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糧なのか、枷なのか

月曜日、屋台の最終営業を終えた。

最終日の売上は81ドル。

通勤帰りのお客さんが多い通りで、祝日の営業をしたにも関わらず健闘したと思う。

途中から、日本から応援に来てくれたゆきえさんと一緒にチキンを売ったよ。
ありがとうございました!!

最終日、営業終了時間になってみて最初に思ったのは、

「ああ、終わった‥‥!」

という一言に尽きた。笑

フルマラソンを完走し終えたかのような終わり感。

この日ばかりは自分でも、2ヶ月間やり切れたことをお疲れ様と褒めてあげた。


どんどん過ぎ去っていく勲章

屋台を終えた次の日、色んなものを手放していった。

お借りしていたコンロを返して。
屋台受け入れ先に屋台をお預けして。

(お兄ちゃん運搬お疲れ、ありがとう)

屋台の時に使っていた服、靴も手放した。

カンボジア屋台の勲章は、気付けば手元には法被一つ。

屋台機材も、衣装も、全部片付いてしまうと、なんだか私がやってたことなんて、本当は存在していなかったんじゃないかみたいな気分になる。

こうやって、自分がやったことですら、どんどん過去になっていく。

どんどん忘れていく。


過去はつきまとうのか

昨日、ふと感じたのは、
この先の私に、カンボジアで一人屋台を経営する以上のことがあるのだろうかということ。

でも、生きている限りはあると思う。

少なくとも、自分史上は。

とは言っても、カンボジア屋台の記憶は強烈だから、事あるごとに脳裏に浮かんでくるに違いない。

「あの時の私ならもっと‥‥」

そうやって足枷にしてしまう時もあるかもしれない。


それなら、周りからみたら?

時に、その枷は如実に私の前に現れることになると思う。

カンボジア屋台は、今のところの私の人生で最高の飛び道具だったから。

でも、「屋台がすごかった人」として死んでいくのもどうなのよ? と脳内会議が始まった。


自分で選んだ道を進む

脳内会議の終着点は、「周りは関係ない」だった。

自分が本当に向かいたい方向に向かっているなら。
自分の心が喜んでいるなら。

周りから何を言われても、どう思われても、
私の人生の選択には関係ない。

選択した先で、周りに感謝しながら関わるだけ。

周りの人は色々言うけれど、最後に決めて動けるのは私だけだからね。

人生RPGの主人公は、自分です。

人の顔色見て振舞って消耗するくらいなら、
自分の好きに振舞って消耗する方がマシ。

自分にとって心地良く居る状態の自分が好き。
その感覚を忘れたくない。

だから、私は周りを気にしすぎちゃいけない。


糧にして生きていく

これから先どうなるのかは、自分でもわからない。

でも、わからないことをそんなに不安がらなくなったのは、カンボジア屋台のおかげ。

不安定な状況でも、意味があると思って出来る限り楽しみたい。
そういうマインドの部分は大いに糧にする。

なんとかなる。なるようになる。なんとかする。


過去は過去だけど、私は今と未来を生きていかないといけないから。

気付かないうちに、自分に足枷を嵌めてしまわないように。
自分の心地良さを失わないように。

ご静聴、ありがとうございました。

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