくてもよいではないか!私は急に愉快になり、それらを手を切らないように厚くむくと青臭く可愛らしいミシマらしさのような芽をそのままにした

 その学生服の似合う紅顔の美男子のような面持ちで佇むじゃがいもを私はしばらく見ている

「コーちゃん!どうですか?」

イトーが台所を覗きにきた、私はじゃがいもと人参を電子レンジにかけると、

「こちらのちょうしはようようだ」

イトーはそう言われCDプレイヤーでロードの第八章を聞くことに戻った


『④ ③、②を鍋に入れ、お湯を浸し、しばらくのちルーを入れます、できあがり』

 そのくろぐろとした何かの焼き焦げは、確かにかつて豚肉であったはずであった。すこし大きく切りすぎた――じゃがいもなどはそのままの――野菜たちはそれぞれのもち味を青年らしく高らかに主張し、カレー粉は焼け焦げてうちひさがれがれた犬のようなおももちでうらびれていた。

 これをイトーに食べさせることようなことがもしできれば、なるほど、純文学の本など書かないものを!

 私は恐ろしさすら感じるような大きな声で笑い、全てをナイロンで包んでゴミ箱に投げ入れた。確かに何かに勝利したように思えた。


 そして「コーちゃん!どうですか?」と声を上げるイトーにもうすぐだと告げると、こないだ贈答品でいただいたホテルのレトルトを皿によそって温め、パックのごはんも同じようにした。

「さて、コーちゃんのお手製だ!おいしいぞ!」

皿によそわれたカレーライスの美味さは、もはやお墨付きであった。

「では、いただきましょう!」 

そのカレーはホテルで食べたものとはどこか違い、しかししっかりと煮込まれてはいた。そのくろぐろとしたテカリはいくぶんグロテクスでさえあったが……

「コーちゃん!おいしいです!よく煮込んであります、ホテルに負けていませんね!」

イトーは笑っていた、そしてそれこそが、確かに今日はカレーライスを作ったのだという思いにさせたものだ。

 三時ごろ同窓会から帰って薄桃色のコートをハンガーに掛けている千佳に、

「今日はコーちゃんがカレーを作ってくれました!」

とイトーが高らかに告げてしまえば、片付けのしていない台所と汚れたままであるギンガムチェックのエプロンをもって私の静かな水曜日は終わるのであった。

ブログ書かないだろうし(あったら教えて欲しい)
聞くのはたぶんロードの何章じゃない(私クラシック詳しくない)
料理をやらない(たぶん)
水色が好きな千佳と素朴なイトーの家族がいる
眼鏡をかけた作家さんになりきってみました。
誰の話をしているんだ。だから。


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