チョコレートと僥倖

一緒に幸せになりたい人の顔が思い浮かばなかった。だけどそれは特定の誰かではないだけで、ほんとうは幸せにしたいひとに囲まれている。なりたい、したい。相手の思いが入ってくる双方向のものにとても臆病だ。今苦しいのは、きっと見えないものやきこえなかったものがみえるようになってきたからだ。これまでもあったのに、気づかずにこれまで生きてきただけだ。

ある作品の台本に「目かくしの引力」っていう表現があった。それは
知らない方が、知識などない方が幸せだったというモチーフだ。知ってしまったら知らなかったときには戻れない。

「チョコレートを食べたさかな」という絵本がある。さかなは、橋から男の子が落としたチョコレートを食べてしまって、いつかを待ち焦がれたまま死んでしまう。チョコレートなんて知らなかった時の方が苦しくもないし、しんどくもなかったはずだ。落ちてきたチョコレートは偶然の僥倖で、だけどそこから先の幸せを決して手に入れることはできない。

だから、ただ自分の力でもう一歩先の世界に進めるようになるといい。
特定の誰かとともに見る幸せを手に入れることはできないけど、その前段階として、他の誰かと共にみる幸せを手に入れられる自分になれるかもしれないラインにいる。

これまでずっとひとりであたりまえだったのに、誰かとともに過ごす時間をしってしまったからだろう。知らないままで生きることは死んだように生きるようなものだと知ってしまったから。

きっと私の心はもっと生きたいと言っている。
だけど、これまで積み重なったあたりまえと習慣が、全てを壊していく。
そうすると言葉がでてこなくなる。
これまでのテンプレートな私しか出てこないことに吐き気がする。

強くなりたい。


サポートあれば嬉しいです!皆様の心の励みになりますように。