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第32話:命の摂理

退職者を祝う宴のたけなわ。

退職者の一人である老教師が
「皆さん、聞いて下さい」
と、突然席を立って大きな声で言った。

一同、静まりそちらに注目すると、

皆さん、私は長年かかって人間が癌に冒される仕組みを解明しました。
それをご披露したいと思います。

そう、老教師は言った。

物理を専門とする教師だった。
どちらかと言えば目立つところのない、
風変わりなところのある人で、
それゆえ一部の若い教師からは
冷笑の対象となりがちである、
そんな人だった。

一同、半信半疑だったが、
それでもそちらへ耳を傾けた。



夜空があります。

そう、老教師は朗々と語り始めた。

どこまでも続く漆黒の闇の中に、
美しい星が瞬いています。
天空の中央には天の川が、
幾千の星を連ねて輝きながら流れています。
宇宙の生命の輝きです。

その天の川のほとりに今しも神が佇み、
その流れの中から一つの輝きを掬い取りました。
それこそ無作為に、
全くランダムにスッスッと掬い上げるのです。

こうして一つの命は神に召されて行くのです。
・・これが私の解明した命の摂理です。


老教師は座り、
それと同時に
一座に失笑やら嘲笑やらが生まれた。

そして
何事もなかったように、
酒宴はまたもとの喧騒に戻っていった。

(土竜のひとりごと:第32話)

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