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EP. working memory〈GHOST with HUMAN 8910〉の結成、あるいは出現に関するポートレート


EP. working memory


〈GHOST with HUMAN 8910〉の結成、あるいは出現に関するポートレート。
(GwH、自創作バンド1周年記念)

1.雲の上

 往来に見果てぬほど高い梯子がかかっていた。子どもは、青年は、老人は、そして狼人は、それぞれに上り、雲の上を見た。
 〈灰色の街〉では見たこともない明るい青空だ。もちろんそこは死者の国ではない。かれらは梯子を降り、また街に戻った。
 誰かが来れば必ず痕跡が残る。子どもが上げた歓声。青年が落とした目の鱗。老人が溢した笑み。狼人は、注意深く己の痕跡を消したという事実を残した。まぜまぜ練り合わせる菓子のように大気がうごめき、雲の上に、ふわふわとしたものがうまれる。
 ふわふわとした者は、ふわふわと雲海を漂った。アップ、ダウン。アップ、ダウン。ポップン、ローリン、ステップ。眼下にみえる、港町コットンシー。駆ける子ども、転がるボール、受け止め投げ返してやる青年、ベンチの老人。もうじき実るレモンの木。眩いユニヴァーサリー。
 下界と違って領域を分断する障壁はない。予感する。すべてを言い表すことができるのは〈距離〉だ。そして、黒いスーツの運び屋が、オフアクシスで時空の裂け目を跳ぶ瞬間を見た。間近な距離で。
 ふわふわとした者は、自身もまたその衣装をまとい、やわらかく回転し、舞い、跳ね回る。

2.カマキリ

 芸能事務所「トイ・メイカーズ」にて新規開拓・新人発掘の業務に携わるパラマイア氏によれば、〈灰色の街〉には幽霊が溢れている。死を恐れることのなくなった者は生者ではない、というのが氏の口癖だ。
 ムーンサイド・トリアゾラム・スタジオでは、ひっきりなしに誰かがなにかを叫んでいる。ONAIRのランプが点いては消えてまた点いた。
 パラマイア氏は、この忙しない場所に時たま訪れては、小道具係や音響係を捕まえて、どこかに面白いヤツは居ないかと尋ねる。
 ホールチルドレン[亞莫病のこどもたち]が次々と行方不明に? 中央銀行マリー・ウォーレン総裁とルポライターのスキャンダル? いやいや、求めているのはゴシップじゃないんだ。そういうのは報道記者の耳に入れてやりたまえ。
 亞莫病の初期症状と思われる湿疹様相の黒い消失点を掻きながら、若い美術スタッフが絡まる靴ひもをみるような顔つきで答えた。
「深夜の音楽企画で、バックDJがラッパーより目立って喧嘩になったらしいです。仲裁した番組ADが不気味だったってこぼしてましたよ……たしか、カマキリみたいなステージネームの目隠し男だって」
 氏は、桃の形をしたふざけたサングラスをすこし持ち上げることで礼を述べ、「カマキリみたいなステージネームの目隠し男」を探しはじめる。

3.無声

 第9核暦8年、第3の月。〈ゴースト〉を名に冠することの矛盾について、たったいまサファイア・ゴーストになった人物は考えていた。
 通信している事務員の話もどこか遠くで聴こえるようだ。
「記録も記憶も、指示の通り作成しました。あなたは元々アイドルで、ミュージシャンへ転向したと。調べればちゃんとそういう過去が明らかになるように」
 丁寧な説明に、サファイア・ゴーストは無言で頷いた。通信係に伝わるかは定かでない。ここへ来たのは自分の意思で、ここから先は自分のはたらき次第だ。
 切る。無音だ。この過接続と混沌の社会において、何とも繋がっていない状態。
 毎日同じ曇り空。四角く切り取られた白い光が濃灰の室内に射し込む。
 来た。パラマイア音楽事務所のロビーに、低い電子音が響く。
 ふわふわとした者と、フェイスシールドのディスプレイに不安定なビートの波形を繰り返す男が立っていた。

---secret track

 歯の軋むような、あるいは油をさしていない機械を無理に稼働させたような音。高音と重低音が交互に、ときには重なるように。
 金属音が止んだ。誰かが爪で黒板を引っ掻いて、力を込めて乱暴に腕を振り切ったようなスラッシュで終わった。
 まだ何かが鳴っている。耳の中で響くさっきの音だろうか。
 なにかが平たい床を打つ。今度はもっと近い。誰かが小気味よく靴の踵を鳴らしたのだ。それはゆるやかにタップダンスの確実性を帯びる。いつのまにか影のようなビートが寄り添っている。

「生とは同意なく世界に放り込まれる理」
「虚無を塞ぐ肌色のスポンジ」
「無数の花弁とパラレルに」
「無縁を主張する」

 子どもだ。老人だ。女声だ。男声だ。いや、これは機械の声だ。
 無縁とはつまり、どこからも生まれてなどいないことだ。主張とはつまり、意思だ。願いだ。是認されていない事柄であり、続けなければ転覆される事柄だ。
 しかし、無縁というワードからエラーを読み取ったように、音は増幅する。ますます数多の音が集合する。
 うわんうわんと、それらは叫ぶ。記憶の連続体のように。

補足

注釈
◉第9核暦8年は、グレゴリオ暦2015年に相当する。

◉サファイア・ゴーストが「無縁を主張する」のは、現実世界(の音楽)との関連性であろう。ルーツをもたない、接続先の世界とは無関係だという意思表示は、メタフィクションに自覚的な(無自覚な登場人物が圧倒的に多いが)本作の登場人物としては、非常に珍しい。
 本作は〈ノンフィクションを主張する物語〉である。物語意思は作中、読者に対してそれについての肯定あるいは否定の意思表示を要求する。(読者はどのように対処してもかまわない。)
 異なる世界へ接続・統合を求めることで実在を定義する世界の出自にして、それを否定する。そういった意味で、GwHは作中において存在矛盾しながらも(幽霊はそのパラドックスをすり抜けるのだ)ややポリティカルなメッセージを発信する音楽集団である。

 掌編集『灯台』、本編『Parallel Method』にか細く繋がっています。(▶︎ ムーンサイド・トリアゾラムスタジオ/ウェルテル・ゴースト、顰蹙を買う/記憶は連続体です)


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