君影成実は語る。軽く、安く、浅く。 ─君影と鵯が本当の意味で対話を始めるまで─

 ツイッターの創作アカウント@parallel_methodに登場するキャラクターのなかに、「君影成実」と「鵯覚」というキャラクターが居る。

 作者は、かれらの会話(ダイアログ)が、その他のキャラクターの台詞より【なんだか浮いていて】【あまり思慮が感じられない】ように見えるよう、対話文や台詞を作成している。何となく言語化できる気がしたので、少しばかりかれらについて巡らせた思考をまとめておきたい。


 Parallel Methodの時空には、〈キャラクターシート〉なるものが存在する。作中ではパーソナリティシート、と呼ばれる。OPENERたちは一体にひとつずつそれを割り当てられ、規定された通りの人格を模擬するよう設定される。かれらは、時空の再帰のたびにシートの査定を受け、こなしてきた責務の評価をくだされる。OPENERたちは、そのシステムに対して特に疑問を抱かない。君影成実を除いて。

 君影成実の人格設定は、彼の実際とはかなり異なっている。あまりに“設定”との差異が認められる場合は注意や警告がなされるはずだが、君影はまるで空気のような扱いを受ける。彼はだんだんと、職場である〈摂理の膝元〉での居場所が、鵯の隣しかない、と感じるようになる。鵯だけは、出逢った時から今まで、本当の本当に心から彼に接してくれているように思えたから。


 君影成実の発言には公序良俗に反するものが多い。ある一時期から、彼はそれを意図的に多発するようになる。自我なき集団に属する自分と周囲への、不満と嫌悪と憎悪。

「オープナーの意思表示や感情表現は自らの意志によるものではない。誰か気付いてください。誰か気付いているのなら、“そうじゃない”ことで苦しんでる俺を救ってください」

「流さないでください。咎めてください。本気でおかしいと叱ってくれる人は居ないんですか。俺は俺の意志で問題を起こしている。問題であるべきだ。規範から逸脱している。“君影成実/欠陥個体だから”じゃなく、俺の意志で!」

「まさか皆、その意思さえ無いわけじゃないでしょう? 俺の言葉は届いているでしょう?」

 そういうSOSと必死の反抗の表れでもある。

 以下は制作中の書籍内の君影の台詞。

「全部似せ物なんですよ、俺たちが必死に繰り返す模倣駆動は作りもので、必要なんかじゃないんですよ!どうしたら楽しめるっていうんですか!」
「楽しいわけないでしょ。てか、楽しむのも模倣駆動のうちですから。食う、排泄する、眠る、話す、笑う、泣く、怒る、着飾る、磨く、洗う、学ぶ、作る、観る、聴く、嗅ぐ、触る、感じる、関わる、全部まがいものですね。」
「俺、ラーメン食いたいって一度も心から思ったことありません。総務課の新人を口説いて連絡先交換して、でもセックスがしたいなんて思わないんですよ。残業なんかしたくねぇ、眠い、って言いながら仕事して、終わって、ああこれでぐっすり眠れますって、嘘なんですよ。全部嘘。だって俺たち、疲れることなんかないんですもん。何でもそうなんです。しなくてもいい。でも、する。したいって言う。したくもないのに必死になって。呼吸すら、精神生命体には必要ないのに、不要な雑事を吸い込んで思考を濁らせている、それを駆動源にすることを良しとしてる。俺たちの社会は何を恐怖してるんだろうって、思いませんか?」
「望みも無えのを、くだらない模倣駆動で埋め尽くして、見えないようにしてるとしか思えない。」
「今俺が感じる不安は、怒りは、本物だって思いたい。けどParallel Methodによれば、俺以外に居ないんですよ、本当の感情ってやつを理解してるのは。俺だけになってしまったんでしょう、感情駆動試験体とやらは。そうして、今や俺だけが、失敗作扱いなんでしょう?」

 これは君影というキャラクターの、声にならない叫びが、彼自身の内的世界で彼の想像上の“鵯覚”に向けて言語化されたものだ。

 鵯覚も、君影以外のOPENERと同じく、“自我”が存在しない。規定されたパーソナリティシートに従って、思考し、発言し、行動している。彼の意思や欲求さえも、設定に従って発露しているものだ。

 君影は、虚に向かって話しかけているような気分になる。でも、彼は鵯覚のなかに、なんとしてでも“自我”を見たい。時空航路を漂っていた無名の幽体であった君影の原初の意識を拾い、OPENERという時空駆動体として活動できるよう道を示してくれたのは他ならぬ鵯である。

 君影にとっては、うつくしいせかいが偽物ならば、それはそれでかまわない。けれども、そう感じた記憶が嘘だとしたくはない。記憶を共有したひと、鵯覚の記憶にも、うつくしいせかいが在ったのではないか。

「好きだから。この世が好きだから、か……。シンプルにして強力な理由ってやつですね。そういうの、好ましいです。ええ、先輩らしいですよ。良いんじゃないですか?」

 彼は語る。どこまでも軽く、安く、浅く。

 先輩社員の胸ぐらを掴んで、こう告げたいのをこらえている。

「堕ちきれるものじゃないんだ、あの時この目で見た景色は。あなたのなかに見た光は。」


 対して……そうした想いをぶつけられる鵯覚にしてみれば、まったく身に覚えのない、よくわからないことで後輩は何か憤っているみたいに思える。

 ──自我が無い? とうぜんだ。

 無くて当たり前だ。それ以外の想像はできないし、不満も不都合も無い。何が問題なのか。

 おまえは不満をもっている、と?

 そうか、君影成実はそういう“設定”なのか。いやはや難儀な性格だな。生きづらそうだ。がんばれよ。

 ……となるのが通常のOPENERの考え方として妥当である。

 鵯の思考レベルはこの段階にさえ無く、パーソナリティシートに従って“まったくの無意識に”、「おまえ最近変だが大丈夫か?」などと君影を気遣ったりする。なにが“変”なのか、もちろん鵯は感じ取ることはできていない。

 鵯の物語はここからがスタートである。この件と並行して、鵯は、後輩の記憶野が彼の精神生命の土台となっている平行世界の〈もうひとりの彼〉に侵食されつつあることに“気付く”。もうひとりの君影成実。鶴見林太郎である。(そして鵯自身は架空の兄こと〈安心感〉と、融合している鶴見繁生が存在のベースなのだが、ふだんはまったく意識したりしない。)

 「君影成実」という存在が、「鶴見林太郎」へ書き換えられている?

 誰によって?

 この気付きこそが、鵯の最初の変化。

 ……君影の葛藤も、鵯の疑念も解決しないまま、彼らには幽霊船“OPERA”の実態調査の責務が課される。そこで落ち合うのは協力者・謎の少年アンドロイドのステュクス。OPERAで待ち構えているのは、仮想人格オペレーションシステム“FACE”。

 ふたつの仮想人格は時空を航行し、それぞれに何かをどこかへ“運んで”いる最中らしい。FACEはステュクスを邪魔者だと言う。ステュクスはFACEを敵視している。

 ……君影と鵯は、ふたりの敵対関係の裏側に、“鶴見兄弟(IBMM)”が関わっていることを知る。

 この辺りは本編で存分にストーリーを展開するとして、騒動のさなかで、鵯は君影との関わりについて、こう独白する。

迷子のような顔で俺を呼ぶ。俺はただあいつが何か言うまで何も言わずに待つ。あいつがなんでも無いと言うなら、俺とあいつの間では何かが変わることはないのだろう。
互いに意気地が無い。似た者同士だ。

 ……鵯は、君影の「軽くて、安くて、浅い」言動に、最終的には“自らとの決定的な差異”を見出す。俺はやっぱりおまえとは違うよ、と結論づける。しかし、“気付いて”しまった以上、“自我なき個体”ではもういられない。それを示す行動が、【徹底的な“個体”たれ】という〈摂理の膝元〉の規定に反して「家庭を持つ」という選択をすることだった。妻、そして娘の存在。無論、データ上にしか無い関係性。精神生命体は物質界における多細胞生物ではないから、有性生殖によって繁殖しない。“妻”が“娘”を産んだわけではない。自らを形式に嵌め込み、家庭は大切、という結晶のような思い込みに沈むこと。時空駆動体にとって不要なものを、あえて抱えること。それが、鵯が選んだ【自分の道】だ。

 時を経てコンビを解消した君影は「覚さん」、鵯は「成実」と互いの名を呼ぶようになる。

 この状態になってから、初めて本当の意味で、君影と鵯の対話(ダイアログ)が始まるのかもしれない。と、作者は考える。

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